第49話 帰れば敵
遺跡を出た瞬間、日が高く昇っていた。
封印核の確認は終わった。
進行は止まっている。
次の修復は十日後。
安堵はあった。
だが、それとは別に、もっと単純な現実が、遺跡の外の光の中で俺たちを待っていた。
「ここまでだな」
アルヴァンが足を止めた。
灰境線の荒れ地の途中。
人類側の陣営と、魔族側の砦、それぞれへ続く道が分かれる場所だった。
「ここから先は、別々に戻ることになる」
「そうですね」
俺は答えた。
わかっていたことだ。
でも、口に出されると、急に現実味を帯びた。
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オルドが石板の内容を確認し終え、荷物をまとめながら言った。
「今日、私たちは同じ目的のために動いた。同じ敵と向き合った」
「はい」
「だが、それぞれの陣営に戻れば」
オルドは言葉を切った。
誰も、その続きを言わなかった。
言わなくても、わかっていたからだ。
戻れば、また敵同士だ。
人類軍と魔族の砦。
建前の上では、今もまだ戦争の途中にある。
「変な感じだな」
ガレンが呟いた。
「さっきまで、一緒に眷属と戦っていたのに」
「それは俺も同じ気持ちだ」
ダルグが答えた。
今日はダルグも同行していた。
「戦場で背中を預けた相手と、明日また向き合うかもしれない。妙な話だ」
「向き合うことは、もうないと思いたいけどな」
ガレンが苦笑した。
「思いたいだけじゃ、現実は変わらない」
「わかってる」
二人のやり取りに、リーディアが少し目を伏せた。
俺はその横顔を見た。
「リーディアさん」
「何」
「今、何を考えていましたか」
「別に」
「顔に出ていました」
「あなたに言われたくない」
いつもの言い返しだった。
でも、今日はどこか力がなかった。
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ミラナが分かれ道の中央に立って、両方の陣営を見比べるように言った。
「私たちがここまでできたのは、目的が一致していたから」
「王骸への対処、ですね」
俺は言った。
「そう。でも、その目的が終わったわけじゃない。むしろ、これからも続く」
「はい」
「なのに、私たちは今から、また別々の場所に帰らなきゃいけない」
ミラナの声には、苛立ちに近い何かがあった。
「馬鹿げてる」
「馬鹿げていると思います。俺も」
「あなたが思っても、何も変わらないでしょう」
「変わりません。ただ、思うことをやめるつもりもありません」
ミラナは俺を見た。
「そういう、諦めない感じ、時々腹が立つ」
「すみません」
「謝らなくていい。褒めてるのよ、たぶん」
「たぶん、ですか」
「たぶんよ」
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アルヴァンが少し離れた場所で、灰境線を見ていた。
俺は近づいた。
「アルヴァンさん」
「何だ」
「今日、遺跡での成果は大きかったです。ただ、この分かれ道に立つと、それがどれだけ薄い足場の上にあるかを感じます」
「同じことを考えていた」
アルヴァンは静かに言った。
「俺たちは、王骸という共通の敵に対しては、確かに連携できている。だが、人類と魔族という枠組みの中では、まだ何一つ変わっていない」
「戦争は続いていますね」
「続いている。俺が砦にいることも、正式には認められていない状態だ」
「それでも、今日ここまで来ました」
「来た。だが、来ただけだ。ここから先、俺たちがそれぞれの陣営に戻ったとき、今日の連携がどこまで意味を持つか、正直わからない」
俺はその言葉を、しばらく黙って受け止めた。
「アルヴァンさんは、不安ですか」
「不安だ。ただ、不安だから止まるつもりはない」
「同じです」
アルヴァンは少し笑った。
「その台詞、何度目だ」
「数えていません」
「俺も数えていない。ただ、聞くたびに、少しだけ楽になる」
「それは、よかったです」
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カルバが皆を集めた。
「今日はここで解散する。それぞれの陣営に戻り、今日得た情報を整理してくれ」
「次に会うのはいつだ」
アルヴァンが聞いた。
「十日後の封印修復、その前に、少なくとも一度は情報を共有する場を設けたい」
「フォーランの経路を使うか」
「そうする。緊急の連絡があれば、同じ経路で」
「わかった」
カルバはそこで一度、両陣営の全員を見渡した。
「一つだけ、はっきりさせておきたいことがある」
「何ですか」
俺が聞くと、カルバは静かに言った。
「今日の連携は、双方の指揮系統の外で行われている。正式なものではない。もし、それぞれの陣営で、今日のことを追及される場面があれば」
「あれば?」
「個人の判断として、責任は自分で負う。それでいいか」
沈黙があった。
誰も、すぐには答えなかった。
やがて、アルヴァンが口を開いた。
「いい。俺はもう、その覚悟でここに立っている」
「私も」
ミラナが続いた。
「ダルグも同意見です」
ダルグが言った。
「今更、引く理由がない」
ガレンも頷いた。
俺はリーディアを見た。
リーディアは少しの間、何も言わなかった。
やがて、静かに言った。
「私も、同じ」
その声は小さかったが、確かだった。
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「では、今日はここで」
カルバが言った。
両陣営が、それぞれの方向へ動き出そうとした瞬間、俺は思わず声を上げた。
「待ってください」
全員が振り返った。
「何だ」
「一つだけ、言いたいことがあります」
「言え」
俺は少し息を吸った。
「今日、俺たちは同じ敵と戦いました。同じ目的のために動きました。でも、これから別々の場所に戻れば、それぞれの陣営の中では、また敵として扱われるかもしれません」
「わかっている」
「でも、それは、俺たちの中にある何かが変わっていないという意味じゃないと思います」
「どういう意味だ」
アルヴァンが聞いた。
「今日ここで積み上げたものは、陣営に戻っても消えません。俺の中にも、リーディアさんの中にも、アルヴァンさんの中にも、ミラナさんの中にも、残ります」
「それは、そうだろうな」
「なら、また会えます。次の機会に、また積み上げられます。今日の別れは、終わりじゃなくて、次への区切りだと思っています」
誰も、すぐには何も言わなかった。
やがて、ミラナが小さく笑った。
「相変わらず、楽観的ね」
「よく言われます」
「でも、悪くない考え方だと思う」
「そうですか」
「そう」
アルヴァンが頷いた。
「区切り、か。悪くない言葉だ」
「借りますね」
「借りていい。むしろ、そう思っていた方が、次に会うときが楽しみになる」
リーディアが横で、小さく息を吐いた。
「あなたは、いつもそうやって、場の空気を軽くする」
「悪いことですか」
「悪くはない。ただ、少し驚く」
「驚かせてすみません」
「謝らないで」
いつもの言葉が返ってきて、俺は少しだけ安心した。
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両陣営が、それぞれの道へ分かれていった。
アルヴァン、ミラナ、ガレンは西へ。
俺たちは砦へ向かう東の道を歩き始めた。
振り返ると、アルヴァンたちの背中が、少しずつ小さくなっていく。
「本当に、また会えると思っている?」
リーディアが聞いた。
「思っています」
「根拠は」
「根拠はありません。ただ、そう信じることが、今の俺にできる唯一のことだと思っています」
リーディアは少しの間、黙って歩いた。
「私も、そう思うことにする」
「はい」
「ただし、次に会うまでに、あなたが余計な無茶をしないこと」
「約束します」
「今回は、はい、じゃなくて」
「約束します」
リーディアは小さく頷いた。
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砦への道を歩きながら、俺は今日一日を振り返った。
封印核の確認。
進行は止まっている。
王骸の弱体化の可能性。
そして、分かれ道での、あの短いやり取り。
帰れば敵。
建前の上ではそうだ。
でも、今日ここで積み上げたものは、消えない。
オルドが横で言った。
「今日、いい光景を見た」
「何がですか」
「双方が、責任を自分で負うと言った瞬間だ。あれは、簡単に言えることじゃない」
「そうですね」
「千年前、人間と魔族が協力できた理由が、少しわかった気がするよ」
「どんな理由ですか」
「損得ではなく、それぞれが自分の意志で選んだからだろう」
俺はその言葉を、胸の中に置いた。
損得ではなく、意志で選ぶ。
それが、今日この場に立っていた全員の姿だった。
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砦が見えてきた。
北門の見張りが、こちらに気づいて合図を送る。
いつもの帰還の景色だった。
でも、今日は少しだけ違って見えた。
「戻ってきましたね」
「戻ってきた」
「アルヴァンさんたちも、無事に戻れているといいです」
「感知で確認できないの」
「距離が離れすぎています。それに、俺の感知は、心配のためには使いたくないです」
「どういう意味」
「心配だから確認する、では、いつか感知に頼りすぎてしまう気がします。信じて待つことも、必要だと思っています」
リーディアは少し驚いた顔をした。
「あなたが、そんなことを言うとは思わなかった」
「意外ですか」
「意外。でも、悪くない」
「それは嬉しいです」
リーディアはかすかに笑った。
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砦の門をくぐりながら、俺は最後にもう一度、灰境線の方角を見た。
アルヴァンたちの姿は、もう見えない。
でも、今日という日が、確かに何かを変えた気がした。
帰れば敵。
その言葉の重さは、変わっていない。
でも、その重さを知った上で、なお繋がりを選んだ者たちがいる。
それだけで、今日は十分だった。
二十四日目が終わろうとしていた。
次に会う日まで、それぞれの場所で、それぞれの積み重ねを続ける。
それが、今の俺たちにできる、唯一の約束だった。
次話は明後日の19:00に投稿します。
2日に1話投稿の予定になります。
よろしくお願いいたします。




