第2.5話 魔王軍、異世界人を偵察する
魔王城――ソルモン。
その玉座の間に、突然、強烈な魔力反応が走った。
魔王は玉座に座ったまま、眉をひそめる。
「召喚魔法の反応だと?」
「はい、魔王様」
側近が静かに答える。
魔王はしばらく黙り込み、やがて深いため息を吐いた。
「……またか?」
「またです」
「何度目だよ」
「正確には、今回で――」
「もういい! 数えたくない!」
魔王は頭を抱えた。
異世界から勇者を召喚する。
それが本来の目的だった。
……だったはずなのだ。
「もう嫌なんですけど、待つの! 全然勇者来ないじゃん!」
「魔王様、落ち着いてください」
「落ち着いてられるか! 前回は料理人! その前は植木職人! その前は自衛隊だぞ!」
「はい」
「なんで勇者を召喚しようとしてるのに、毎回職業がバラバラなんだよ!」
「召喚魔法の仕様かと……」
「仕様で済ませるな!」
魔王は玉座から立ち上がると、側近を指差した。
「そもそも、別に魔王っていつも椅子に座ってるわけじゃないからね?」
「はい」
「仕事あるからね? 四天王たちと意見交換したり、仕事を割り振ったり、相談を受けたり……結構忙しいんだよ?」
「承知しております」
「なのに勇者召喚があるたびに、こうして待機させられるんだよ!」
魔王は再び玉座に腰を下ろした。
「……で、今回はどんなのが召喚されたの?」
「それが……」
側近が少し言いにくそうにする。
「どうやらアリシアが、またいいように使われたようで」
「あー……あの子ね」
魔王はすぐに察した。
「魔道士としては優秀なんだけどね」
「はい」
「計画性がね」
「……やはり魔王様もそう思われますか」
「思うよ」
魔王は遠い目をした。
「あの子、魔法の才能だけは本当に凄いんだよ。ただ……思いついたら即行動する癖がある」
「今回もですか?」
「今回もだろうね」
側近が手元の資料を確認する。
「では、召喚された者の職業を報告します」
「おう」
「リサイクルショップとのことです」
「…………」
魔王の動きが止まった。
「リサイクルショップってなんだよ! 知らねー!」
「私も知りません」
「なんだよリサイクルって! 魔族の職業にそんなのないぞ!」
「召喚者の世界では一般的な職業のようです」
「一般的なの!?」
「はい」
「じゃあ何するんだよ、リサイクルショップって!」
「物を買い取って、売るそうです」
「商人じゃねーか!」
「厳密には少し違うようですが」
「もういいよ!」
魔王は頭を抱えた。
「勇者じゃなくてもいい! せめて魔王軍の戦力になる奴を呼んでくれ!」
そのときだった。
「魔王様」
側近が静かに告げる。
「四天王の皆様が来られました」
「……来ちゃったよ」
「はい」
「なんであの子達、魔王軍なのに常に十分前行動なんだよ」
「規律を重んじる優秀な四天王ですので」
「いや、優秀なのは知ってるよ!」
魔王はため息をつく。
「でも俺より先に会議室にいるのやめてくれない?」
「魔王様が遅れているだけでは?」
「俺は魔王だぞ! 多少遅れても――」
「十分前行動です」
「……はい」
側近が玉座の間の扉を開く。
そこに四人の姿があった。
不死鳥のフェニックス。
創造獣キメラ。
雷刀の雷牙。
そして天将の龍騎。
魔王軍最高幹部たちである。
「お疲れ様です、魔王様」
「……お疲れ様です」
魔王は小さく頭を下げた。
「なんか会社みたいになってない?」
四天王が揃ったところで、魔王は今回の召喚について説明する。
「なんかまた異世界から召喚されたって」
「またですか?」
「でも勇者じゃないって」
四天王が顔を見合わせる。
魔王は続けた。
「しかも、リサイクルショップの従業員らしい」
「リサイクルショップ?」
雷牙が首を傾げる。
「聞いたことがないな」
「俺もだ」
キメラも腕を組む。
「異世界から来た者ならば、それなりの力を持っている可能性はある」
フェニックスが静かに呟いた。
魔王は四人を見回す。
四天王一同
『「魔王様偵察は我々にお任せを」』
「……お前らさ」
「?」
「なんかノリノリだよね?」
四天王が黙る。
「もしかして、勇者かもしれないって思ってない?」
「…………」
「あわよくば戦おうとかしてない?」
「…………」
沈黙。
魔王は額に手を当てた。
「図星かよ!」
雷牙が笑う。
「いやぁ……異世界からの召喚者ですよ?」
「だから何だよ!」
「勇者だったら、ちょっとくらい手合わせしたいじゃないですか」
「やっぱり戦う気じゃねーか!」
キメラも続く。
「創造獣として、異世界の戦士がどの程度のものか興味がある」
「お前もか!」
フェニックスは冷静な顔をしている。
「私は部下に偵察をさせるだけです」
「お前はまともだな!」
「……私自身も後から向かいますが」
「お前も戦う気じゃねーか!」
魔王は呆れ果てた。
「そんなのずるいじゃないかよ」
そして、ぽつりと呟く。
「……俺が行こうかな」
その瞬間だった。
「では、私めが」
フェニックス。
「では俺が」
龍騎。
「我が」
キメラ。
「自分が」
雷牙。
「…………」
側近だけが黙っていた。
「…………」
魔王も黙る。
四天王も黙る。
そして――。
「……言わんのかーい!」
魔王が叫んだ。
「そこは『どうぞどうぞ』だろ! オチじゃん! 行くところじゃん!」
側近は困惑した顔を浮かべる。
「……何の話でしょうか?」
「なんで知らないんだよ!」
雷牙が首を傾げる。
「俺は本当に行きたいんですけど」
「そういうことじゃない!」
龍騎も続ける。
「俺も行きたいです」
「お前ら全員、戦いたいだけだろ!」
フェニックスが一歩前に出た。
「では、私の部下を偵察に向かわせます」
魔王はようやく頷いた。
「……そうだな」
「お任せください」
「とりあえずフェニックス、頼むぞ」
「承知しました」
フェニックスは静かに頭を下げる。
「今回は偵察だけだからな?」
「はい」
「絶対に戦うなよ?」
「承知しております」
「相手はリサイクルショップの店員だからな」
「……魔王様」
「ん?」
「本当に、ただの店員なのでしょうか?」
「……知らん」
側近が淡々と答える。
「それを確かめるための偵察です」
「……そうだったな」
フェニックスが踵を返す。
「では、行って参ります」
「ああ。頼んだ」
四天王たちが去っていく。
静かになった玉座の間。
魔王は玉座に座り直した。
「……何も起きないといいな」
側近が魔王を見る。
「魔王様」
「なんだ?」
「それ、何か起きる前の人が言う台詞ですよ」
「……言うな」
こうして――。
魔王軍による、異世界から来た二人の偵察が始まった。
その二人が、後に魔王軍を大混乱に陥れることになるとは。
このときの魔王は、まだ知らなかった。




