第48話 遺跡の記録
二十三日目の朝、砦に一つの提案が持ち込まれた。
オルドからだった。
「昨日の眷属との戦闘で、王骸に関する新しい手がかりが得られるかもしれない」
「新しい手がかり、ですか」
「遺跡の石板に、まだ読み切れていない部分がある。眷属という存在についての記述が、そこにあるかもしれない」
カルバが頷いた。
「再び遺跡へ行くのか」
「今回は、封印核に近づく必要はない。入り口付近の石板だけを確認する。危険は少ないはずだ」
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昼前、遺跡へ向かう準備が整った。
今回はカルバ、オルド、俺、リーディア。
アルヴァン側にも連絡を入れ、ミラナとガレンが合流することになった。
歩きながら、俺は感知を広げた。
「今日は静かです。眷属の感触もありません」
「昨日倒したものとは別に、まだ他にいるかもしれない」
オルドが言った。
「気をつけながら進もう」
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遺跡に到着すると、入り口付近の空気は、以前より少し軽く感じられた。
「封印核の修復で、周辺の圧も下がったのかもしれません」
「そうだといいがな」
オルドが石板の前に立った。
入り口すぐの壁に刻まれた文字を、丁寧になぞる。
「前回、時間がなくて読みきれなかった部分だ」
しばらく、オルドが文字を追う音だけが響いた。
「読めた」
「何が書いてありましたか」
「虚環の眷属について、詳しい記述がある」
オルドが振り返った。
「眷属は、王骸そのものの一部ではない。王骸が生み出す、飢えの化身だ」
「飢えの化身」
「王骸は、死と憎しみを糧にする。だが、糧が不足すると、周囲の魔力を直接吸収するための存在を生み出す。それが眷属だ」
「昨日の黒い塊が、そのために生まれたということですか」
「そうだ。眷属が現れるのは、王骸が糧を求めている証拠でもある」
リーディアが険しい顔で聞いた。
「では、眷属が増えているということは」
「王骸の飢えが強くなっているということだ。封印を修復したことで、直接的な力の増大は抑えられた。だが、王骸そのものが弱ったわけではない」
「つまり、まだ危険な状態が続いているということですね」
「そうだ」
俺は石板を見た。
古い文字が、静かにそこに刻まれている。
「オルドさん、眷属への対処法についても書いてありますか」
「ある。物理的な力による討伐が有効だと、明確に記されている。ただし」
「ただし?」
「討伐された眷属の魔力は、王骸に戻る。討伐しても、王骸の飢えを完全に断つことはできない」
「じゃあ、討伐は意味がないんですか」
ミラナが聞いた。
「意味はある。ただ、それだけでは根本的な解決にならないという意味だ」
「根本的な解決とは」
アルヴァンが同行していなかったので、ガレンが代わりに聞いた。
「王骸そのものを、完全に封じ直すか、あるいは消滅させることだ」
「消滅させる方法は」
「石板には記されていない。ただ、千年前の記録には、王骸を一度弱体化させたという記述がある」
「弱体化」
「詳細は不明だ。ただ、封印を最初に作ったとき、王骸の力を大きく削ったという記述がある」
俺はその言葉を、頭の中で整理した。
千年前、封印を作ったとき、王骸の力を削った。
今、封印を修復している。
もう一度、同じことができれば。
「オルドさん、封印の修復を続けることで、王骸を弱体化させることは可能ですか」
オルドは少し考えた。
「可能性はある。今のところ、そこまでの記述は見つかっていない。ただ、その方向で調査を続ける価値はあるだろう」
「では、封印の修復が、単に進行を止めるだけでなく、王骸自体への対処にもなるかもしれないということですね」
「そう考えられる」
リーディアが少し息をついた。
「それなら、次の封印修復が、より重要な意味を持つことになる」
「十日後の確認、ですね」
「そう」
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石板の確認が終わり、遺跡の外に出た。
昼の光が眩しかった。
「今日わかったことを整理する」
カルバが言った。
「眷属は王骸の飢えが生む存在。討伐は有効だが、根本的な解決にはならない。封印の修復には、王骸の弱体化という別の側面があるかもしれない」
「はい」
「これを、双方の陣営に共有する必要がある」
「そうですね」
ガレンが言った。
「アルヴァン様にも、すぐに伝えます」
「頼む」
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帰り道、ミラナが俺の横に来た。
「今日の話、聞いていて思ったことがある」
「何ですか」
「王骸の飢えが眷属を生む。眷属が増えれば、王骸が飢えている証拠。じゃあ、逆に眷属が減れば、王骸も少し落ち着くんじゃない?」
「一時的にはそうかもしれません。ただ、討伐された魔力が王骸に戻るなら、結果的には変わらない可能性もあります」
「じゃあ、討伐すること自体が、王骸を養っていることになるの?」
俺は少し考えた。
「そう考えると、少し怖い話ですね」
「怖いわね」
「でも、討伐しなければ、眷属が人を襲います。今の段階では、討伐は必要な選択だと思います」
「わかっている。ただ、長期的には別の方法が必要ということね」
「はい」
ミラナは少し黙った。
「アルヴァンとあなたは、こういう話をよくするの?」
「たまにします」
「羨ましいわね」
「どういう意味ですか」
「アルヴァンは、こういう話を私にはあまりしない。私を心配させたくないんでしょうけど」
「それは、心配していないということではないと思います」
「わかっている。でも、話してほしいこともある」
俺はその言葉を、少しの間考えた。
「アルヴァンさんに伝えてもいいですか」
「何を」
「ミラナさんが、そう思っているということを」
ミラナは少し驚いた顔をした。
「別に、伝えてほしいわけじゃない」
「でも、言った方がいいと思います」
「あなたが決めることじゃない」
「わかっています。ただ、俺の意見として言いました」
ミラナは少しの間、黙った。
「あなたって、本当に踏み込んでくるわね」
「そういうところがあると、よく言われます」
「知ってる」
その返し方に、リーディアと似た響きがあった。
「悪い意味ですか」
「半分」
「その言い方も、リーディアさんに似ています」
「似てるって言われたの、初めてじゃないわね」
「はい。何度か言われました」
「気にする?」
「いいえ。似ていると言われることは、悪くないと思っています」
ミラナは少し笑った。
「変わった答え方をするわね」
「よく言われます」
「最近言われ始めた?」
「いいえ、たぶんずっとです」
ミラナは、それ以上何も言わずに、少し先を歩いていった。
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砦に戻ると、カルバがすぐに全員を集めた。
「今日の情報を、砦の主要な者に共有する」
ヘルトとダルグも参加した。
オルドが順を追って説明した。
眷属の性質。
討伐の有効性と限界。
封印修復の新しい可能性。
「王骸を弱体化させられる可能性があるということか」
ヘルトが確認した。
「可能性の話だ。確定していない」
「それでも、目指す方向としては悪くない」
ダルグが言った。
「王骸を倒すという目標が、少し具体的になった気がする」
「はい」
俺も頷いた。
「今までは、王骸への対処が抽象的でした。今日の情報で、少しだけ道筋が見えてきたと思います」
「道筋が見えたなら、次の封印修復までに、もっと準備を進める必要があるな」
カルバが言った。
「十日後の修復に向けて、何を準備するべきか、洗い出そう」
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夜、部屋に戻ると、リーディアが待っていた。
「今日の話、聞いた」
「王骸の弱体化の可能性、ですね」
「そう」
リーディアは少し考えるような顔をした。
「これが本当なら、私たちがやっていることに、大きな意味が生まれる」
「そうですね」
「ただ、期待しすぎるのも危険だと思う」
「なぜですか」
「確定していない情報に頼りすぎると、外れたときの反動が大きい」
「わかっています。ただ、可能性があると知っただけで、今の動きに意味を感じられます」
「それは、必要な感覚ね」
リーディアは少し窓の外を見た。
「今日、ミラナと何を話していたの」
「聞いていましたか」
「一部だけ」
「アルヴァンさんとミラナさんの、話す内容の話をしていました」
「どんな話」
「アルヴァンさんが、危険な話をミラナさんにあまりしないという話です」
「心配させたくないから、でしょうね」
「はい。でも、ミラナさんは、話してほしいと思っているようでした」
リーディアは少し黙った。
「その話、私にも刺さる」
「どういう意味ですか」
「あなたが危険な状況にいるとき、全部を話してほしいと思う一方で、私が心配することを、あなたが気にしすぎているんじゃないかと思うこともある」
「気にしています。ただ、隠すこととは違うと思っています」
「そうね。あなたは、隠さない」
「はい」
「それが、いい」
その言葉は静かだったが、確かに温かかった。
「リーディアさん」
「何」
「今日の遺跡での話、王骸の弱体化の可能性。これが本当なら、俺たちがやってきたことが、想像より大きな意味を持つことになります」
「そうね」
「それが、少し怖くもあります」
「怖い?」
「責任が大きくなる気がして」
リーディアは俺を見た。
「一人で背負うつもりなら、それは間違いよ」
「わかっています。ただ、実感としてです」
「実感するのはいい。でも、忘れないで。あなたは一人じゃない」
「はい」
「アルヴァンも、ミラナも、オルドも、カルバも、私も。みんなが同じ方向を見ている」
「そう考えると、少し楽になります」
「それでいい」
リーディアは窓の外を見た。
「十日後の封印修復、今度はもっと準備を整えて行く」
「そうですね」
「今日わかったことを、無駄にしないように」
「はい」
俺は目を閉じた。
今日、王骸への対処に、新しい可能性が見えた。
眷属という敵の正体もわかった。
ミラナとの会話で、アルヴァンとの関係についても少し考えさせられた。
全部が、少しずつ繋がっていく。
二十三日目が終わった。
まだわからないことは多い。
でも、確実に前に進んでいる。
それを実感できただけで、今日は十分だった。
次話は明後日の19:00に投稿します。
2日に1話投稿の予定になります。
よろしくお願いいたします。




