15. 壁なしに成長は見込めぬ
宙には血しぶきが舞っていた。
しかし、それはリンのものであった。リンの拳はシアンの目の前で止まり、クロスカウンターのようにシアンの拳は相手の頬に突き刺さっていた。
リンは理解できていなかった。相手は加速の祝福、彼の加速では届かないスピードだったはず。
一方シアンは理解していた。自分の身に与えられた新たな特性を。
彼は1/2という値が嫌いだった。それは自身のコンプレックスであり、負の影響しか及ぼさないからだ。しかし、今は。見下していた者を認め、自身の弱さを認めることで新たな力が目覚めたのである。
今の一撃でよろけているリンに向けて見下ろすようにシアンは語った。
「加速の壁は今、二種類存在する。一つは速度を二倍にする壁。
そしてもう一つは、一方から入るものの速度を二倍、もう一方から入るものの速度を1/2倍にする。」
彼の眼は変わっていた。自身に満ち溢れ、かつ冷静な眼をしていた。
シアンは人差し指を動かし挑発した。
「...来いよ。」
リンはその挑発に簡単に乗っかり、葉で作られた刀で切りかかった。
ピタッ!!
リンの右手にある葉の刀の先はシアンの目の前で止まった。シアンとリンの間には減速の壁があり、最終的にはリンの動きが止まった。
リンが減速したということは、シアン側からの攻撃の速度は加速を行う。
静止同然のリンに、思いっきり振りかぶった拳が襲い掛かった。
リンは後方へぶっ飛び、木にぶつかって止まった。しぶとくもリンはまだ立ち上がる。
(この減速の壁をうまく使えば、相手の動きを遅くするだけじゃなく回転攻撃主体で動かなくて済む。
…感謝しないとな。このヒントを与えてくれたのはクトル、お前だ)
クトルの空気抵抗を用いて相手を減速する祝福。これは実際にシアンが与えられた経験だった。それを思い出し、短期間でモノにしたのだった。祝福の解釈を広げてくれたオーシンのおかげでもある。
リンには大ダメージを与えれたが、シアンにも蓄積されていた疲労やダメージが襲い互いによろけた。
(チッ、よりにもよって何で最終日だ。この疲労がなけりゃ。
このまま耐えてあとは2人に任せるか?いや、この戦いは誰にも干渉させない。
...俺とコイツの問題だ)
シアンは一呼吸をおき、日の上ってきた空を見上げながら呟いた。空には美しい月が輝いている。
「今日も昨日と同じ、何の変わりもない、いい日だ。」
「チガウッ!!オレガッ!コワァァァァス!!!」
リンが襲い掛かってきた。勿論減速の壁を配置した。
減速させても多少威力の残っていたリンの拳に頭が後ろに下がったシアンだが、よろけながらも片足を地面にたたきつけ己を奮い立たせた。
リンは減速してその場にとどまっているようだった。
「これが!俺の「正義」だ!!!」
大量の加速の壁を用意し、渾身の一撃を叩きこんんだ。
リンは目にもとまらぬ速度で飛んでいき、ある家に突っ込んで家主をたたき起こした。
「なんじゃなんじゃ!早朝から一体、まさか、わしから村長を奪いに来たのかぁ!ついに刺客が!ばあさん!
...ん?これは。」
村長の前には気絶したリンが横たわっていた。
「...勝った、のか?」
疲れを癒すため上を見上げた。そのまま倒れそうだったが後方から声がしたためプライドが許さなかった。
「どうしたのその傷!?シアン君をここまで傷つけるとは!どこだ!出てこい!」
「大丈夫、その猛獣なら倒した。だらか静かにしてくれ、頭がギンギンする。」
声の主はシアンとヴィオレだった。山火事を見て直ぐに現場へ向かっていたらしい。
(リン、これは俺の情けだ。お前は何も企んでいないことにする。...改めることを願ってるよ)
手負いのシアンを運びながら3人は談笑していた。
「あの山火事はシアン君の?」
「ああ、そうだ。そうするしかなかったからな。」
クトルはシアンに話したいあの話題を思い出した。
「そうだ。聞いて!ヴィオレさんの魔女の噂は嘘なんだよ!!最後の魂は...」
「クトル君!ちょっとま...」
ヴィオレの静止は間に合わずクトルはシアンに「あの話題」を出してしまった。シアンの目つきは急激に変わり、ヴィオレを睨んだ。
「お前...、クトルに何吹き込んだ!?」
クトルは驚いた。まさかこの話題がここまでシアンの逆鱗に触ると思ってもみなかったからだ。
「ご、ごめん。私はただ...」
「証明できないんだろ?信じさせたいのなら証明をしてからだと以前も言っただろ。それにあの時の棒量はやりすぎだと。俺はそれを反省してほしいんだ。
正直俺にとってその面が偽りだろうが真実だろうがどうでもいいんだ。」
「...ごめん。」
ヴィオレは何も言い返さず、
ヴィオレに向けていた眼光はクトルにも向けられた。クトルは自然と姿勢がピンとした。
「お前もだ。何も考えず物事を信じすぎるな。
もし話が嘘だったら、人の魂を弄ぶ危険人物だぞ、コイツは。」
空気は最悪だった。クトルのことを思ってシアンは叱ってくれたのだと分かっていたが、こんな雰囲気にさせてしまった責任は感じていた。しかしヴィオレに対して厳しすぎるとも感じていた。
宿舎に帰ったシアンはメンバーのほとんどから小馬鹿にされつつ、応急処置を受けた。リンの件を黙ると決意したため何も言い返すことがなかったシアンは日頃の恨みと遠征のストレスの捌け口となり、サンドバックのようになっていた。包帯でぐるぐる巻きにされていたため見た目もサンドバックのようだったが。
「あ、あの...。ごめんね、ヴィオレさん」
「いいのよ。私が100悪くない訳じゃないからね。私の話を信じてくれるだけで嬉しいよ。」
クトルはシアンにあの話題を出し、ヴィオレにシアンの矛先を向けてしまったことに謝罪を行っていた。
シアンの治療が終わり次第、「下界」へ戻るためバスに乗り込んだ。
数日後、無事意識を取り戻したリンは自身の考えを改め村長と和解した。以前まで襲い掛かってきた猛獣は蒼々紙の元となる木の花粉が苦手らしく、猛獣と植林場の場所を話すことで前のような護衛は必要なくなった。この件にはリンも絡んでおり、リンのおかげで物事がスムーズに進んだらしい。
相当痛めつけられたシアンだったが、何もなかったかのように平和に暮らしているリンにムカついたのはまた別のお話。
ともあれ、全員にとって意味のある遠征となった。




