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第41話 境界の遺跡

 十八日目の朝、灰境線に変化があった。


 夜明け前から、胸の奥が騒いでいた。


 いつもの方向のない不快感ではない。

 新しい感触だった。


 位置を持っている。

 灰境線の上。

 正確には、灰境線の中腹、砦から東へ歩いて半日の場所。


 そこに、何かが現れた。


---


「灰境線の中腹に、新しい感触があります」


 俺は見張り台からカルバに伝えた。


「今までになかった感触です。人のものではなく、建物に近い感触です。ただし、建物とは違う質があります」


「建物に近いが、建物ではないということか」


「はい。石のような、金属のような、どちらともつかない感触です。そこに何かが現れたとしか言えません」


「現れた、というのは、昨日まではなかったのか」


「昨日まではありません。今朝、初めて感じました」


 カルバはすぐにオルドを呼んだ。


 オルドが来て、俺の話を聞いた。


「位置は灰境線の中腹。東寄りだな」


「そうです。歩いて半日ほどの場所です」


「そこに、古代遺跡が出現した可能性がある」


「古代遺跡」


「灰境線の地下には、古い時代の建造物が埋まっているという記録がある。千年以上前の戦争で封じられた場所だ。何らかのきっかけで、地上に現れたのかもしれない」


「きっかけとは何ですか」


「戦争だ。灰境線での戦いが激しくなったことで、地下の魔力が揺さぶられ、封じが解けた可能性がある」


「将軍の攻撃が、遺跡を出現させたということですか」


「直接の原因ではないかもしれない。ただし、灰境線での戦闘が、封印を揺るがした可能性はある」


---


 カルバが判断を下した。


「遺跡の確認に行く。調査隊を出す」


「人数は」


「少人数で動く。俺、オルド、ソーイ、リーディア。それからヘルト」


「アルヴァンは」


「人類側にも知らせる。同じ遺跡に、両側から別々に調査隊を送ると、衝突する可能性がある。今回は、事前に接触して、同時調査を提案する」


「同時調査を提案するんですか」


「遺跡の中身が何であれ、片方だけが独占すれば、不信感が生まれる。双方が同時に見ることで、情報の公平性を保てる」


 アルヴァンに伝令が走った。


 返答は昼前に来た。


「アルヴァンが同意した。人類側も調査隊を出す。アルヴァン、ミラナ、それから二名。合流場所は遺跡の南側入り口」


 カルバが頷いた。


「では、午後に出发する。夜明け前に遺跡に到着する予定で動く」


---


 午後、砦を出発した。


 五人。


 カルバ、オルド、リーディア、ヘルト、俺。


 歩きながら、俺は前方の感知を続けた。


 遺跡の感触が、近づくにつれて明確になってきた。


 大きい。


 地下から地上にせり出してくるような、圧力のある感触だ。


「遺跡の感触が強くなっています。近づくにつれて、不快感も少し強くなっています」


「不快感は、王骸の影響か」


「オルドさん、どう思いますか」


「可能性はある。遺跡と王骸が関係しているなら、遺跡に近づくことで影響が強くなる」


「対処は」


「声を出し続ける。通り道を絞る練習も、今のうちにしておく」


 俺は歩きながら、小さく声を出し続けた。


 自分の名前を繰り返す。


 ソーイ。ソーイ。ソーイ。


 胸の奥の通り道が、少しだけ絞られる感触があった。


---


 夜明け前に、遺跡が見えた。


 灰境線の荒れ地の中に、石と金属の構造物が姿を現していた。


 地面からせり出したような形で、半分が土の中に埋まっている。


 表面に、見たことのない文字が刻まれていた。


 古い。


 千年以上前のものだと、オルドが言っていた通りの古さが、見た目からもわかる。


「南側に入り口がある」


 カルバが指さした。


 アーチ状の入り口が一つ。


 暗い。


 中の様子は外からは見えない。


「人類側は」


「まだ来ていない。少し待つ」


---


 三十分ほど待った。


 西から、人影が近づいてきた。


 アルヴァン、ミラナ、それから見知らぬ二人。


 一人は四十代の男。もう一人は三十代の女性。


「来たか」


 アルヴァンが言った。


「来た。遺跡の中身を確認する」


「俺たちも同じ目的だ。同時に入るという約束通り」


 両者が入り口の前で向き合った。


 俺はアルヴァンたちの感触を確認した。


 敵意はない。

 緊張はある。

 ただし、攻撃の気持ちは感じられない。


「アルヴァンさんの感触、敵意はありません。緊張はありますが、攻撃の気持ちはありません」


「あなたの感知で確認してくれるなら、安心だ」


「安心する前に、俺の感知が確実かどうかを確認してください」


「確実かどうかは、過去の実績で判断している。今まで外れたことはない」


「外れたことはないけれど、外れる可能性はゼロではありません」


「可能性がゼロでないことは、あなたが何度も言っている。知っている」


「わかっていただいているなら」


「わかっている。だから、感知に頼りすぎず、自分の目でも確認する」


「それがいいです」


---


 遺跡の中に入った。


 暗かった。


 オルドが小さな灯りを出した。


 アルヴァン側の一人が、同じように灯りを出した。


 二つの灯りが、石の壁を照らした。


 壁に文字が刻まれていた。


 オルドが壁に近づき、文字を確認した。


「古い魔族の文字だ。千年以上前の表記体系だ。読めない部分が多いが、一部は解読できる」


「何と書いてあるか」


「封印の記録だ。ここに、何かを封じたという記述がある」


「何を封じたのか」


「まだ読みきれない。ただし、虚環という言葉が出てくる」


 俺の胸の奥が、強く反応した。


 不快感が一瞬、強くなった。


「虚環の言葉に反応しています。不快感が強くなりました」


「反応するということは、この場所が王骸と関係しているということだ」


「直接的な関係があります」


「遺跡自体が、封印の一部だった可能性がある」


「封じたものが、何か」


「それを読む必要がある」


---


 奥へ進んだ。


 入り口から続く通路は、地下へ緩やかに下がっていた。


 石の壁が続いている。


 ところどころに、金属の枠が埋め込まれていた。


 俺は歩きながら、周囲の感知を続けた。


「変化があります。壁の中に、微弱な魔力の流れを感じます。石の中を、何かが流れているような感触です」


「魔力の流れか」


「はい。教団の石の感触とは違います。もっと古くて、安定した流れです」


「遺跡自体が、魔力で動いているということか」


「可能性があります」


 オルドが壁に触れた。


「壁の中に、魔力の回路が組み込まれている。千年以上前の技術だ。今の魔族の技術でも、人類軍の技術でも再現できない」


「何のために」


「封印を維持するためだ。壁の中の回路が、地下の何かを封じ続けていた。壁が地上に出たということは、封印の一部が壊れた可能性がある」


「壊れた原因は」


「灰境線の戦闘で、地下の魔力が乱れた。乱れが回路に影響を与え、封印が一部解けた」


「封印が解けて、何が起きるか」


「地下の何かが、外に出ようとする」


---


 通路が広くなった。


 広い空間に出た。


 天井が高く、石の柱が並んでいた。


 柱にも文字が刻まれている。


 中央に、何かがあった。


 台座のようなもの。


 その上に、石板が置かれていた。


「石板に何か書いてある」


 オルドが近づいた。


「読む。少し時間がかかる」


 オルドが石板を読んでいる間、俺は広間の感知を続けた。


 広間全体に、微弱な魔力が満ちていた。


 壁の中の回路から、魔力が漏れ出している。


「広間の魔力が、少しずつ強くなっています。漏れ出している量が増えているのかもしれません」


「危険なレベルか」


「今のところは安全です。ただし、長時間いると、不快感が強くなる可能性があります」


「時間を限って確認する。オルド、読めるか」


「半分ほど読めた。残りは時間がかかる。ただし、重要な部分は確認できた」


「何が書いてあった」


「この遺跡は、虚環の封印の一部だ。地下深くに、王骸の一部が封じられている。封印が完全に解けると、王骸の力が地上に現れる」


「王骸の一部が、ここにあるのか」


「一部だけが封じられている。完全な王骸ではない。ただし、一部でも解放されれば、王骸の復活が早まる可能性がある」


「灰境線の戦争が、封印を解いている」


「戦闘で流れる血と魔力が、封印の回路を侵食している。侵食が進めば、封印が完全に解ける」


「戦争を止めれば、侵食が止まるか」


「止まる。あるいは、遅くなる。ただし、すでに侵食した部分は、戻らない」


---


 俺は石板の近くに立った。


 胸の奥の不快感が、ここが一番強かった。


 王骸の一部が、すぐ下にある。


 俺の通り道が、それに反応している。


「ここが一番強いです。不快感が、他の場所の三倍くらいあります」


「あなたの通り道が、王骸の一部に反応しているということだ」


「近づきすぎない方がいいですね」


「近づかない。ただし、確認は必要だ」


 オルドが石板を読み終えた。


「重要なことが一つわかった」


「何ですか」


「封印を維持するために、人間と魔族の両方の魔力が必要だった。封印を作ったのは、人間と魔族が協力した時代があったからだ」


「協力した時代」


「千年前。戦争が始まる前の時代だ。人間と魔族が協力して、王骸を封じた。この遺跡は、その封印の一部だ」


 広間が静まった。


 アルヴァンが前に出た。


「人間と魔族が、共に王骸を封じた」


「そういう記述だ」


「今は、人間と魔族が争うことで、封印が解けている」


「そういうことだ」


 アルヴァンは俺を見た。


「共存するしか、王骸を止める方法がないということか」


「千年前は、そうだったようです」


「千年前は、人間と魔族が協力できた。今は、できない。それが、封印が解けている理由だ」


「協力できなければ、封印が完全に解ける」


「そうなる」


 広間の魔力が、少し強くなった。


 俺の不快感も、少し強くなった。


「そろそろ出た方がいいと思います。不快感が強くなっています」


「わかった。出る」


 カルバが指示を出した。


「遺跡から出る。情報は持ち帰って整理する」


---


 遺跡の外に出ると、空が白くなり始めていた。


 夜明けが来ていた。


 新鮮な空気が、胸に入ってきた。


 不快感が、少し薄くなった。


「外に出ると、不快感が薄れます。遺跡の中だけで強くなるようです」


「遺跡の中の魔力が、あなたに影響を与えていたということだ」


「はい。外に出れば、影響が弱くなります」


 アルヴァンが言った。


「遺跡の中でわかったことを、双方で整理する必要がある」


「持ち帰った情報を、それぞれの陣営で分析する。そして、結果を共有する」


「いつ共有するか」


「三日後。砦で会う。フォーランの経路を使って、情報を届ける」


「わかった」


 アルヴァンたちが西へ去っていった。


 俺は去っていく感触を追った。


 迷いがあった。


 今日の遺跡で見たものが、アルヴァンの迷いを深めたのかもしれない。


 人間と魔族が協力して封じたものを、人間と魔族が争うことで解いている。


 その矛盾が、重くのしかっている感触だった。


---


 砦への帰り道、リーディアが横に来た。


「遺跡の中で、あなたの不快感が強くなっていた」


「はい。王骸の一部に近づいたからです」


「どのくらい強かったか」


「広間の中央で、今までで一番強かったです。ただし、耐えられる範囲でした」


「耐えられる範囲、というのが怖い。耐えられると思っているうちに、限界を超えることがある」


「気をつけます」


「気をつけるだけでなく、限界を決めておけ。遺跡の中に入る時間、近づく距離。具体的な数を決める」


「何分くらいがいいと思いますか」


「最初は十分だ。十分を超えたら、必ず出る」


「わかりました」


「それと、広間の中央には、二度と近づかない方がいい」


「近づかない方がいいですか」


「あなたが言っていた。そこが一番強いと。一番強い場所に近づく必要はない。石板はオルドが読める。あなたが近づく必要はなかった」


「確認のために近づきました」


「確認は、オルドができる。あなたが近づく理由はなかった。次からは、近づかない」


 リーディアの声が、少し強かった。


 怒っているというより、心配が強くなっている声だった。


「わかりました。次からは近づきません」


「約束できるか」


「約束します」


「よかった」


 リーディアは少しの間、黙った。


「今日の遺跡で、一つ確かなことがあった」


「何ですか」


「千年前、人間と魔族が協力したことがあった。それが事実だとしたら、共存は不可能ではない」


「そうですね。今までは、共存が可能かどうか、保留にしていました。今日、可能性が一つ確かめられました」


「可能性が確かめられただけだ。可能性と実現は違う」


「わかっています。ただし、可能性が確かめられただけでも、前進です」


「前進だな。ただし、前進した分、後ろからの引力も強くなるかもしれない」


「後ろからの引力とは」


「千年前の協力があったからこそ、今の争いが、より愚かに感じる。愚かさを感じた人間が、どう動くかが変わる」


 俺はその言葉を、胸の中に置いた。


 愚かさを感じた人間が、どう動くかが変わる。


 アルヴァンの迷いが深まっているのは、その愚かさを感じているからかもしれない。


「リーディアさん」


「何」


「俺は、千年前の事実を知って、共存の可能性が確かめられたと思いました。ただし、同時に、争いが続けば封印が完全に解けることもわかりました」


「両方を同時に持っているということか」


「はい。可能性と危険が、同時に近づいてきています」


「それが、今の状況だ。両方を持ったまま、動き続けるしかない」


「そうですね」


 砦への道を歩きながら、俺は空を見た。


 夜明けの空が、東から白くなってきた。


 二つの月が、薄くなりながら残っている。


 千年前に協力があった。


 今は争っている。


 争いが、封印を解いている。


 封印が解ければ、王骸が復活する。


 王骸を止めるには、協力が必要。


 協力には、共存が必要。


 共存には、信頼が必要。


 信頼には、時間が必要。


 時間が、封印を侵食している。


 矛盾が、全部繋がっていた。


 その矛盾の中を、歩き続けるしかなかった。


 十八日目が始まった。


 第三部が始まった。


次話は明後日の19:00に投稿します。


2日に1話投稿の予定になります。


よろしくお願いいたします。

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