第八章第十三話
J2参入初年度、破竹の勢いで勝ち点を積み重ねてきた「プリズンガーディアン島根」。
秋も深まり、いよいよ2015年J2リーグは悲願の「J1自動昇格」がかかる最終節を迎えていた。
勝てば自動昇格の「2位」が確定する、文字通りの運命の一戦。
職務とサッカーの究極の二足の草鞋を履いてきた響木蒼生にとっても、この終盤戦は極限の試練だった。
年末に向けた公務員としての多忙な執務を終えた後、ナイトゲームや遠征へと向かうスケジュール。睡眠時間を限界まで削り、疲労で強張る体を神田コーチの最新医学ケアで繋ぎ止めながら、響木は一度たりとも職務に遅れを出さず、ピッチでの質も落とさなかった。
その真摯な姿勢とストイックな生き様は、職場のみならず島根県全体に大きな感動と熱狂を生んでいた。
運命の最終節。ホームスタジアムは、超満員のサポーターの熱気で埋め尽くされていた。
スタンドには、響木の職場の同僚たち、農協や信用金庫の仲間たち、石川先生の教え子である高校生たち、そしてチームの存続とJ2参入のために奔走してくれた門倉GMと地元企業の人々が、固唾をのんで見守っている。
『ピィィィッ!』
主審の甲高い長笛とともに、J1昇格を懸けた決戦の90分が始まった。
相手もJ1昇格プレーオフ出場を懸けて死に物狂いで襲いかかってくる。激しい肉弾戦の中、大卒ルーキーCBの神矢と佐伯が泥まみれになりながらハイボールを弾き返し、農協CBの大河原が鬼気迫るタックルでボールを掻き出す。
守護神GK桐生のビッグセーブで幾度となくピンチを凌ぐも、試合は『1 - 1』の同点のまま、ついに後半アディショナルタイム3分へと突入した。
引き分けでは昇格を逃す。これが本当にラストプレイ――。
「一本……絶対に繋ぐぞ!!」
ボランチの武闘派CH黒木と高校教師CH石川が、倒れ込みながら前線へ魂の泥臭いパスを出す。
右WBの信金マン藤井と左WBのプロ早坂が、残された体力をすべて絞り出すように爆走し、相手陣内深くへ侵入。右の藤井が鋭い低空グラウンダーのクロスを送り込んだ。
相手DF陣は、中央へ飛び込んできたアタッカーを警戒し、ペナルティエリア内を隙間なく固める。
だが――響木蒼生が見ていたのは、激戦区のわずかコンマ数センチ外側、相手の視線が完全に切れた「絶対的なエアポケット(真空地帯)」だった。
響木はあえて一歩引くバックステップを踏み、DFの影へと消える。
藤井の低空クロスがDFの足元を抜け、静寂が訪れたコンマ一秒。
そこには、右足を合わせる態勢を完璧に整えた背番号9の姿があった。
「決めろ……響木さんッ!!」
響木はボールの勢いを殺さず、右足インサイドで美しい軌道を描く一蹴を放った。
吸い込まれるような球筋を描いたボールは、相手GKの伸びた手の先を抜け、左サイドネットへと突き刺さった!
ドスッ――!
『2 - 1』!
直後、スタジアムが揺れるほどの歓声の中、主審のホイッスルが三度響き渡る。
『ピーーーッ! ピーーーッ! ピーーーッ!』
「試合終了ーーッ!! 勝ったのはプリズンガーディアン島根!! J2年間2位確定!! 奇跡の『J1昇格』決定です!!」
実況の絶叫とともに、ベンチから控え選手、法条監督、神田コーチ、門倉GMが一斉にピッチへ雪崩れ込んだ。
大卒CBの神矢と佐伯が涙を流しながら響木に抱きつき、農協CBの大河原、信金WBの藤井、教師CHの石川が揉みくちゃにする。
「響木さん……! やった……! 俺たち、本当にJ1に行くんだ!!」
「みんなが最後まで信じて繋いでくれたおかげです。本当に最高のチームです」
スーツ姿の弁護士・法条監督と開業医・神田コーチが力強く握手を交わし、門倉GMは溢れる涙を拭おうともせず空を仰いでいた。
スタンドを見上げれば、手作りの横断幕を掲げた職場の同僚たちや地元の市民が、涙を流しながら大歓声を送っている。
公務員として誠実に職務を全うし、ヘディング封印の美学を貫き通した響木蒼生。
プロと社会人が手を取り合い、泥臭く駆け抜けた「二足の草鞋」の挑戦は、ついに日本の最高峰「J1リーグ」という未開の頂へと結実したのだった。




