第40話 盾が選ぶ道
十七日目の朝、砦の空気は昨日より落ち着いていた。
将軍が拘束され、攻撃命令が取り消された。
評議会が動いた。
砦の者たちに状況が説明された。
一つ一つが積み上がった結果だった。
ただし、俺の胸の奥にある方向不明の不快感は、まだ消えていなかった。
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朝食を終えて、見張り台に上がった。
北の感触を確認する。
将軍の陣営は、昨日と変わらず待機している。
内部の混乱は、少し落ち着いてきていた。
副官が指揮を引き継いだことで、陣営が少し安定してきているのかもしれない。
「今日の感触は」
レイが上がってきた。
「全体的に落ち着いています。ただし、方向のない不快感がまだ残っています」
「昨日から続いているやつか」
「はい。薄くなっていません」
「それが何かは、まだわからないのか」
「わかりません。ただし、今まで感じてきたどの感触とも違います。石の焦げた感触とも、敵意とも違う」
「オルドに相談したか」
「今日する予定です」
「早い方がいい。その感触が何かによって、対応が変わるかもしれない」
「そうですね」
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午前中、オルドに話した。
「方向のない不快感というのは、昨夜から続いているのか」
「昨夜から、薄くなっていません」
「石の感触ではないと言っていたな」
「石とは違います。もっと広い。局所的ではなく、全体に広がっている感触です」
「全体に広がっている」
オルドは少し考えた。
「虚環の影響かもしれない」
「虚環の、ですか」
「虚環の王骸が蓄積した力を感じているのかもしれない。石を媒介にしていない、直接的な影響だ」
「直接的な影響が来るようになったということですか」
「石の器として、あなたの通り道が太くなってきている可能性がある。太くなるほど、王骸に近い感触を受け取りやすくなる」
「それは危険ですか」
「今は薄い。ただし、増えていくなら、対処を急ぐ必要がある」
「通り道を絞る練習は続けています」
「声を出すことで絞れているか」
「訓練のときは絞れています。ただし、日常的に続けることは難しいです」
「日常的に続けることを目指さなくていい。ただし、不快感が強くなったときに、すぐに絞れるようにしておく」
「わかりました」
「もう一つ」
「はい」
「ソフィアと同じ経路を持つ者が、今後も出てくる可能性がある。あなたとソフィアが二人で確認し合えれば、王骸の影響を早めに察知できる。その体制を作っておく価値がある」
「ソフィアさんと話しておきます」
「頼む。それと、この感触についてリーディアにも伝えておけ。彼女に知らせることで、何か気づくことがあるかもしれない」
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昼前、リーディアに話した。
「方向のない不快感が、虚環の直接的な影響かもしれないと、オルドさんが言っていました」
「虚環が、石を使わずにあなたに影響を与えているということか」
「可能性として。確認はできていません」
「それが確かなら、王骸が動き出している可能性がある」
「オルドさんも同じことを言っていました。今はまだ薄いが、増えれば対処が必要だと」
「石の器として、あなたが感じているということは、王骸にとってもあなたが見えているかもしれない」
「見えているとは、どういう意味ですか」
「石を使うことで、あなたを器として利用しようとした。それが、石を使わずに直接できるようになっているなら、王骸があなたの存在を認識している可能性がある」
「俺が王骸に見えているということですか」
「可能性として。ただし、今は薄い。今のうちに対処法を準備する必要がある」
「通り道を絞る練習を続けます」
「それだけでは足りないかもしれない。オルドと相談して、他の方法も探す」
「はい」
リーディアは少し間を置いた。
「昨日、急ぎすぎていると言った」
「はい」
「今の話を聞いて、急いだ方がいい部分もあると思い直した」
「どの部分ですか」
「王骸への対処だ。共存のための動きより、王骸への対処の方が、今は急ぐ必要があるかもしれない」
「順番を変えるということですか」
「順番というより、両方を同時に進めながら、王骸の対処に少し重心を置く」
「わかりました」
「本当にわかっているか」
「半分はわかっています。残りの半分は、オルドさんとの話で補います」
「それでいい」
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午後、アルヴァンが俺を呼んだ。
「話したいことがある。ミラナも来る」
三人で砦の端に座った。
「昨日、砦の集会を見ていた」
「はい」
「カルバが丁寧に説明していた。砦の者たちの疑問に、カルバとアルヴァン両方で答えた。それで少し落ち着いた」
「俺からアルヴァンさんに提案したことが、役に立てたなら良かったです」
「役に立った。ただし、俺が伝えたいのは別のことだ」
「何ですか」
「俺は、これからどこに向かうべきか考えていた。評議会が動いた。将軍が拘束された。砦と連携できている。ここまでは進んだ。次に何をするべきかを考えていた」
「答えは出ましたか」
「一つ、出た。ただし、砦の協力が必要だ」
「何をするつもりですか」
「人類軍の中で、教団に影響を受けていない指揮官と、直接話す機会を作りたい。副官を経由して、複数の指揮官と話せるなら、将来的な和解の基盤を作れるかもしれない」
「それは、砦側も同席するということですか」
「できるならそうしたい。ただし、砦の者が人類軍の指揮官と話すことは、難しい判断だと思っている。だから、まず確認したかった」
「俺に確認しているんですか」
「あなたの感知があれば、指揮官の感触を確認できる。教団の影響を受けているかどうかを判断できる。感知なしで動くより、格段に安全だ」
「カルバさんに確認する必要があります」
「わかっている。ただし、その前にあなたが動けるかどうかを確認したかった」
「俺が動けるかどうかより、その動きが正しいかどうかの方が重要です」
「正しいかどうか、どう判断するか」
「今日、リーディアさんから、王骸への対処を優先すべきかもしれないと言われました。共存のための動きと、王骸への対処の、両方を進める必要があります」
「王骸の話が出たか」
「俺の感知が、虚環の直接的な影響を受けている可能性があると、オルドさんが言っていました」
アルヴァンは少し間を置いた。
「王骸が動き出しているということか」
「まだ薄いです。ただし、対処を急ぐ必要があるかもしれません」
「虚環の話は、砦でどこまで共有されているか」
「オルドさんとカルバさんは知っています。リーディアさんにも今日伝えました。砦全体にはまだです」
「評議会も、虚環の存在は把握しているはずだ。神殿の封印記録に、虚環についての記述があった」
「評議会も知っているとすれば、情報を合わせられるかもしれません」
「その可能性はある。ただし、評議会の中にも教団の影響が及んでいる可能性があった。三人が来てくれたが、全員が信頼できるかは確認が必要だ」
「感知で確認します」
「頼む。今すぐではなく、機会があれば」
「わかりました」
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ミラナが言った。
「話をまとめると、今後の課題が三つある」
「何ですか」
「一つ目は、王骸への対処。二つ目は、人類軍の中での教団排除。三つ目は、人魔間の和解基盤の構築。この三つが同時進行することになる」
「三つ全部が必要ですか」
「必要だ。ただし、優先順位がある。王骸への対処が最優先。次に教団の排除。和解基盤はその後だ。理由は、王骸が復活すれば、教団の問題も和解も意味がなくなるからだ」
「リーディアさんも同じことを言っていました」
「賢い術士だ」
「ミラナさんが言う賢い、は褒め言葉ですか」
「最大級の褒め言葉だ」
「伝えます」
「伝えなくていい。照れる」
「また照れる、と言いましたね」
「余計なことを言うな」
俺は少しだけ笑った。
「三つの課題について、俺にできることを考えています」
「何ができる」
「感知で王骸の影響を追うことは続けます。教団の動きを察知することも続けます。ただし、和解基盤については、まだ俺には何ができるかわかりません」
「和解基盤は、今は考えなくていい。まず王骸と教団を優先しろ」
「そうします。ただし、一つだけ言わせてください」
「何か」
「王骸と教団を優先することと、和解を諦めることは違います。進める方向は変えません」
「諦めるとは言っていない」
「念のため」
「その念のためが、あなたの性質だな」
「よく言われます」
「最近ではなく、ずっとか」
「グレイノでも同じことを言われました」
ミラナは小さく笑った。
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夕方、カルバに全員を集めて話す場が設けられた。
俺はそこで、王骸の影響についての話をした。
「オルドさんから聞いた話です。俺の感知が受けている方向のない不快感は、虚環の直接的な影響かもしれません」
「王骸が動き出しているということか」
「今はまだ薄いです。ただし、増えていく可能性があります」
「それは、どういう意味を持つか」
「王骸が蓄積した力が、石を媒介せずに俺に届いているとすれば、王骸の力が大きくなっていることを示しているかもしれません」
「灰境線での戦争が続いたことで、王骸への供給が増えたということか」
「オルドさんの分析と一致します」
「対処は」
「通り道を絞ることと、ソフィアとの連携で察知精度を上げることです。ただし、根本的な対処は、戦争を続けないことだと思っています」
「戦争をすぐに止めることはできない」
「できません。ただし、教団を排除することで、戦争の激化を止められるかもしれません。教団が戦争を煽っているなら、教団がなければ、自然な停止の可能性が上がります」
「評議会が動いている。将軍が拘束された。教団の排除は進んでいる」
「進んでいます。ただし、教団は一人の将軍だけではありません。人類側にも魔族側にも、まだ残っている可能性があります」
「魔族側の評議会にも教団の影響があるという話は、オルドが把握していた」
「はい。そちらの対処も必要です」
「一人で全部を追うことはできない」
「そうですね。役割を分けることが必要です」
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カルバが全員を見た。
「今後の方針を決める。三つの課題を同時に進める。王骸の対処はオルドとソーイが中心で進める。教団の排除は、人類側はアルヴァン、魔族側は評議会への働きかけをオルドが進める。和解基盤は、王骸と教団の問題が一定程度解決した後に本格化する」
「感知の役割は」
「全部の課題に関わる。教団の動きの察知、王骸の影響の監視、指揮官の感触確認。どれも感知なしでは難しい。引き続き続けてくれ」
「わかりました」
「一つだけ確認しておく。ソーイ、あなた自身の状態を最優先にしてくれ。感知が潰されれば、全部が機能しなくなる。無理をするな」
「はい」
「それが守れるか」
「守れると思います。ただし、緊急時は」
「緊急時も、まず自分の状態を確認してから動け。感知が潰された状態で動いても、役に立てない」
「わかりました」
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その夜、部屋に戻るとリーディアが待っていた。
「集会の内容を聞いた」
「どう思いましたか」
「王骸への対処が具体的に動き始めた。遅くはない。ただし、もっと早く動くべきだったかもしれない」
「後悔していますか」
「後悔はない。ただし、現実として遅かった可能性がある」
「遅かった理由は、情報が足りなかったからだと思います」
「そうだ。情報が揃ってきた今、動ける」
「そうですね」
俺は少し間を置いた。
「リーディアさん、一つ聞いてもいいですか」
「内容による」
「俺が人魔共存を目指して動き続けることについて、今日のリーディアさんの言葉を聞いて、まだ続けていいと思っています。ただし、王骸への対処を優先しながら進む形に変えます。それでいいですか」
「なぜ俺に確認するのか」
「リーディアさんが俺の目安だからです。さっき言いました」
「言ったな」
「変えてほしい方向があれば、言ってほしいと思っています」
「今の方向は間違っていない。王骸を優先しながら、共存の方向を維持する。それが正しい」
「ありがとうございます」
「礼はいらない」
「積み上げておきます」
「積み上げが多くなりすぎている」
「形を考えます」
「考えながら眠れ。明日も動く必要がある」
「はい」
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目を閉じた。
今日、俺は盾が選ぶ道について考えた。
盾は守るためにある。
でも、守るだけでは足りないとリーディアに言われた。
では、盾は何を選ぶのか。
前に立つことは変えない。
ただし、どこに向かって前に立つかを、今日決めた。
王骸への対処を優先しながら、共存の方向を維持する。
守りながら、前に進む。
それが今の俺の選んだ道だった。
急ぎすぎず、確認しながら進む。
リーディアの言葉が、今日の道しるべになった。
十七日目が終わった。
第二部が終わる。
灰境線の砦で、俺は多くのものを積み上げた。
アルヴァンとの繋がり。
ミラナとの信頼。
ヘルトの認可。
ダルグの評価。
レイとの日常。
評議会との接触。
そして、王骸という新たな敵の存在を確認した。
次の段階が来る。
遺跡。虚環。人魔混成パーティー。
それは、この砦での積み重ねの上に来る。
まだ途中だ。
でも、今日選んだ道がある。
その道を、明日も歩く。
二つの月が、夜の空に静かに浮かんでいた。
次話は明後日の19:00に投稿します。
2日に1話投稿の予定になります。
よろしくお願いいたします。




