第八章第十一話
連敗の陰影が重く立ち込める「プリズンガーディアン島根」。
次節の相手は、前線に巨漢外国人助っ人を並べ、強烈な縦ポンと物理的なフィジカルで相手をねじ伏せる「魔境・J2」の現実を突きつけてきたダイレクトフットボールの第一人者。
「このままでは、相手の『理不尽なパワー』に飲み込まれ続けるぞ」
試合前のミーティング。ホワイトボードの前に立った弁護士・法条監督の目は、これまで以上に鋭く澄み切っていた。
「相手はスカウティングを逆手に取り、我々の可変3-4-2-1の隙間――特にCBとWBの間のギャップにロングボールを放り込んでくる。ならば、こちらも法的論理をさらに一段階、構造変化させる」
法条監督がボードに赤いペンで矢印を書き足す。
「これまでの可変守備は『5バックへの引き込み』だった。だが、次節は守備時に【4-4-2】へと変形させる。大卒ルーキーの神矢、佐伯。君たち2人に求められるのは、綺麗に守ることではない。大河原とともに『泥を啜る覚悟の肉弾戦』だ」
「泥を啜る……覚悟……」
神矢と佐伯が顔を見合わせる。大学サッカーの「綺麗なフットボール」で名を馳せてきた2人にとって、それは未体験の領域だった。
神田コーチが二人の肩に手を置く。
「連戦の疲労で可動域が狭まれば、プロの狡猾なプレイに後手をとる。だが、君たちの身体はすでにプロの強度に耐えうるよう仕上がっている。あとは『心の可動域』を広げるだけだ」
響木が静かに二人の前へ歩み出た。
「神矢くん、佐伯くん。僕が前線でいくらコンマ数秒の“エアポケット”を作っても、後ろでボールを奪えなければ意味がない。僕を走らせるための泥を、一緒に被ってくれるかい?」
「響木さん……! やります! 俺たちのプライドなんて、この魔境じゃ邪魔なだけだ!」
神矢の目から迷いが消え、佐伯の顔つきが勝負師のそれに変わった。
『ピィィィッ!』
土砂降りの雨がピッチを叩きつける中、運命の反撃戦がキックオフされた。
相手は案の定、立ち上がりから190cmオーバーの外国人FWへ目掛けてハイボールを放り込んでくる。雨でスリッピーなピッチ、ぬかるむ足元。
「跳ね返すぞッ!!」
中央CBの大河原が泥まみれになりながら身体をぶつける。
だが、こぼれ球を目がけて相手アタッカーが鋭いタックルで突っ込んできた。
今までなら後方に引いてカバーに入っていた右CBの大卒ルーキー・佐伯が、迷わず泥水の中に飛び込んだ!
「させるかぁッ!!」
バシャアッ!
相手の足元へ泥だらけになりながらスライディングを仕掛け、ボールを力ずくで掻き出す。J2の狡猾なコンタクトを恐れず、自ら泥の中に突っ込む覚悟のプレイ!
「佐伯、ナイス!!」
こぼれた球に対し、今度は中央CBの大卒ルーキー・神矢が相手大型FWと強烈な空中戦のバッティング! ゴツンという鈍い衝撃音が雨音を切り裂く。額から流れる汗と雨水を拭いもせず、神矢は獣のような咆哮を上げた。
「ここは島根の陣地だ! 一歩も通さん!!」
きれいめな「エリート大卒プロ」の殻を完全に破り捨て、泥泥になりながら相手の脅威を潰し続ける神矢と佐伯。農協の巨漢CB大河原、守護神GK桐生とともに、J2の理不尽なパワーを力づくで抑え込んでいく。
前半を『0 - 0』の死闘で耐え抜き、迎えた後半30分。
相手が焦りから前傾姿勢を強め、ロングボールの精度を欠き始めたその瞬間――法条監督の「可変修正」が牙を剥く。
「守備の4-4-2から、一気に攻撃の3-4-2-1へシームレス移行! 押し上げろ!」
相手の攻撃を泥臭く潰した大卒CBの佐伯が、泥まみれのユニフォームのまま右足で前線へ魂のグラウンダーを通す!
中盤で体育教師CH石川と武闘派CH黒木が挟み込んでボールを前へ送ると、右WBの信金マン藤井と左WBのプロ早坂が激しいスプリントで相手DF陣の視線を横へと広げた。
「ここだ……!」
相手CB陣が左右の揺さぶりに気を取られ、前傾姿勢になったコンマ一秒の隙間。
響木蒼生は、あえて相手DFの死角へと引き込み、バックステップで雨のピッチの上に「絶対的な真空地帯」を作り出していた。
「佐伯! 藤井! 僕の足元へ!」
藤井からの低空クロスが、ぬかるんだピッチを滑るように入ってくる。
相手GKが必死にダイビングするが、響木は雨で重くなったボールの落ち際を、右足アウトフロントで完璧にジャストミート!
ドスッ――!
水飛沫を上げながら放たれた低空無回転シュートが、相手ゴールネットを力強く突き破った!
『1 - 0』!
「ゴーッッール!! プリズンガーディアン島根!! 泥にまみれて耐え抜いた大卒CBコンビの覚醒!! そして公務員ストライカー響木蒼生、雨を切り裂く電光石火の一撃ーーッ!!」
歓喜の咆哮を上げる響木のもとへ、全身泥だらけになった神矢と佐伯が一番に飛びついてきた!
「響木さんッ! 守り切りました! 繋ぎましたよ!!」
「ああ! 最高のボールだった! ありがとう、神矢、佐伯!」
大河原、藤井、石川、黒木、桐生……プロも兼業も関係なく、全員が泥まみれの笑顔で抱き合い、そのまま『1 - 0』でタイムアップのホイッスルを聞いた。
「魔境」の泥沼を、泥臭い覚醒とロジックで打ち破ったプリズンガーディアン島根。
連敗を止めたチームは、再びJ2の荒波を切り裂く強固な絆を手に入れたのだった。




