第八章第十二話
秋風が吹き抜け、季節が移り変わりゆく中、2015年J2リーグはついにクライマックスへと突入していた。
上位陣の勝ち点がわずか数ポイント差でひしめく大混戦。
「プリズンガーディアン島根」が迎えたのは、シーズン前半戦で手痛い敗北を喫した相手であり、現在J1自動昇格圏(2位)を争う宿敵――圧倒的な資金力と強力な外国人助っ人を擁するメガクラブとの「首位・昇格圏を懸けた天王山」だった。
試合前のミーティングルーム。
弁護士である法条監督は、ホワイトボードに緻密な矢印を書き込みながら、静かだが確信に満ちた声でチームを引き締めた。
「前半戦の敗戦は、相手の理不尽なパワーと変化に富んだ戦術の前に、我々の可変システムが後手に回ったことが原因だ。だが、この数ヶ月間でチームは『死のロード』を乗り越え、戦術的にも精神的にも一段階上の次元へと進化した。今日の試合、論理で相手の息の根を止める」
開業医の神田コーチも、選手たちのコンディション表を手に力強く頷く。
「連戦の蓄積はあるが、リカバリープログラムの成果で全員の可動域は最高値にある。最後まで走り抜く肉体は整った」
選手たちの表情には、もはやJ3時代やシーズン序盤のような不安の色はない。
大卒ルーキーCBの神矢と佐伯は互いにアイコンタクトを交わし、農協CBの大河原は「今度こそ完封してやるさ」と頼もしく笑った。
『ピィィィッ!』
超満員の観客が埋め尽くすアウェイのピッチで、昇格の命運を分ける天王山の火ぶたが切って落とされた。
予想通り、相手クラブは序盤から猛然と襲いかかってきた。
前半戦で島根を苦しめた190cm超のブラジル人FWが、強烈なフィジカルでロングボールを収め、崩しにかかる。
「通さんッ!」
中央CBの大卒ルーキー・神矢が素早く身体を寄せ、落下点予測の正確さで競り勝つ。こぼれ球に反応した相手セカンドアタッカーに対し、右CBの佐伯が鋭いスライディングでボールを刈り取り、すかさず前方のスペースへ正確な縦パスを供給する。
「ナイスカバー、佐伯!」
「神矢、そのままラインを押し上げるぞ!」
大河原の泥臭いパワーと、大卒CBコンビのインテリジェンスが融合した鉄壁の3CBは、前半戦で喫した敗北の教訓を完璧に昇華させていた。最後方ではGK桐生がセービングで威圧感を放ち、相手の決定機をことごとく封じ込めていく。
「くそっ……島根の守備が、前半戦より遥かに固くなっているぞ……!」
相手の監督がベンチで険しい表情を浮かべる。
スコアレスで折り返した後半15分。
法条監督の緻密な仕掛けが発動する。
「両ウイングバック、ギアを上げろ! 一気にサイドを支配する!」
左WBのプロ契約・早坂と、右WBの信金マン・藤井が、一斉に爆発的なスプリントで相手陣地の深い位置まで駆け上がる。
中央では、高校教師CHの石川と武闘派CHの黒木が泥臭くセカンドボールを拾い続け、相手の中盤に自由を与えない。
左右の揺さぶりにほんの一瞬の綻びが生じた、その瞬間。
「見えた……!」
1トップの響木蒼生は、相手CBの視野から完璧に消え去るバックステップを踏み、ペナルティエリア外の「絶対的なエアポケット(真空地帯)」へと滑り込んでいた。
中盤から走り込んだ佐伯から、完璧なタイミングでグラウンダーのパスが通る。
相手DF陣が慌てて寄せようとするが、時すでに遅い。
響木は無駄な力を一切排除した滑らかなモーションで、右足アウトフロントによる正確無比なダイレクトシュートを放った。
ボールは相手GKの指先をかすめ、ゴール左隅のネットを優しく、しかし確実におりていく。
ドスッ――!
『1 - 0』!
「ゴーッッール!! プリズンガーディアン島根!! ついに均衡を破った!! 響木蒼生、勝負所を逃さない電光石火の一撃で先制点をもぎ取りました!!」
スタジアムを埋める島根サポーターの歓声が爆発する。
得点した響木のもとへ、神矢、佐伯、藤井、大河原、そしてピッチ上の全員が駆け寄り、歓喜の抱擁を交わした。
「やったぞ……! 響木さん、最高のパスをありがとう!」
「みんなが後ろで体を張ってくれたからこそだよ。さあ、ここから締め直すぞ!」
残り時間は相手の猛攻が続いたが、弁護士監督が授けた堅固な可変システムと、全員で泥を啜る覚悟を貫いた島根の守備陣は最後までゴールを割らせない。
『ピーーーッ、ピーーーッ、ピーーーッ!!』
試合終了のホイッスルが鳴り響いた。
『1 - 0』!
首位攻防戦を制し、昇格圏を争う宿敵を下したプリズンガーディアン島根。
ついにJ2の頂点、そして悲願の「J1昇格」が現実の目標としてその視界に大きく捉えられた瞬間だった。




