第47話 五人の連携
二十二日目の朝、砦に緊急の報告が入った。
昨日遭遇した黒い塊が、複数確認されたという。
場所は、遺跡へ続く道の途中。
人類軍の哨戒隊が二体を目撃し、一体を撃退しようとして負傷者を出したらしい。
「複数いるということは、増えているのか」
カルバが険しい顔で言った。
「あるいは、最初から複数いて、俺たちが一体しか見ていなかっただけかもしれません」
俺は答えた。
「どちらにせよ、対処法を早く確立する必要がある」
「はい」
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昼前、アルヴァンから連絡が来た。
フォーランの経路を使った短い手紙だった。
「同じ敵と遭遇した。物理攻撃が効くという情報を共有したい。会って話したい」
カルバが頷いた。
「今日、遺跡の中間地点で会おう。感知の確認もできる」
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午後、俺たちは砦を出た。
カルバ、リーディア、オルド、俺。
ソフィアも同行することになった。
アルヴァン、ミラナも同じ場所へ向かっているはずだった。
中間地点は、遺跡と両陣営のちょうど中間にある、小さな丘だった。
見通しがよく、周囲の確認がしやすい。
「アルヴァンさんたちの感触、近づいています」
俺は歩きながら言った。
「敵意はありません。ただ、緊張しています」
「昨日の敵と遭遇した緊張かもしれないな」
オルドが言った。
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丘の上で、両者が合流した。
アルヴァン、ミラナ、それに見知らぬ男が一人。
三十代半ばに見える、がっしりした体格の男だった。
「紹介する。ガレンだ。俺の部隊の斥候で、昨日の戦闘に参加していた」
ガレンが軽く頭を下げた。
「話には聞いていた。魔族の砦の連中と、こうして直接会うとはな」
「よろしく」
カルバが短く返した。
「早速だが、状況を共有したい」
アルヴァンが切り出した。
「昨日、俺たちの部隊が、灰境線から東に少し入った場所で、黒い塊のような存在と遭遇した。魔法での攻撃が効かず、逆に吸収された」
「同じ現象です」
俺が言った。
「俺たちも似た敵と遭遇しました。魔力を吸収する性質があります」
「そちらでも確認済みか」
「はい。ただ、物理的な攻撃は効くことがわかりました」
「俺たちも同じことに気づいた」
アルヴァンが頷いた。
「ガレンが、剣の柄で殴りつけたら、多少怯んだ」
「柄で?」
「刃を使うと、剣に付与された魔力が触れる。柄なら、純粋な物理衝撃だけになる」
「なるほど」
オルドが興味深そうに言った。
「刃と柄で反応が違うというのは、貴重な情報だ」
「そちらは、どういう対応をしたんだ」
アルヴァンが聞いた。
「俺が盾を捨てて、体でぶつかりました。物理的な衝撃だけなら、吸収されませんでした」
「盾は召具だろう。それも魔力の産物じゃないのか」
「そうです。だから、盾に頼らず、体そのものでぶつかりました」
「危険な判断だ」
「わかっています。ただ、その場ではそれしか思いつきませんでした」
ミラナが少し考えて言った。
「私の拳なら、最初から魔力を乗せていない。それなら安全に戦えるかもしれない」
「試す価値がある」
オルドが言った。
「魔力を持たない攻撃手段が、この敵に対して有効だとすれば、対処の方向性が見えてくる」
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その時、俺の胸の奥に感触があった。
「来ます」
全員が身構えた。
「方向は?」
「東です。今、丘を越えてこちらに向かっています」
ソフィアも目を閉じた。
「気持ち悪い感触があります。同じ性質のものです」
「複数か」
「いえ、一体だと思います」
東の茂みが揺れた。
出てきたのは、昨日見たものと同じ、輪郭の曖昧な黒い塊だった。
「今がチャンスだな」
アルヴァンが言った。
「物理攻撃の有効性を、ここで確認しよう」
「役割分担をした方がいいです」
俺は言った。
「魔法や召具を使う人は距離を取ってください。物理攻撃ができる人だけで対応します」
「私とガレンが前に出る」
アルヴァンが言った。
「俺も行きます」
「盾は」
「今日は捨てて動きます」
リーディアが少し不安そうな顔をした。
「無茶しないで」
「無茶はしません。昨日の経験があります」
黒い塊が、こちらに気づいて動き出した。
速い。
アルヴァンが剣を逆手に持ち替え、柄を前に出した。
ガレンも同様に構える。
俺は素手で構えた。
「行きます」
黒い塊が跳んだ。
アルヴァンが柄で殴りつける。
塊が怯んだ。
「効いている!」
ガレンも続けて殴る。
塊が、また少し怯んだ。
俺はその隙に、横から体当たりした。
衝撃が伝わる。
吸収される感覚はない。
「押せます!」
「このまま押し切るぞ」
三人で連携して、塊を押し込んだ。
塊が抵抗するように暴れたが、次第に動きが鈍くなっていく。
「弱っている!」
オルドが叫んだ。
「魔力を吸収できない状態が続くと、活動を維持できないのかもしれない!」
最後に、ガレンが強く柄を打ち込んだ。
黒い塊が、震えるように収縮し、やがて地面に溶けるように消えていった。
静寂が戻った。
「倒せた……のか」
アルヴァンが息を切らしながら言った。
「倒したというより、活動を止めさせた、という感じかもしれません」
俺は言った。
「消えただけで、完全に消滅したかどうかはわかりません」
「それでも、大きな進展だ」
オルドが興奮した様子で言った。
「物理攻撃の連携で、対処できることが証明された」
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全員が丘の上で座り込んだ。
久しぶりの、共通の勝利だった。
「これで、対処法の目処が立ったな」
カルバが言った。
「はい。ただ、これは応急的な対処法です。根本的な解決には、王骸そのものへの対処が必要です」
俺は答えた。
「わかっている。だが、今日みたいな敵に対処できる部隊があれば、被害を最小限に抑えられる」
「混成部隊、という話をリーディアさんとしていました」
「混成部隊?」
アルヴァンが興味を示した。
「人間と魔族が、それぞれの得意なことを組み合わせて動く部隊です。今日みたいに、物理攻撃ができる者と、魔法を使える者、感知ができる者が連携すれば、より効果的に対処できると思います」
「それは、いい考えだ」
アルヴァンが即座に賛成した。
「俺たちの部隊にも、物理戦闘に長けた者がいる。ガレンもその一人だ」
「私も参加できる」
ミラナが言った。
「これから、こういう敵が増えるなら、専門の対応チームが必要になる」
カルバが少し考えた。
「正式な混成部隊を作るとなると、双方の陣営の承認が必要になる」
「時間がかかりますね」
「かかる。ただ、今日みたいな非公式の連携から始めて、実績を積むという方法もある」
「それがいいと思います」
俺は言った。
「いきなり大きな組織を作るより、小さな成功を積み重ねる方が、信頼が生まれます」
「あなたの得意な言い方だな」
アルヴァンが少し笑った。
「積み上げる、というやつだろう」
「はい」
「気に入っている。俺も、その考え方を借りようと思う」
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ガレンが、少し戸惑った様子で俺を見た。
「あんたが、噂の転移者か」
「そうです」
「実際に戦うところを見て、納得した」
「何にですか」
「アルヴァン様が信頼しているわけだ」
俺は少し驚いた。
「そこまで信頼されているとは思っていませんでした」
「自覚がないのか」
ミラナが横から言った。
「あなた、思ったより鈍いところがある」
「そうですか」
「そうよ。アルヴァンがどれだけあなたのことを話しているか、知らないでしょう」
俺はリーディアを見た。
リーディアは、何も言わずに視線を逸らした。
「リーディアさん、何か知っていますか」
「知らない」
「今、目を逸らしましたよね」
「気のせいよ」
その反応で、逆に何かあるのだと確信した。
でも、今は追及する場面ではない。
「まあいい」
俺はそう言って、話を戻した。
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夕方、砦への帰り道、リーディアと二人で少し離れて歩いた。
「今日の連携、うまくいきましたね」
「そうね」
「混成部隊の考え方、カルバさんにも認めてもらえそうです」
「時間はかかるでしょうけど」
「それでも、一歩前進です」
リーディアは少し黙った。
「今日、あなたが盾を使わずに体当たりしたこと」
「はい」
「危険だったと思う」
「危険でした。でも、必要な確認でした」
「わかっている。でも、心配なことに変わりはない」
「すみません」
「謝らないで」
「では、ありがとうございます」
「何に対して」
「心配してくれることに」
リーディアは少しの間、答えなかった。
「あなたは、本当に変なことばかり言う」
「よく言われます」
「知ってる」
その短いやり取りに、いつもの空気が戻ってきた。
「アルヴァンさんが、俺のことをよく話しているという話、本当ですか」
「知らない」
「また目を逸らしましたね」
「気のせいよ」
「気のせいにしては、反応が早いです」
「うるさい」
リーディアは少し早足になった。
俺は追いかけながら、少しだけ笑った。
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砦に戻ると、カルバが待っていた。
「今日の成果、詳しく聞きたい」
俺たちは、丘での戦闘の詳細を報告した。
「物理攻撃の有効性が確認できた。これは大きい」
カルバが言った。
「今後、砦の兵士にも、この対処法を教える必要がある」
「訓練が必要ですね」
「そうだ。ダルグとヘルトに、明日から始めてもらう」
「俺も手伝います」
「頼む」
カルバは俺を見た。
「混成部隊の話、アルヴァンからも聞いた」
「賛成してくれましたか」
「賛成という言葉は、まだ早い。ただ、検討する価値はあると思っている」
「時間はかかりますね」
「かかる。ただ、今日のような成功例が積み重なれば、話が進む」
「わかりました」
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夜、部屋に戻ってから、俺はしばらく今日のことを考えていた。
虚環の眷属。
物理攻撃の有効性。
人間と魔族の連携。
全てが、一つの方向に向かって進んでいる気がした。
共存への道は、まだ遠い。
でも、今日のような小さな成功が、確実に積み重なっている。
「リーディアさん」
「何」
「今日、初めて人間と魔族が、はっきりと同じ目的のために連携して戦いました」
「捕虜交換や封印修復とは、少し違う種類の連携だったわね」
「はい。戦闘での連携は、今日が初めてでした」
「どう感じた」
「うまくいくものだと思いました。役割を分担して、それぞれの強みを活かせば」
リーディアは少し考えた。
「アルヴァンやミラナ、ガレンという人物。信頼できる相手が増えている」
「そう思います」
「それは、いいことね」
「はい」
リーディアは窓の外を見た。
「王骸の脅威は、まだ大きい。でも、今日みたいに、対処法が見つかることが増えれば、少しずつ前に進める」
「そうですね」
「あなたが蒔いた種、少しずつ育っているじゃない」
俺は少し驚いた。
リーディアが、その表現を使うのは初めてだった。
「リーディアさんも、種の話を使うんですね」
「あなたがよく言うから、うつったのかもしれない」
「悪い意味ですか」
「悪くはない」
「よかったです」
リーディアは小さく笑った。
「おやすみ、ソーイ」
「おやすみなさい、リーディアさん」
目を閉じる。
今日、五人の連携で虚環の眷属に対処できた。
人間と魔族、それぞれの強みを組み合わせることで、単独では対処できなかった敵に対抗できた。
混成部隊という考え方が、少しずつ現実味を帯びてきている。
二十二日目が終わった。
まだ道は長い。
でも、確かに前に進んでいる。
それを実感できただけで、今日は十分だった。
次話は明後日の19:00に投稿します。
2日に1話投稿の予定になります。
よろしくお願いいたします。




