↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
38/50

第38話 疑惑の火種

 十六日目の朝、砦に緊張が戻った。


 将軍が拘束された。

 教団の者が三名捕まった。

 攻撃命令が取り消された。


 それだけ聞けば、状況が改善したように見える。


 だが、俺の胸の奥には、まだ薄い不快感が残っていた。


 方向のない不快感。

 石ではない何か。


 昨夜より少し薄くなっていたが、消えてはいない。


---


 朝食の時間、食堂でアルヴァンが俺の横に来た。


「評議会の者たちが、今日の朝に戻る」


「陣営の処理が終わったんですか」


「将軍の後任を決めるために、一度戻らなければならないらしい。ただし、しばらくは副官が指揮を取る」


「副官は信頼できますか」


「今のところ、信頼できると判断している。ただし、陣営の中に教団の者が他にもいる可能性は残っている」


「昨日、三名を確認しました。ただし、全員を確認したわけではありません」


「わかっている。ソフィアと二人で、可能な範囲で続けてほしい」


「続けます。ただし、時間がかかります」


「急かすつもりはない。ただし、できれば今日中に、主要な者たちだけでも確認してほしい」


「やってみます」


---


 ミラナが来た。


「今日、陣営に戻る必要がある。アルヴァンと一緒に動く」


「陣営に戻るんですか」


「将軍が拘束された。ただし、俺たちがいなくなった間に、陣営の中で何が起きているかわからない。確認が必要だ」


「危険ではないですか」


「評議会の者がいる間は、大きな動きはできない。今が動ける時間だ」


「感知を一緒に連れていった方がいいですか」


「あなたは砦に残った方がいい。砦の感知が必要だ。ソフィアはどうか」


「ソフィアさんに確認します」


---


 ソフィアに話した。


「陣営に行くことは、できる。ただし、石の感触に限定した感知しかできない。そこは理解してほしい」


「わかっています。陣営の中で、石の感触を持つ者を感知してほしい」


「それならできる」


「リスクはあります。陣営の中に教団の者がいれば、感知を持つ者がいると知られた場合、標的になる可能性があります」


「知っている。ただし、動かなければ確認できない」


「アルヴァンさんとミラナさんが一緒にいますか」


「はい」


「なら行く」


---


 昼前、アルヴァン、ミラナ、ソフィアが陣営へ向かった。


 俺は砦に残った。


 感知を続ける。

 砦の周囲を確認する。

 グレイノの方向も確認する。


 ガウンはまだ戻っていない。


---


 午後、俺はカルバと話した。


「昨日から続いている不快感について、もう少し考えたいです」


「どういうことか」


「方向がない、石ではない感触。これが何なのかを、オルドさんと一緒に調べたいです」


「オルドを呼ぶ」


---


 オルドが来た。


「不快感について、話を聞かせてくれ」


「昨日の夜明け前から始まりました。方向がわかりません。石の感触ではないですが、石に似た性質があります。昨日、将軍が拘束されてから少し薄くなりましたが、消えていません」


「ソフィアも同じものを感じているか」


「感じていました。私と同じく、方向がわからないと言っていました」


「二人が同じものを感じているということは、個人の感知の問題ではなく、実際に何かがある可能性が高い」


「そう思います。ただし、何かがわかりません」


 オルドは少し考えた。


「仮説を一つ言う」


「はい」


「石は、砕くことで周囲に影響を与える。ただし、砕く前でも、持っているだけで薄い影響が出ることがある。複数の石が、複数の場所に置かれている場合、その影響が重なって、方向のない感触になる可能性がある」


「複数の石が、複数の場所に」


「昨夜の廃村の痕跡。陣営の中の石。将軍が持っていた石。これだけで三か所だ。他にもある可能性がある」


「他にどこが考えられますか」


「グレイノ。ヴァランの件で、教団はグレイノに接触した。グレイノ周辺に石を置いている可能性がある」


 俺の胸が冷えた。


「ガウンが向かっています」


「知っている。だから、ガウンを送ったのは正しかった。ただし、グレイノの状況が気になる」


「感知で確認できますか」


「砦からグレイノまでの距離は、感知で届く範囲を超えている。ただし、何か別の方法があるかもしれない」


「別の方法とは」


「通り道を広げることで、より遠くまで感じ取れる可能性がある。ただし、それは危険だ。石の影響を受けやすくなる」


「やらない方がいいですね」


「今はやらない方がいい。ガウンが戻るのを待つ」


「わかりました」


---


 夕方、アルヴァンたちが戻ってきた。


 ミラナの表情が硬かった。


「何かありましたか」


「陣営の中で、石を持つ者をさらに二名確認した。ソフィアが感知した」


「捕まえましたか」


「一名は捕まえた。一名は逃げた」


「逃げた者がいるんですか」


「北の方向へ逃げた。グレイノの方向かもしれない」


 俺はオルドを見た。


「グレイノへ警告が必要です」


「ガウンがまだ戻っていない。グレイノには届いているはずだ」


「届いていても、逃げた者が先に着く可能性があります」


「その可能性はある」


 カルバが決断した。


「使いを出す。一番速く動ける者を、今すぐグレイノへ」


---


 使いが出た。


 砦に残った者たちは、感知を続けながら待った。


 夜になっても、グレイノからの連絡はなかった。


---


 夜、部屋でリーディアと話した。


「グレイノが心配か」


「心配です。教団が逃げた方向がグレイノへ向いているなら、セラム長やノルやトマが危険かもしれません」


「ガウンが着いていれば、警戒は高まっている」


「ガウンが間に合っていればですが」


「今考えても、わかることではない。連絡が来るまで待つしかない」


「わかっています。ただし、待つのが苦しいです」


「苦しいことと、やれることがないことは、別だ」


「やれることを考えています」


「感知の範囲を広げたいと思っているのか」


「はい。オルドさんに止められましたが」


「正しい判断だ。感知の範囲を無理に広げれば、あなたの通り道が開きすぎる。石が来たとき、まともに受ける」


「グレイノの人たちを守れるなら」


「守れるとは限らない。感知を広げても、今の距離では届かない可能性が高い。届かない上に、石の影響を受けやすくなる。それは、あなたが動けなくなることを意味する。動けなくなれば、砦の守りが弱くなる」


「そうですね」


「一か所を守ろうとして、全体を守れなくなる。それは、本末転倒だ」


「わかっています」


「わかっているなら、待つことを選べ」


「選びます。苦しいですが」


「苦しいまま待つことが、今できることだ」


 リーディアの言い方は、淡々としていた。


 感情がないわけではない。


 ただ、感情に流されない。


「リーディアさんは、グレイノが心配ではないですか」


「心配だ。オルドも心配している。セラムは賢い。ガウンが着いていれば、動いているはずだ」


「信頼しているんですね」


「信頼しているから、待てる。信頼していなければ、今すぐ動きたくなる」


「俺も信頼しています。ただし、心配が消えない」


「消えなくていい。心配しながら待つ。それが今夜の仕事だ」


---


 真夜中近く、見張りから声が上がった。


「グレイノからの使いが来ました」


 俺は飛び起きた。


---


 使いは若い男だった。


 走ってきたらしく、息が荒い。


「ガウン様からです。グレイノに教団の者が来ました。石を持っていましたが、ガウン様とセラム長が捕まえました。集落の者に怪我はありません」


 砦の緊張が緩んだ。


「捕まえたのか」


「はい。ガウン様が早めに警戒を高めていたおかげです。石が砕かれる前に対処できました」


「セラム長は」


「ご無事です。子どもたちも全員無事です」


 俺は息を吐いた。


 トマが無事だった。


「よかった」


 俺が言うより先に、リーディアが同じことを言っていた。


「よかった」


 二人の声が重なった。


 お互いに、少し驚いた顔をした。


「同じことを言いましたね」


「偶然だ」


「そうですね」


「ただし、同じことを思っていたということだ」


「はい」


---


 カルバが使いに確認した。


「ガウンは今、グレイノにいるか」


「はい。もう少し状況を確認してから戻ると言っていました」


「わかった。セラム長に伝えてくれ。砦でも状況が動いた。将軍が拘束された。教団の者を何名か確認した。状況は改善しているが、まだ続いているとも伝えてくれ」


「承知しました」


---


 使いが戻った後、砦の空気が少し変わった。


 グレイノが無事だったという知らせが、全員に広まった。


 ヴァランの者たちも安堵していた。


 ヘルトが俺の横に来た。


「グレイノが心配だったか」


「はい」


「顔に出ていた」


「よく言われます」


「今日は、顔に出ていることが正しい場面だった」


「そうですか」


「心配していた相手が無事だったとき、顔が緩んでいい。それが人間らしい」


「ヘルトさんも、顔が緩んでいましたよ」


「見ていたのか」


「感知で感じていました。安堵の感触がありました」


「感知でそこまでわかるのか」


「最近は、感情の感触も少し拾えるようになってきました」


「それは便利なようで、不便そうだな」


「そうですね。知りたくない感情も拾うことがあります」


「例えば」


「言いません」


「聞かれると思っていたか」


「聞かれると思っていました」


「なぜ言わないのか」


「言うと、誰かが困るかもしれないので」


「誰が困る」


「言いません」


 ヘルトは少し間を置いた。


「わかった。言わなくていい」


「ありがとうございます」


「ただし、一つだけ聞く」


「はい」


「その感触、あなた自身の感情と、他人の感情を混同することはないか」


 俺は少し驚いた。


「混同することがあります。自分が心配しているのか、相手が心配しているのか、混ざることがあります」


「その混同は、判断を誤らせる可能性がある」


「はい。気をつけています。ただし、完全に分けることは難しいです」


「オルドに相談したか」


「まだです。ただし、今度相談してみます」


「そうしろ。感知は武器だが、制御できなければ危険だ」


「わかりました」


 ヘルトが去った。


 俺は少し考えた。


 自分の感情と、他人の感情が混ざることがある。


 それは確かだった。


 リーディアが心配していることと、俺が心配していることが、感知の中で混ざる場面があった。


 どちらが誰の感情なのか、わからなくなることがある。


 それが、感知の限界の一つかもしれない。


 オルドに相談する必要があった。


---


 夜が深くなった。


 砦は静かだった。


 北の将軍の陣営は、変化が続いていた。


 内部の混乱が続いているらしい。


 攻撃の感触はない。


 ただし、安定していない。


「今夜の感触はどうだ」


 リーディアが聞いた。


「将軍の陣営は混乱が続いています。ただし、攻撃の感触はありません。方向のない不快感は、さらに薄くなっています」


「グレイノの石が対処されたから薄くなったのかもしれない」


「そう思います。ただし、他にもある可能性があります」


「他とは」


「まだ確認できていない場所に、石が置かれているかもしれません。完全に消えないのは、そのせいかもしれない」


「教団が、複数の場所に石を仕込んでいる」


「長期間をかけて仕込んでいた可能性があります。一度に全部は取り除けない」


「では、これからも探し続ける必要があるということか」


「はい。ただし、一度に全部は無理です。見つかったものから順番に対処するしかありません」


「戦争と同じだな」


「そうですね。一度に全部は変えられない。一つずつ変えるしかない」


「それが、あなたの言う積み重ねか」


「そうです」


 リーディアは少し考えた。


「今日、グレイノが無事だったことは、積み重ねの結果か」


「そうだと思います。ガウンを送ったこと。使いを追加で送ったこと。警戒を早めに高めたこと。全部が重なった結果です」


「一つ一つは小さかった」


「はい。ただし、重なることで、守れました」


「積み重ねが守ることになった」


「そう言えると思います」


 リーディアは窓の外を見た。


 月が出ていた。


「明日、何が来るかはわからない。ただし、今日一日で、いくつかのものを積み上げた」


「はい」


「それが、明日の土台になる」


「そうだと思います」


「眠れるか」


「眠れると思います。グレイノが無事だとわかったので」


「それなら、寝なさい」


「はい」


 俺は目を閉じた。


 胸の奥の不快感は、今夜はずいぶん薄くなっていた。


 まだある。


 完全には消えていない。


 でも、今夜は眠れる程度に薄かった。


 グレイノのトマが、今夜も眠れているだろうか。


 セラムが、しっかりした顔で指示を出しているだろう。


 ノルが、欠伸をしながら見張り台に立っているだろう。


 そういう日常が、今夜も続いている。


 それだけで、十分だった。


 十六日目が終わろうとしていた。


 疑惑の火種は、まだくすぶっている。


 ただし、今夜の砦は静かだった。


 それで十分だった。


次話は明後日の19:00に投稿します。


2日に1話投稿の予定になります。


よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。