17. 疑心暗鬼
「下界」が白く染まる季節になった。
ある日、一同は教室に集められた。今日の教官はいつもとは異なる雰囲気だがどこ懐かしい印象も受ける。
「3日後、新たな遠征が始まるからいつも通り準備しておけよ。」
派手な遠征をこなしたい一同はまたか。という顔をしながら聞いていた。最近遠征はほどんど行われていない。あってもゴミ拾いや児童下校の見守り等ボランティアに近いものばかりだった。プーリムの知り合いはほとんど退役軍人であるため、このような依頼しか回ってこない。Yesマンなプーリムに振り回され遠征は罰ゲームのようなものであり、気づけば血の気の多い任務を望むようになっていた。
「そんな顔をするな。今回は一味違うぞ!今回はゲリラの制圧だ。勘違いしてほしくないのは、普通に死ぬぞ。」
プーリムの警告は虚しく、部屋の中はお祭り状態だった。夏の遠征からそれぞれ課題と目標を得た生徒たちは著しい成長を遂げ、自身の成長をフルに活かせる機会を欲していたため仕方がない。
(まぁ萎えられて行きたくないムードになるよりかはましか)
ポジティブに考えながら部屋を後にした。
その夜、シアンはクトルを外に呼び出した。突然のことでクトルは戸惑っていた。
「まぁ座れよ。」
シアンは階段に腰を下ろし、自身の隣を手で叩いていた。
シアンは暫く黙っていた。その間クトルは暇で空を見上げていた。月が高く上り、たまに月明かりから小さな白い球が落ちてくる。頬に当たるとひんやり冷たく少し痛い。美しく、しかしどこか不穏に感じた。
シアンは溜息をつき、口から白い霧が薄く消え去ったと同時に口を開いた。
「...この組の中に内通者がいる。」
「え…、急に。なんで僕に?」
クトルは驚愕した。うまく言葉が出てこない。
「暫く近くで見ていてお前は大丈夫だと思ったからな。安心しろ、お前は生粋の馬鹿だ。」
「それ、喜んでいいの?」
クトルは少し間をあけた。色々聞きたいことがあった。
なぜ内通者がいると察したのか、なぜ内通者が存在してここで何を目的としているのか。なぜポンコツな自分なんかに伝えたのか。
珍しく考え込んだ。聞きたいことは山ほどあるが口から一番に出たのは今後の不安であった。
「僕たちは、みんなを疑わないといけないの?」
「お前は…優しいな。誰なのか気にはならないのか?」
「聞きたくない。そんなこと、僕は、信じたくない。」
常に言い負かされ、シアンの言葉に絶対的な信頼を寄せるクトルが唯一反抗した瞬間であった。
シアンは少し考え、内通者がいると感じた経緯、夏の遠征で感じた違和感を伝えることにした。
夏の遠征時、リンは大人しい奴だった。反抗的な主張はあるがそれでも老人たちに手を出さず自分たちがやってくるその日まで三角座りをして反対の意思を示しているだけだった。それはリンが老人たちから攻撃の意志や腹黒い一面を感じなかったからである。
しかし、それは長くは続かなかった。
リンは日に日に攻撃的になり、5日目には村長とリンが口論になっているところをシアンは見ていた。6日目に座り込み抗議を行わなくなり、森がやけに静かだと感じた。だから7日目に単独でリンの住処の調査を行うため、シアンとヴィオレと離れたのである。実際にリンと交戦して本人の意志ではなく、誰かが○○と言っていたとも取れる主張もしていた。リンは自分の意志ではなく誰かに唆され、攻撃的になったという疑惑が確信になった。
それに今回の遠征も依頼は退役軍人ではなく、国の直属の任務である。元最大戦力であったプーリムにこの依頼が届くことは特別違和感ではないが、それでも何かを感じる。
しかし、最も重要な内通者の目的が分からない。予想にはなるが、リンの一件からして混乱を起こすこと、もしくは誰かを殺すことを目的としていそうだ。
クトルはシアンの考察を聞き、難しい顔をしていた。同時に本当に内通者がいるかもしれないとじわじわ感じているところだった。
「大方そういうことだ。まぁ証拠は少ないし可能性とだけ思っといてくれ。」
「待ってよ!」
クトルは立ち去ろうとするシアンの手首を掴んだ。一度断ったため言いづらそうだった。
「...一応、誰かだけ教えてよ!」
シアンはクトルが口を滑らすかどうか悩んだ末、伝えることにした。
「…ヴィオレだ。過去の話もあるし、あいつは外見を偽れるから動きやすい。」
「そんな…、あの人が…信じたくない...。」
今日はここまでにして3日後のために備えることにした。寮に帰るクトルの足取りは重たかった。
作戦実行当日。
ゲリラ本部の候補地は2か所ある。拠点候補地を順番に叩いては、外れを引いた時に逃走の時間を与えてしまうことを恐れ、班を2つに分けることとした。
班(1) プーリム、カージナル、ムロン、パンジー、カメリア
班(2) シアン、クトル、ヴィオレ、アイビー、メイズ
情報共有を行うため、プーリムとシアンが耳に装着する小型の通信装置を付けそれぞれの班が現場に向かった。
シアンたちは拠点候補地に着いた。夜の街の裏路地に地下へ続く階段のその先が拠点候補地となっている。
「Ranger、水蒸気索敵。」
冬の寒さに凍った白い水蒸気はゆっくりと内部へ入って行った。しかし中には人一人の影すら感じない。
「だめだ。いないっぽい。」
「やっぱりか。教官の班が当たりだ。行くぞ。」
元々班(1)の現場が拠点の前提で突撃する算段を立てていたが、直前になって候補地がもう一つ増えてしまった。そのため班を二つに分け調査することになったが、当たりの拠点である可能性が高いのはプーリムの方であることは明確である。
交通手段は様々だが、シアンたちは最も速く教官のもとに着ける電車を選んだ。
ホームの屋根には模様のように雪が積もっていた。季節は違えどあの日を思い出す。
シアンがクトルを助けたあの日、今思えば祝福を使ってクトルを助けた。特別な許可なしに祝福を使ってはいけないという法律があるが厳格には犯罪や暴力を行う際に使ってしまえば罪が重くなる。簡単に言えば悪いことに祝福を使ってはいけないという認識だ。当然遅刻するからと言って祝福を使い、罪に問われたケースも存在する。
それでも悪い行為であるが行ったからと言ってすぐ裁かれる対象になるというわけでもないのだ。暴力と立ち位置はほとんど同じである。子供が公園で自慢するために祝福を使うなどの場面も稀ではない。
要はバレなければよい。
シアンの祝福も物体を加速する能力であるため、周りからしてみれば肩の強い子という認識が一般である。
強盗を制圧するために祝福を使うことを躊躇ったのは、あまりにも激しい戦いになるため目立ちやすかったり、後から駆け付けた警察にバレたりする可能性があったためである。
今のシアンたちは国の依頼を受けた部隊として、特別に祝福を使ってもよいと許可が下りている。
この時間帯のホームはあの日と同じく、人が多い。人混みに揉まれながら最後尾に乗車した。暖かい車内に到着し、全員が息をつくように席に着いた。
クトルは何処からか取ってきた新聞を広げていた。
「あ、またオーシンさん一面だよ。話題持ちっきりだね。
えーと。え!!今度この星の大きな大会に出るんだって!!楽しみだね。」
「声がでかい。周りに迷惑だ。」
と言いつつ、オーシンの大会を何としてでも観たいシアンであった。
「ごめん。...後は、お隣の星が侵略を受けたんだって。襲われた地域はでっかいクレーターを残して跡形もないって。怖いね。」
一方、アイビーは人混みの愚痴が止まらなかった。彼女も田舎育ちであり、人の大群に慣れはない。
「ほんと、人混みって嫌い。人「ゴミ」って言うくらいだからね。」
「やめな。恥ずかしい。」
ネイビーがアイビーの顔に目を向けると一際目立つ違和感がそこにあった。
「…何つけてんの、そのおでこのやつ。」
アイビーの額には何故か黒い円形の物体がくっついている。誰かのいたずらにしては非常に地味である。
ネイビーがアイビーの額についた黒い物体を取ろうとしたその時、アイビーの後頭部に同じような黒い物体が飛んできた。
ガツン!!!!!
鈍い音を立て、アイビーは頭から血を流し失神した。
「アイビー!!」
既に何者からの攻撃は始まっていた。




