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第8話 盾と矢羽根

 矢羽根の仕事は、思ったより細かかった。


 リーディアが持ってきたのは、鳥の羽根を束ねた袋と、折れかけた矢の束、それから細い麻糸と小刀だった。


 小刀だけは渡されなかった。


「羽根を矢柄に合わせて揃えて。長さはこの見本通り。割れているものは分けておいて。それだけ」


「小刀は?」


「切る作業は私がする」


「俺を信用していませんね」


「小刀を持たせる理由がない」


「ごもっともです」


 リーディアは見本の矢を一本残して出ていった。


 ノルが扉の外で欠伸をする音がした。


 俺は袋から羽根を一枚取り出した。


 白に近い灰色。風切り羽根に似ているが、俺の知っている鳥のものより少し大きい。


 見本の矢と並べると、長さが少し合わない。


 切る必要がある。


 小刀がない。


 俺は羽根を眺めた。


 三十二年の人生で、矢羽根を整えた経験はない。


 当然だ。


 ただ、考えてみれば、やることは単純だ。


 長さを揃える。


 割れているものを分ける。


 麻糸で矢柄に固定する。


 できることからやればいい。


 俺は見本の矢を基準に、羽根を並べ始めた。


 一時間ほど経ったとき、セラムが現れた。


 扉の外でノルと短く言葉を交わす声がして、引き戸が開く。


 集落長は静かに入ってきて、俺の作業を見た。


 整理された羽根の山。

 長さ別に分けた束。

 割れているものを別の場所に積んだ列。


「切っていないのか」


「小刀を預かっていないので、長さ揃えと仕分けだけ先にしました」


「リーディアが持っていったか」


「はい」


 セラムは小さく息を吐いた。


 叱っているのか、納得しているのかわからない。


「続けながら聞け」


「はい」


 俺は羽根を手に取りながら、セラムに向いた。


 彼女は立ったまま俺を見ている。


 椅子はない。


 木箱が一つあったが、集落長が木箱に座るような場面でもないだろう。


「昨夜、昨日の夜明け前に、私の名を使った偽命令の件を調べた」


「わかりましたか」


「一部だけ」


 セラムは腕を組んだ。


「命令書を偽造した者は、集落の外から来ていた。グレイノの者ではない」


「人類軍ですか」


「それも違う。痕跡の性質が、人類軍の術式でも、我々の術式でもなかった」


 俺は羽根を持ったまま止まった。


「昨夜の術杖持ちと同じですか」


「同じかどうかはわからない。ただ、見慣れない魔力の形だった」


 第三の勢力。


 リーディアが言っていた可能性が、少しずつ形を持ち始めている。


「ソーイ」


「はい」


「お前が言った、虚環の器という言葉」


「はい」


「何を知っている」


「俺が聞いたのは、昨夜の術杖の男が気を失う直前に言ったことだけです。王骸という言葉も。それ以上は知りません」


「本当に?」


「はい。俺自身、意味がわからないので、知りたいくらいです」


 セラムは少しの間、俺を見ていた。


 嘘をついているかどうかを、顔から読もうとしているのかもしれない。


「オルドに聞いた」


「老僧のオルドさんですか」


「彼は古い文献を多く知っている。虚環という言葉は、千年以上前の記録に出てくると言っていた」


「千年」


「この世界が今の形になる前の話だ。当時の文献では、虚環は実体のある存在ではなく、概念として記されている」


「どんな概念ですか」


「争いが生む死と憎しみが積み重なり、世界に穴が開く。その穴を通じて、かつて封じられたものが戻ってくる」


 俺は羽根を一枚、束の中に戻した。


「封じられたもの、というのが王骸ですか」


「たぶん、そうなる。ただし、オルドも確認が取れているわけではない」


「俺に話してくれていいんですか」


 セラムは少しだけ眉を上げた。


「何が」


「集落の内部事情に近い話です」


「お前が知っている方が、役に立つかもしれない」


「俺が情報を外へ持ち出す危険もあります」


「そうね」


 セラムはあっさり認めた。


「でも、昨夜お前が盾を出した方向には、集落の子どもが三人いた」


 俺は答えられなかった。


「お前がいなければ、その三人はあの状況で安全だったかどうか」


「わかりません」


「私もわからない。ただ、お前が子どもの方へ向いたことは確認している」


 セラムはそれ以上を言わなかった。


 言わなくても、伝わった。


 完全な信用ではない。


 ただ、材料が一つ増えたのだと思う。


「お前の能力を聞く」


 セラムが木箱に腰を下ろした。


 改まった所作だった。


「敵意を感じるとリーディアから聞いた。他は」


「盾を出すことと、消すことができます。盾で受けた衝撃が、素手より大幅に減ります」


「傷があるのに」


「防げる量には限りがあります。全部は受けきれない」


「他は」


「盾で相手の体勢を崩すことができます。ただし、こちらの攻撃力は高くないので、崩したあとをリーディアさんに任せる形になります」


「声で仲間の防御を上げるとも聞いた」


「短い時間だけです。連続では使えません。届く範囲も、声が聞こえる距離だけです」


「近距離の相手の動きを鈍らせる、という話は」


「それも、至近距離だけです。距離が離れると効かなくなります」


 セラムは一つずつ聞いた。


 急かさない。


 俺が答えると、小さく頷き、次を聞く。


 この人は情報の整理が速い。


「できないことを言え」


「火力がありません。剣を持っていますが、訓練を受けた人間には近づきます。魔法は使えません。遠距離で攻撃する手段がありません。激しく動くと体力が切れます。傷が治るまでは、さらにそれが早くなります」


「それだけか」


「異世界の知識がないので、土地勘も人脈もありません。魔族側の軍規や習慣も、まだ多くを知りません」


「多くを、というのは」


「少しは覚えました。封印紐の話とか、境戒鐘の意味とか。足りませんが、全くないよりはましだと思っています」


 セラムはそこで少しだけ間を置いた。


「なぜ覚えた」


「覚えていた方が、余計な失敗が減るからです」


「生き延びるために?」


「それもあります。ただ、俺のせいで周りが困る場面を減らしたい気持ちの方が大きいかもしれません」


「周り、というのはこの集落か」


「リーディアさんと、オルドさんと、ノルさんと。ここまでお世話になった人たちです」


 セラムは俺を見た。


 長い沈黙だった。


 値踏みされているような、試されているような。


 ただ、怒っている感じはなかった。


「敵意を感じる能力」


「はい」


「見張りの補助として使えるか」


「方向と距離と、ある程度の強さがわかります。ただ、数は正確ではありません。強い敵意が一つあると、弱いものが埋もれます」


「限界はどこか」


「昨夜の黒い石を使われたあとは、役に立ちませんでした。あの石が出ると、感覚が潰されます」


「対策は」


「今のところ、ありません」


「正直だな」


「嘘をついてもすぐわかるので」


「お前が嘘をついても、私にはわからないかもしれない」


「たぶん、リーディアさんにはわかります」


「なぜ彼女が出てくる」


「一番近くで見ているので」


 セラムの表情が、かすかに動いた。


 何を思ったのかは読めない。


「わかった。見張り台の補助として夕方から使う。リーディアかノルが必ず同伴する。単独行動は引き続き禁止」


「はい」


「武器の召喚は?」


「見張り台での使用を許可してもらえれば、緊急時に出せます。ただし、判断基準はリーディアさんか長の指示に従います」


「それでいい」


 セラムは立ち上がった。


「三日という期限は延ばす。ただし、有限だと思え」


「はい」


「役に立てば伸びる。邪魔になれば縮む」


「わかりました」


「もう一つ」


 セラムは扉に向かいかけ、足を止めた。


「トマが昨夜から食事を少し残している」


「はい」


「あの子は感情が顔に出る」


「そうですね」


「昨夜、お前が子どもの方を向いたこと、誰かに聞いたのかもしれない」


 俺は羽根の束を手に持ったまま、何も言えなかった。


「話しかけるな、という指示は変えない。ただ、向こうが来たなら、無視もするな」


「わかりました」


 セラムが出ていった。


 扉が閉まる。


 静かになった倉の中で、俺は羽根の束を膝の上に置いた。


 トマ。


 父親を戦争で失った少年。


 俺に石を投げるかもしれないと思っていた相手が、食事を残している。


 それが俺のせいかどうかはわからない。


 わからないが、少しだけ胸が重くなった。


 昼過ぎ、リーディアが小刀を持って戻ってきた。


「切る作業をする」


「助かります」


 彼女は俺の仕分けを確認し、小さく頷いた。


「整理が正確ね」


「几帳面なんです」


「意外」


「どう見えていましたか」


「行き当たりばったり」


「否定できないですが」


 リーディアは見本の矢を手に取り、羽根の長さを確認した。


 小刀の使い方が速い。


 ためらいがない。


 力を入れすぎず、刃を寝かせるように当てて、きれいに切り揃える。


「上手ですね」


「これくらいは誰でもできる」


「俺はできません」


「訓練したことがないからよ」


「そうですね」


 リーディアが切った羽根を、俺が麻糸で矢柄に巻いていく。


 自然に分業になった。


 しばらく、無言で作業が続く。


 悪くない時間だった。


 倉の小さな窓から、午後の光が入っている。


 草の匂い。乾いた木の匂い。


「セラムに何を聞かれた」


「能力の詳細と、できないことです」


「正直に言ったの?」


「嘘をつく理由がないので」


「私に不利な話もした?」


「黒い石の前では役に立てないという話はしました」


「それを言ったのね」

第9話は明日6/6の19:00に投稿します。


よろしくお願いいたします

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