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第3.5話 カラスだから烏丸

魔王城――。

フェニックスは一人、執務室の机に向かっていた。

机の上には大量の書類。

そしてフェニックスは、その書類とにらめっこをしていた。

「…………」

ペラッ。

「こいつは……有給」

ペラッ。

「こいつは……育休」

ペラッ。

「こいつは……有給消化中……」

さらに一枚。

「こいつは……体調不良」

フェニックスの眉間にシワが寄る。

「…………」

魔王軍の幹部名簿。

その横には、勤務状況一覧。

フェニックスは頭を抱えた。

「なんで魔王軍にこんな制度があるんだ……」

そもそも今回の任務。

敵は――あの異世界人。

佐藤と鈴木。

魔王軍の精鋭ですら歯が立たない可能性がある。

だからこそ、慎重に人選をしなければならない。

「よし……こいつを行かせるか」

フェニックスが一人の名前を指差す。

しかし、その横に赤い文字があった。

『有給休暇』

「…………」

次の名前。

『育児休業』

「…………」

さらに次。

『体調不良』

「…………」

フェニックスはゆっくり椅子にもたれかかった。

「魔王軍……」

深いため息。

「人材がいないんじゃない」

そして書類をめくる。

「休んでる奴が多すぎるんだ!!」

フェニックスの叫びが、魔王城に響き渡った。

しばらくして――。

フェニックスは最後の一枚に目を止めた。

「……烏丸」

その名前を呼ぶ。

すると、部屋の隅から一人の男が現れた。

黒い外套を身にまとい、鋭い目つきをした男。

「お呼びでしょうか、フェニックス様」

「うむ。お前に任務がある」

「ついにですか」

烏丸は静かに頭を下げる。

フェニックスは烏丸をじっと見つめた。

「お前は……カラスだな」

「はい」

「だから烏丸」

「……」

「お前なんか、烏丸って感じだからかな」

「名前の由来、ほぼカラスじゃないですか」

「そうだ」

「即答ですか」

フェニックスは気にせず話を続ける。

「お前なら偵察には向いている」

「承知しております」

烏丸は翼を広げる。

「私はカラスではありますが、ただのカラスではありません」

その瞳が鋭く光る。

「遠方の目標を見つけることなど造作もない。視覚だけでなく、索敵能力にも自信があります」

「ならば頼む」

フェニックスは一枚の書類を渡した。

「異世界人、佐藤と鈴木。そしてアリシアの店を偵察しろ」

「戦闘は?」

「するな」

「了解しました」

烏丸は書類を受け取る。

「情報だけを持ち帰ります」

そう言うと、烏丸は魔王城を飛び立った。


烏丸は空高く舞い上がった。

その姿は――カラス。

しかし、その能力は普通のカラスとは比べものにならない。

遥か遠くのものを見渡し、わずかな変化すら見逃さない。

「偵察ならば、私以上の適任はいないでしょう」

やがて烏丸は、報告にあった場所へ辿り着いた。

「……あれか」

眼下に一軒の建物が見える。

アリッサの店。

烏丸は目を細めた。

「…………」

しばらく見つめる。

そして――。

「……店?」

あまりにも古い。

壁は傷み、外観もボロボロ。

「いや……」

烏丸は首を傾げる。

「あれを店と呼んでいいのか?」

魔王軍の報告書には確かに、

『異世界人二名が滞在』

『魔女アリッサの所有する店舗』

と書かれている。

「これが……例の店か」

烏丸はさらに観察を続ける。

だが、その時だった。

「……?」

突然――。

店が大きな光を放った。

「なっ――!?」

ゴゴゴゴゴゴゴッ!!

地面が揺れる。

「何が起きている!?」

店の外観が――崩れ始めた。

壁が崩れる。

屋根が崩れる。

柱が崩れる。

しかし――。

崩れた建物が、次の瞬間には再生していく。

「……再生しているだと!?」

崩壊と再生。

それが何度も繰り返される。

古びた建物が姿を変えていく。

壁が組み上がり、屋根が変わり、窓が増える。

そして――。

ドンッ!!

巨大な建物が、その場に姿を現した。

烏丸は絶句した。

「…………」

先ほどまでのボロい建物は、もう存在しない。

そこにあるのは、烏丸が今まで見たこともない建物だった。

「なんだ……これは……」

魔法ではない。

少なくとも、烏丸が知る魔法の発動とは違う。

「魔法ではない……」

烏丸は建物を凝視する。

「異世界人のスキルか……?」

そして――。

看板に目を向ける。

そこには、新しい名前が掲げられていた。

『リサイクルショップ・エレノア』

「…………」

烏丸の目が見開かれる。

「リサイクルショップ……エレノア?」

もう一度、その文字を見る。

「エレノア……」

烏丸の表情が変わった。

「……まさか」

「エレノアだと……?」

その名を知る者ならば、決して聞き間違えることはない。

烏丸はすぐさま魔王城へ報告を送った。


魔王城。

フェニックスは執務室で、烏丸からの報告を受け取っていた。

「……なるほど」

報告内容を読み進める。

「店の外観が突然崩壊……その後、再生?」

フェニックスは眉をひそめる。

「異世界人のスキルか……」

しかし――。

報告書の最後の一文を見た瞬間。

フェニックスの手が止まった。

『店舗名――リサイクルショップ・エレノア』

「…………」

フェニックスは、その文字を見つめる。

「エレノア……?」

しばらく沈黙。

そして――。

「……これは」

フェニックスは報告書を握りしめた。

「私の判断だけでは済まない」

フェニックスはすぐに執務室を飛び出した。

向かった先は――魔王の玉座の間。

「魔王様!」

玉座に座っていた魔王が振り返る。

「どうした、フェニックス。そんなに慌てて」

フェニックスは報告書を差し出した。

「烏丸から偵察報告が入りました」

「例の異世界人か?」

「はい。それについてもですが……」

フェニックスは一瞬、言葉を詰まらせる。

「問題は、あの店です」

「店?」

「はい」

フェニックスは報告書を開く。

「突然、大きな光を放ち、外観そのものが崩壊と再生を繰り返したそうです」

「……何?」

「そして最終的に現れた建物には――」

フェニックスは静かに顔を上げた。

「リサイクルショップ・エレノアという名前が掲げられていたそうです」

「…………」

玉座の間に、重い沈黙が落ちた。

魔王の表情から、余裕が消える。

「……エレノアだと?」

フェニックスは静かに頷いた。

「はい」

魔王は玉座から立ち上がる。

「フェニックス……」

「はい」

「その名が、この世界でどういう意味を持つのか――」

魔王は窓の外を見る。

「お前も知っているな?」

「……ええ」

二人は顔を見合わせる。

ただの店ではない。

ただの異世界人でもない。

そして――。

エレノア。

その名が再び現れたことこそが、魔王軍にとって最大の問題だった。

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