10. それぞれの害
早朝、見知らぬ田舎に着くや否やプーリムはある老人と握手を交わしていた。ある老人は眠そうに目元をこすっている生徒たちに話し始めた。
「わしはここで村長をしておる者じゃ。こやつには昔助けてもらった縁があってな、今回君たちを招待したというわけじゃ。ここでは林業が盛んな土地でな、その伐採した木で紙を作っておる。巷では「蒼々紙」とよく呼ばれておるが知らんかの?」
村長は周りを見渡したが、しっくりきている顔は見当たらなかった。
「ったく、関心がないのぉ。まあよい。わしらが直面している問題よりはましじゃ。木を切らな始まらん仕事ゆえ、最近周辺の害獣が活発で困っててな。」
「そこでお前らの出番ってわけだ!この一週間、狩りのお仕事をしてもらう。朝昼晩交代で見回る、楽しそうだろ?」
眠い頭に教官の大きな声が響いた。頭の中がキンキンする。早朝からこの声量とこのテンションは生徒たちにはきつすぎた。
「とりあえずじゃ、君たちの宿舎まで案内しちゃろう。」
歳の割に元気よく歩く村長に、生徒たちはフラフラと着いていった。
宿舎まで案内してもらう際にぶどう組一行はこの地域の様々なスポットを巡った。と言ってもそこまで有名な観光地ではないため、自然が大好きなクトル以外はつまらなそうだった。正直暑すぎる天候のため、少しでも早く涼しい風に当たりたい。
「ここでは我らが魂、蒼々紙を作っておる。ちなみに企業秘密やから中は見せられんぞ。」
村長は自慢げにウキウキで紹介していた。クトルが建物の内部を気にしているときに工場の周りにある立て看板を掲げている少年らしき人を見つけた。少年は三角座りをしており、鋭い目つきで工場を睨んでいる。服装も現代人にふさわしくない。どこか野生を感じる服装だった。
クトルは立て看板に目が移った。文字と呼ぶには難しいほど崩れていたが、ギリギリ読める範囲ではあった。
「モリ、バッサイ、ユルサナイ、リン?君、リンっていうの?話を聞かせてもらって...
ウワッ!!」
カージナルはクトルの目を手で隠した。
「危ない、危ない。お前はこういうの影響されやすいからな。ほらほら坊ちゃん帰りますよぉ。」
「えぇー待ってよぉー。話だけでもー。」
リンという少年は一言もしゃべらず、近づいてきたクトルにも目もくれず工場を睨み続けている。さすがにプーリムも気になってはいたため、村長に質問をした。
「あいつは、大丈夫なのか?」
「あいつはどこかからやってきためんどくさい輩での、話もろくにできん感じじゃ。何度かこちらから説明したんじゃがの、言葉の意味すら理解してもらえんかった。でも、活動自体は止めんからあんな感じで放置じゃ。ほうっておけ。」
「あー、俺の嫌いな人種だな。もし何か起こすようであれば言ってくれ。俺の方で気にかけておく。」
村長はため息をつきながら独り言を呟いた。
「伐採しておることは否定できないのじゃが、いたずらに伐採しておるわけでもないのじゃよ。自然と共に生き、自然と共に育ったワシにも自然の有難みは分かる。そういった気持ちを共有したいのじゃが、残念じゃ。」
やっと宿舎に着いたぶどう組一行、休む暇もなくお仕事が始まった。
3人を三グループに分け、そのうち朝担当に割り振られたネイビー、カージナル、パンジーは蒼々紙を作成するために必要な木々を育てる伐採場に連れてこられた。
辺りは静かで自分たちが必要とは程遠い環境であり、ネイビーは不思議がった。
「それで害獣とやらはどこにいらっしゃるのでしょうか。」
「え?あー、気づかんか?そこ。」
プーリムが指さした場所からトラのような大きな獣が飛び出し、パンジーを襲った。サフランに体当たりしたまま、プーリム達から離れていった。
「うぇ?!おい!!助けろーーーーーー...。」
パンジーは大きな獣に咥えられたまま姿は小さくなり、そのままどこかへ消えていった。その様子を見てプーリムはその場の全員を脅かしたくなった。
「初めての実践だな。今まで温めてきた祝福をぶつけてやれ!しかし、これを見たら一週間も持つか不安になってきたな、まぁ止めんがな!」
しかし、残された二人は慌てず悠長に話していた。パンジーを信じているわけではなく、ただただ冷淡なだけだった。パンジーにはあまり信用や信頼がないことが明らかだった。
「おまえ、祝福で予知できるんじゃなかったのか?知ってて伝えないのは流石に冷徹だな。」
「残念ながらそうじゃないわ。確かに予知できるけどそれは相手や物体の動きの予知なの。視界の中にいなきゃ予知できない。仮に知ってても伝えないけどね。」
そうしている間に奥からパンジーが戻ってきた。両手にさっきの猛獣を担いでいた。その猛獣の前足は手錠がされていたが、これはパンジーの祝福によるものだ。鎖を自由に操り、拘束や殴打、防御を固めることもお手の物だ。
「誰も助けに来んのかね、普通は。
二人はパンジーの方を少し気にしたが何も返答しなかった。まるで日頃のつけが回ってきているようだ。パンジーはシアンに弱いが、他のメンバーには偉そうにしているからだろう。
「はぁ、シアンと組まなかったからラッキーって思ってたのに...。こいつらも大概だな。」
パンジーはこのメンバーで狩りを続けることを不満に思ったが、弱音を吐くことは自分のプライドが許せなかった。結果、泣く泣く受け入れるしかなかった。
プーリムはその様子をみて、ひとまずこの三人にこの場を任せることにして宿舎にいる6人の様子を訪ねに行った。
宿舎は冷房が効いており、外と比べ物にならないくらい涼しい。その文明の利器に甘えて残りの6人は寛いでいた。女子たちは語らい、シアンとムロンは各々のこと、クトルは新聞を広げ読んでいる。意外にもクトルは新聞を読む。ほとんどの話題に関心はなく、自分の好きな話題のタイトルにだけ目を通している。クトルが賢くなるよう母が身に着けてた習慣であるが、結果変な癖がついてしまい今に至る。
「みてみて!「ついに7000年前の地層見つかる!」だって!地層研究家の予想の7000年前以降の地層は存在しない説が証明されつつあるってことだよ。これは非常に、たッぎッるッ!ね!」
クトルがムロンに絡んでいた。ムロンはいつも通りめんどくさそうにしている。
「あ?俺に言ってるのか?そうだな、興味ないから黙ってくれ、気が散るんだ。
...地理には興味あるんだな。」
ムロンは基本冷たい。自分のやりたいことだけに焦点を置いて行動している節があるため、それ以外のことにはてんで興味がなさそうである。そういう意味ではまだシアンの方が近寄りやすい。しかし、ムロン本人も自身が冷たいことは承知しており反省もしている。そのためコミュニケーションを取ろうと努力はしているが、冷徹というイメージが先行している。
つい冷たい言葉をかけてしまい、発言したのちに気づくことがしばしば。実に悲しい男である。
「ふっふっふ。地理は大がつくほど好きなんだ。他は、聞かないで。」
「おまえRangerだろ、地層見るな。森守れ。」
シアンからの突っ込みが入ったが、シアンのユーモアのセンスは微妙である。少しの静寂の後、クトルはまた喋り始めた。
「それとこれ!!この前、オーシンさんと会ったでしょ!まだこの星にいるらしいよ。今起こってるA国とB国の戦争に介入したんだって。」
「介入?どっち側の味方だよ。A国だったらいいな、俺らの国の勝利は目前だな。」
シアンはオーシンの話題となるとすぐさま食いつく。宝石強盗の件から彼に惚れてしまったようだ。今や教官ではなくオーシンが目標の人物となっている。
「それが、喧嘩両成敗ってことでどちらの国も壊滅だって...。というかどちらにも味方しないってわかった途端蜘蛛の子を散らすように兵士が消えたって。」
「お、俺たち、殺されるのか。」
シアンが分かりやすく弱気になっている。それほどオーシンは強大な存在である。
クトルが全文を読まないため補足をしておくと、オーシンは兵士を一人も殺していない。全勢力の敵ではなく、戦争を止めた存在に近い。オーシンは目的こそ未知だが、何かを求めて様々な星を巡っているらしい。シアン達の星にどんな用があるか知る由もないが、ここまで長く滞在していることは稀である。少なくともこの星を消滅させる目的ではないことは明らかである。
シアンがそれに気が付くのはまた少し後の話。それが訪れる頃にはクトルがどうなっているか想像もしたくない。
と、ここへプーリムがやってきた。全員の怠惰さに幻滅していた。
「やっぱり、ゴロゴロしてたなお前ら。ただここにボランティアしに来たわけじゃないんだ。こういう隙間時間も強くなるために使え。今自分の可能性を探り、そして狩りで実践、また思考の繰り返しだ。この一週間で他の組と差をつけるんだ。いいか!!」
プーリムの言葉に全く言い返せない6人はしぶしぶ各々の自分磨きに出かけた。
一方、朝担当の3人は意外にもしっかり協力をしていた。
先ほどのトラブルから発想を得て、パンジー囮作戦を決行している最中だ。パンジーが辺りを散策し、残りの二人が潜んでいるポイントに誘い込んで安全に叩くという、パンジーだけリスクを背負う作戦である。勿論パンジーも反対したが、それに代わる良い作戦を練れなかったため渋々従っている。
「パンジーが誘い込んでる。カージナル、準備して。10秒後、そのポイントに向けて狙撃よ。」
「あのなぁ、言ったろ、簡単に言うなって。それじゃあかっこよくない。こうだ、聞け。右手をぴんと伸ばし、人差し指と親指を伸ばす。左手の人差し指と親指で円をつくる。それを右目に。あとは最後にこう言うんだ。
...バァン!」
見事こめかみに命中した。人差し指から出る煙をかっこよく吹き消しカージナルはネイビーに忠告した。
「いいな、今度からさっきの復唱な。」
ネイビーは明らかにめんどくさそうにしている。ネイビーもムロンと似ている部分はあるが今回はカージナルが悪い。
「めんどくさいし、長い。非効率極まりない。却下よ。」
(うるさい、死ね)
ムロンとネイビーが異なる点と言えば、ネイビーの悪態は心の中で呟く。それも過激なものを。
次々と害獣が倒される様子を遠くからある男が眺めていた。
「トモダチ、ボクノ、トモダチ。」




