第42話 罠の地下層
十九日目の朝、アルヴァンから連絡が来た。
フォーランの経路を使った短い手紙だった。
「三日後ではなく、今日来たい。遺跡の再調査が必要だ。夜明け後に南側入り口で」
カルバが俺を見た。
「急いでいると、手紙からも読める」
「はい。書き方が早いです。文字の間隔が狭い。急いで書いたと感じます」
「感知では」
「今は遠いので何も感じません。ただし、来る途中で確認できます」
「行くか」
「はい」
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砦を出たのは夜明け前だった。
五人。
カルバ、オルド、リーディア、ヘルト、俺。
昨日と同じ顔ぶれだ。
歩きながら、俺は前方の感知を続けた。
「遺跡の感触は、昨日と変わらずにあります。ただし、少しだけ強くなっている気がします」
「強くなっているということは、封印がさらに解けているのか」
「可能性があります。ただし、昨日と今日の差は小さいです。急激な変化ではありません」
「ゆっくりと、確実に、解けているということか」
「そう思います」
灰境線の荒れ地を歩いた。
遺跡が見えてきた。
昨日と同じ姿で、半分が地面からせり出している。
南側の入り口に、すでに人影があった。
アルヴァン、ミラナ、それから昨日と同じ二人。
「来たか」
アルヴァンが前に出た。
「昨日より早いが、理由がある」
「何ですか」
「昨夜、陣営に報告が来た。評議会が、遺跡の封印についての古い記録を見つけた。封印の回路には、人間と魔族の魔力が交互に流れる仕組みになっている」
「交互に流れる」
「人間の魔力が流れ、次に魔族の魔力が流れる。交互に流れることで、封印が維持される。どちらか一方が途切れると、封印が解ける」
オルドが前に出た。
「それは、昨日の石板の記述と一致する。封印を維持するために、両方の魔力が必要だった」
「評議会の記録では、もう一つ書いてあった」
「何だ」
「封印が解け始めたとき、遺跡の内部構造が変わる可能性がある。地下の通路が動く、と」
「通路が動く」
「昨日は、私たちが入った通路は一本道だった。ただし、封印が解け始めていれば、通路が分岐するかもしれない」
「昨日と違う構造になっている可能性があるということか」
「そうだ」
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俺たちは遺跡に入った。
入り口をくぐった瞬間、昨日とは違う感触があった。
空気が重い。
胸の奥の不快感が、昨日より早く強くなった。
「昨日より早く不快感が強くなっています。入り口を入った時点で、昨日の半分くらいの強さがあります」
「封印が解けている影響か」
「だと思います。それと、通路が分岐しています」
俺は前方の感知を広げた。
昨日は一本道だった通路が、十歩ほど先で二つに分かれていた。
「分岐があります。右と左に分かれています」
「昨日は一本道だったはずだ」
「構造が変わった可能性があります。アルヴァンさんが言っていた通りです」
「どちらに行けばいいかわかるか」
「感触では、左に魔力が強く流れています。右は薄いです」
「魔力が強い方が、封印に近い可能性がある」
オルドが言った。
「ただし、強い方が危険でもある。ソーイの不快感が強くなる方向だ」
「では、薄い方から確認するのか」
「薄い方から行くのが安全だ。ただし、薄い方には情報がない可能性がある」
カルバが判断した。
「二手に分かれる。ただし、最小限の人数で」
「分かれるのは危険ではありませんか」
俺は聞いた。
「危険だ。ただし、全員が同じ方向に行けば、もう一つの方向が確認できない。時間が限られている以上、効率も必要だ」
「感知の範囲が分かれます。二手に分かれると、全体の確認が難しくなります」
「それを考慮して、あなたをどちらかに入れる。あなたがいる側が、感知の確実性が高い」
「左に行きますか、右に行きますか」
「左が魔力の強い方だ。あなたが左だ。不快感が強くなるが、感知が必要な方だ」
「わかりました」
リーディアが前に出た。
「私も左に行く」
「リーディア、右にいてほしい。右は薄い方だが、誰かが行かなければ確認できない」
「右はヘルトとオルドで大丈夫ですか」
「大丈夫だ。ただし、俺たちが左に行く。ミラナは右に来てくれ」
アルヴァンが言った。
「俺は左に行く。ミラナが右だ」
「わかった」
二手に分かれた。
左組は、俺、リーディア、カルバ、アルヴァン。
右組は、オルド、ヘルト、ミラナ、それから二人の護衛。
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左の通路を進んだ。
傾斜が急になってきた。
地下へ下っていく。
不快感が、一段と強くなった。
「不快感が強くなっています。十分以内に戻ることを忘れないでください」
「わかっている。時間を確認し続ける」
通路が、また分岐した。
「また分岐しています。今度は三つに分かれています」
「三つか」
「左、正面、右です。魔力は正面が一番強いです」
「正面が最深部に近い」
「だと思います。ただし、正面は不快感が一番強いです」
「行くか」
カルバが判断した。
正面の通路を進む。
五歩ほど進んだとき、背後で音がした。
石が動く音。
振り返ると、通路が閉じていた。
「通路が閉じました。戻れません」
「封印の仕組みか」
「だと思います。一定の距離を進むと、背後が閉じる」
「進むしかないということか」
「はい。ただし、前方も閉じる可能性があります」
「閉じる前に進む」
俺たちは急いで進んだ。
通路が広くなった。
広間に出た。
昨日の広間とは違う場所だった。
昨日の広間より小さい。
ただし、中央に何かがあった。
台座。
その上に、石板ではなく、黒い球体があった。
俺の胸の奥が、激しく反応した。
不快感が、今までで一番強い。
「ここが一番強いです。近づかない方がいいです」
「近づかない。ただし、何が置いてあるかは確認する」
カルバが近づいた。
俺とリーディアは、広間の入り口に留まった。
「黒い球体だ。表面に文字が刻まれている」
オルドがいないので、読めないかもしれない。
ただし、アルヴァンが近づいた。
「俺の仲間に、古い文字が読める者がいる。右の組にいる。ただし、俺も少しは読める」
アルヴァンが球体の近くで文字を確認した。
「封印の核だ。ここが、封印の中心の一つだ」
「封印の核」
「この球体が、封印を維持している。球体が壊れれば、封印が解ける」
「壊れかけていますか」
「表面に亀裂がある。少しずつ、壊れ始めている」
俺の不快感が、さらに強くなった。
「亀裂が進んでいるのを感じます。不快感が少しずつ強くなっています」
「時間がない。確認して出る」
アルヴァンが文字を読み続けた。
「封印の核には、人間と魔族の魔力が交互に注がれる必要がある。注がれなくなって、亀裂が進んでいる」
「注がれなくなった理由は」
「戦争が始まって、人間と魔族が協力しなくなったからだ。千年前は、定期的に魔力を注いでいた。千年間、注がれなかったことで、封印が弱ってきた」
「今、注げば修復できるか」
「できるかもしれない。ただし、人間と魔族が同時に注ぐ必要がある。片方だけでは、バランスが崩れる」
俺はその言葉を聞いた。
人間と魔族が、同時に。
今、ここに人間と魔族がいる。
アルヴァンと俺。
「アルヴァンさん」
「何だ」
「ここに、人間と魔族がいます。あなたと、俺と、リーディアと、カルバさんが」
「同時に魔力を注げるということか」
「注げば、封印が修復できるかもしれません」
「ただし、俺たちは今、閉じ込められている。右の組と連絡が取れない。オルドがいなければ、正確な方法がわからない」
「わからなくても、試す価値はありますか」
「リーディア、どう思う」
リーディアが前に出た。
「試す価値はある。ただし、方法が間違っていれば、逆に封印を壊す可能性がある」
「どうすれば間違わないか」
「オルドの指示が必要。今は、無理に試さない」
カルバが判断した。
「無理はしない。情報を持ち帰る。出口を探す」
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広間の入り口から、別の通路が続いていた。
来た道は閉じている。
ただし、別の出口がある可能性がある。
「別の通路があります。来た道とは違う方向です。感触は薄いですが、地上に続いている可能性があります」
「行く」
通路を進んだ。
不快感が、少しずつ薄くなってきた。
地上に近づいているかもしれない。
通路が上に向かっていた。
五分ほど歩いた。
光が見えた。
入り口とは違う場所に、出口があった。
北側の斜面から、遺跡の外に出た。
新鮮な空気。
不快感が、急激に薄くなった。
「外に出ました。不快感が薄くなりました」
「わかった。右の組が無事か確認する」
俺は感知を広げた。
「右の組の感触を感じます。全員無事です。遺跡の東側にいます」
「出口が違ったが、全員出られたということか」
「はい。右の組も出ました」
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アルヴァンが東側へ走った。
俺たちも続いた。
東側で、右の組と合流した。
オルドがいた。
「無事か」
「無事です。ただし、封印の核を見つけた。黒い球体で、表面に亀裂が入っている」
「球体を見たのか」
「見ました。アルヴァンさんが文字を読んだ。人間と魔族の魔力を交互に注ぐ必要があると書いてあった」
「それが正しければ、封印の核だ。千年前の記録と一致する」
「修復できるか」
「できる可能性はある。ただし、正確な手順を確認しなければ、危険だ」
「手順はどこにある」
「右の組が見た通路に、石板があった。そこに手順が書かれているかもしれない」
「右の組の石板を読んだか」
「まだ読みきれていない。ただし、封印の手順についての記述があった。人間の魔力を注ぐ時間と、魔族の魔力を注ぐ時間が、交互に決められている」
「具体的には」
「人間の魔力を三分間注ぐ。次に魔族の魔力を三分間注ぐ。これを三回繰り返す。合計十八分」
「十八分か」
「十八分間、封印の核の前に留まる必要がある」
「ソーイの不快感が、その十八分間持たせるか」
俺は少し考えた。
「三分ごとに、声を出して通り道を絞れば、持つ可能性があります。ただし、確実ではありません」
「無理はするな。ただし、試す価値はある。封印が完全に解ける前に、修復できれば、王骸の復活を遅らせられる」
アルヴァンが言った。
「いつやる」
「準備が必要だ。魔力を注ぐ者を決める。人間側は俺がやる。魔族側は」
「私がやる」
リーディアが言った。
「リーディア」
「私の黒燐火は攻撃魔法だが、魔力自体は制御できる。注ぐことならできる」
「危険だ。十八分間、封印の核の前に留まる必要がある」
「わかっている。ただし、私が一番魔力を制御できる。他の者より確実だ」
カルバが頷いた。
「リーディアに任せる。ソーイ、あなたはリーディアの近くで、不快感の状態を伝え続けてくれ。限界が近づいたら、即座に知らせる」
「わかりました」
「日程は」
「明日の夜明け前。準備を今晚行う。人間側と魔族側が同時に、封印の核の前に立つ」
アルヴァンが頷いた。
「明日、やる」
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帰り道、リーディアと並んで歩いた。
「明日、封印の修復をします」
「する」
「十八分間、核の前に留まる。その間、あなたの不快感が一番強くなる」
「リーディアさんの方が危険です。魔力を注ぎ続けるのは、消耗が大きいはずです」
「消耗はわかっている。ただし、三分ごとに交替するから、連続ではない」
「それでも、十八分は長いです」
「長い。ただし、千年前の封印を修復するために必要な時間だ」
「無理はしないでください」
「あなたに言われたくない」
「なぜですか」
「あなたが一番無理をしているから」
「俺は無理をしていません」
「遺跡の中で、限界が近づいている状態で、まだ大丈夫と言っていた。あれは無理をしている状態だ」
「大丈夫だと思っていました」
「思っていても、限界は来る。明日は、あなたが限界を感じたら、すぐに言ってくれ。私が注ぐのを止める必要はないが、あなたが潰れたら、感知がなくなる。感知がなくなれば、状況が見えなくなる」
「わかりました。限界を感じたら言います」
「約束できるか」
「約束します」
「よかった」
リーディアは少しの間、黙った。
「明日は、あなたが盾を出す番ではないかもしれない」
「どういう意味ですか」
「明日は、感知があなたの役割だ。盾は、必要なければ出さなくていい。通り道を絞ることに集中してほしい」
「わかりました。ただし、必要があれば出します」
「必要がなければ出さない。それが明日の条件だ」
「条件、承知しました」
砦への道を歩きながら、俺は明日のことを考えた。
封印の核。
黒い球体。
人間と魔族の魔力を交互に注ぐ。
千年前には、それができていた。
千年間、できなかった。
明日、再び試す。
できるかどうかは、わからない。
ただし、試す価値はある。
千年前に協力があった事実が、明日形になるかもしれない。
それが共存の可能性の、具体的な第一歩になるかもしれない。
十九日目が終わろうとしていた。
二つの月が、西の空に傾いていた。
明日、遺跡に戻る。
封印の核の前に立つ。
人間と魔族が、千年来ぶりに、同じ場所で同じ目的のために動く。
それが、どういう意味を持つかは、明日にならなければわからない。
ただし、意味があることは確かだった。
次話は明後日の19:00に投稿します。
2日に1話投稿の予定になります。
よろしくお願いいたします。




