第38話 疑惑の火種
十六日目の朝、砦に緊張が戻った。
将軍が拘束された。
教団の者が三名捕まった。
攻撃命令が取り消された。
それだけ聞けば、状況が改善したように見える。
だが、俺の胸の奥には、まだ薄い不快感が残っていた。
方向のない不快感。
石ではない何か。
昨夜より少し薄くなっていたが、消えてはいない。
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朝食の時間、食堂でアルヴァンが俺の横に来た。
「評議会の者たちが、今日の朝に戻る」
「陣営の処理が終わったんですか」
「将軍の後任を決めるために、一度戻らなければならないらしい。ただし、しばらくは副官が指揮を取る」
「副官は信頼できますか」
「今のところ、信頼できると判断している。ただし、陣営の中に教団の者が他にもいる可能性は残っている」
「昨日、三名を確認しました。ただし、全員を確認したわけではありません」
「わかっている。ソフィアと二人で、可能な範囲で続けてほしい」
「続けます。ただし、時間がかかります」
「急かすつもりはない。ただし、できれば今日中に、主要な者たちだけでも確認してほしい」
「やってみます」
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ミラナが来た。
「今日、陣営に戻る必要がある。アルヴァンと一緒に動く」
「陣営に戻るんですか」
「将軍が拘束された。ただし、俺たちがいなくなった間に、陣営の中で何が起きているかわからない。確認が必要だ」
「危険ではないですか」
「評議会の者がいる間は、大きな動きはできない。今が動ける時間だ」
「感知を一緒に連れていった方がいいですか」
「あなたは砦に残った方がいい。砦の感知が必要だ。ソフィアはどうか」
「ソフィアさんに確認します」
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ソフィアに話した。
「陣営に行くことは、できる。ただし、石の感触に限定した感知しかできない。そこは理解してほしい」
「わかっています。陣営の中で、石の感触を持つ者を感知してほしい」
「それならできる」
「リスクはあります。陣営の中に教団の者がいれば、感知を持つ者がいると知られた場合、標的になる可能性があります」
「知っている。ただし、動かなければ確認できない」
「アルヴァンさんとミラナさんが一緒にいますか」
「はい」
「なら行く」
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昼前、アルヴァン、ミラナ、ソフィアが陣営へ向かった。
俺は砦に残った。
感知を続ける。
砦の周囲を確認する。
グレイノの方向も確認する。
ガウンはまだ戻っていない。
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午後、俺はカルバと話した。
「昨日から続いている不快感について、もう少し考えたいです」
「どういうことか」
「方向がない、石ではない感触。これが何なのかを、オルドさんと一緒に調べたいです」
「オルドを呼ぶ」
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オルドが来た。
「不快感について、話を聞かせてくれ」
「昨日の夜明け前から始まりました。方向がわかりません。石の感触ではないですが、石に似た性質があります。昨日、将軍が拘束されてから少し薄くなりましたが、消えていません」
「ソフィアも同じものを感じているか」
「感じていました。私と同じく、方向がわからないと言っていました」
「二人が同じものを感じているということは、個人の感知の問題ではなく、実際に何かがある可能性が高い」
「そう思います。ただし、何かがわかりません」
オルドは少し考えた。
「仮説を一つ言う」
「はい」
「石は、砕くことで周囲に影響を与える。ただし、砕く前でも、持っているだけで薄い影響が出ることがある。複数の石が、複数の場所に置かれている場合、その影響が重なって、方向のない感触になる可能性がある」
「複数の石が、複数の場所に」
「昨夜の廃村の痕跡。陣営の中の石。将軍が持っていた石。これだけで三か所だ。他にもある可能性がある」
「他にどこが考えられますか」
「グレイノ。ヴァランの件で、教団はグレイノに接触した。グレイノ周辺に石を置いている可能性がある」
俺の胸が冷えた。
「ガウンが向かっています」
「知っている。だから、ガウンを送ったのは正しかった。ただし、グレイノの状況が気になる」
「感知で確認できますか」
「砦からグレイノまでの距離は、感知で届く範囲を超えている。ただし、何か別の方法があるかもしれない」
「別の方法とは」
「通り道を広げることで、より遠くまで感じ取れる可能性がある。ただし、それは危険だ。石の影響を受けやすくなる」
「やらない方がいいですね」
「今はやらない方がいい。ガウンが戻るのを待つ」
「わかりました」
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夕方、アルヴァンたちが戻ってきた。
ミラナの表情が硬かった。
「何かありましたか」
「陣営の中で、石を持つ者をさらに二名確認した。ソフィアが感知した」
「捕まえましたか」
「一名は捕まえた。一名は逃げた」
「逃げた者がいるんですか」
「北の方向へ逃げた。グレイノの方向かもしれない」
俺はオルドを見た。
「グレイノへ警告が必要です」
「ガウンがまだ戻っていない。グレイノには届いているはずだ」
「届いていても、逃げた者が先に着く可能性があります」
「その可能性はある」
カルバが決断した。
「使いを出す。一番速く動ける者を、今すぐグレイノへ」
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使いが出た。
砦に残った者たちは、感知を続けながら待った。
夜になっても、グレイノからの連絡はなかった。
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夜、部屋でリーディアと話した。
「グレイノが心配か」
「心配です。教団が逃げた方向がグレイノへ向いているなら、セラム長やノルやトマが危険かもしれません」
「ガウンが着いていれば、警戒は高まっている」
「ガウンが間に合っていればですが」
「今考えても、わかることではない。連絡が来るまで待つしかない」
「わかっています。ただし、待つのが苦しいです」
「苦しいことと、やれることがないことは、別だ」
「やれることを考えています」
「感知の範囲を広げたいと思っているのか」
「はい。オルドさんに止められましたが」
「正しい判断だ。感知の範囲を無理に広げれば、あなたの通り道が開きすぎる。石が来たとき、まともに受ける」
「グレイノの人たちを守れるなら」
「守れるとは限らない。感知を広げても、今の距離では届かない可能性が高い。届かない上に、石の影響を受けやすくなる。それは、あなたが動けなくなることを意味する。動けなくなれば、砦の守りが弱くなる」
「そうですね」
「一か所を守ろうとして、全体を守れなくなる。それは、本末転倒だ」
「わかっています」
「わかっているなら、待つことを選べ」
「選びます。苦しいですが」
「苦しいまま待つことが、今できることだ」
リーディアの言い方は、淡々としていた。
感情がないわけではない。
ただ、感情に流されない。
「リーディアさんは、グレイノが心配ではないですか」
「心配だ。オルドも心配している。セラムは賢い。ガウンが着いていれば、動いているはずだ」
「信頼しているんですね」
「信頼しているから、待てる。信頼していなければ、今すぐ動きたくなる」
「俺も信頼しています。ただし、心配が消えない」
「消えなくていい。心配しながら待つ。それが今夜の仕事だ」
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真夜中近く、見張りから声が上がった。
「グレイノからの使いが来ました」
俺は飛び起きた。
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使いは若い男だった。
走ってきたらしく、息が荒い。
「ガウン様からです。グレイノに教団の者が来ました。石を持っていましたが、ガウン様とセラム長が捕まえました。集落の者に怪我はありません」
砦の緊張が緩んだ。
「捕まえたのか」
「はい。ガウン様が早めに警戒を高めていたおかげです。石が砕かれる前に対処できました」
「セラム長は」
「ご無事です。子どもたちも全員無事です」
俺は息を吐いた。
トマが無事だった。
「よかった」
俺が言うより先に、リーディアが同じことを言っていた。
「よかった」
二人の声が重なった。
お互いに、少し驚いた顔をした。
「同じことを言いましたね」
「偶然だ」
「そうですね」
「ただし、同じことを思っていたということだ」
「はい」
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カルバが使いに確認した。
「ガウンは今、グレイノにいるか」
「はい。もう少し状況を確認してから戻ると言っていました」
「わかった。セラム長に伝えてくれ。砦でも状況が動いた。将軍が拘束された。教団の者を何名か確認した。状況は改善しているが、まだ続いているとも伝えてくれ」
「承知しました」
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使いが戻った後、砦の空気が少し変わった。
グレイノが無事だったという知らせが、全員に広まった。
ヴァランの者たちも安堵していた。
ヘルトが俺の横に来た。
「グレイノが心配だったか」
「はい」
「顔に出ていた」
「よく言われます」
「今日は、顔に出ていることが正しい場面だった」
「そうですか」
「心配していた相手が無事だったとき、顔が緩んでいい。それが人間らしい」
「ヘルトさんも、顔が緩んでいましたよ」
「見ていたのか」
「感知で感じていました。安堵の感触がありました」
「感知でそこまでわかるのか」
「最近は、感情の感触も少し拾えるようになってきました」
「それは便利なようで、不便そうだな」
「そうですね。知りたくない感情も拾うことがあります」
「例えば」
「言いません」
「聞かれると思っていたか」
「聞かれると思っていました」
「なぜ言わないのか」
「言うと、誰かが困るかもしれないので」
「誰が困る」
「言いません」
ヘルトは少し間を置いた。
「わかった。言わなくていい」
「ありがとうございます」
「ただし、一つだけ聞く」
「はい」
「その感触、あなた自身の感情と、他人の感情を混同することはないか」
俺は少し驚いた。
「混同することがあります。自分が心配しているのか、相手が心配しているのか、混ざることがあります」
「その混同は、判断を誤らせる可能性がある」
「はい。気をつけています。ただし、完全に分けることは難しいです」
「オルドに相談したか」
「まだです。ただし、今度相談してみます」
「そうしろ。感知は武器だが、制御できなければ危険だ」
「わかりました」
ヘルトが去った。
俺は少し考えた。
自分の感情と、他人の感情が混ざることがある。
それは確かだった。
リーディアが心配していることと、俺が心配していることが、感知の中で混ざる場面があった。
どちらが誰の感情なのか、わからなくなることがある。
それが、感知の限界の一つかもしれない。
オルドに相談する必要があった。
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夜が深くなった。
砦は静かだった。
北の将軍の陣営は、変化が続いていた。
内部の混乱が続いているらしい。
攻撃の感触はない。
ただし、安定していない。
「今夜の感触はどうだ」
リーディアが聞いた。
「将軍の陣営は混乱が続いています。ただし、攻撃の感触はありません。方向のない不快感は、さらに薄くなっています」
「グレイノの石が対処されたから薄くなったのかもしれない」
「そう思います。ただし、他にもある可能性があります」
「他とは」
「まだ確認できていない場所に、石が置かれているかもしれません。完全に消えないのは、そのせいかもしれない」
「教団が、複数の場所に石を仕込んでいる」
「長期間をかけて仕込んでいた可能性があります。一度に全部は取り除けない」
「では、これからも探し続ける必要があるということか」
「はい。ただし、一度に全部は無理です。見つかったものから順番に対処するしかありません」
「戦争と同じだな」
「そうですね。一度に全部は変えられない。一つずつ変えるしかない」
「それが、あなたの言う積み重ねか」
「そうです」
リーディアは少し考えた。
「今日、グレイノが無事だったことは、積み重ねの結果か」
「そうだと思います。ガウンを送ったこと。使いを追加で送ったこと。警戒を早めに高めたこと。全部が重なった結果です」
「一つ一つは小さかった」
「はい。ただし、重なることで、守れました」
「積み重ねが守ることになった」
「そう言えると思います」
リーディアは窓の外を見た。
月が出ていた。
「明日、何が来るかはわからない。ただし、今日一日で、いくつかのものを積み上げた」
「はい」
「それが、明日の土台になる」
「そうだと思います」
「眠れるか」
「眠れると思います。グレイノが無事だとわかったので」
「それなら、寝なさい」
「はい」
俺は目を閉じた。
胸の奥の不快感は、今夜はずいぶん薄くなっていた。
まだある。
完全には消えていない。
でも、今夜は眠れる程度に薄かった。
グレイノのトマが、今夜も眠れているだろうか。
セラムが、しっかりした顔で指示を出しているだろう。
ノルが、欠伸をしながら見張り台に立っているだろう。
そういう日常が、今夜も続いている。
それだけで、十分だった。
十六日目が終わろうとしていた。
疑惑の火種は、まだくすぶっている。
ただし、今夜の砦は静かだった。
それで十分だった。
次話は明後日の19:00に投稿します。
2日に1話投稿の予定になります。
よろしくお願いいたします。




