第37話 敵ではない敵
十五日目の朝が明けた。
将軍の攻撃は来なかった。
フォーランが動いた。
副官が何かをした。
その結果として、今朝の攻撃が止まった可能性が高かった。
ただし、確認はできていない。
砦の者たちは、守りを維持したまま、状況の変化を待っていた。
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午前中、北の感触を確認し続けた。
将軍の陣営は動いていない。
待機している。
ただし、その感触の質が変わっていた。
「昨日と違います」
俺は見張り台でレイに言った。
「どう違う」
「昨日は攻撃の準備をしている感触でした。今日は、内部で混乱している感触があります。方向が定まっていない」
「内部の混乱とは、副官が動いたということか」
「そう思います。陣営の中で、何かが変わっているようです」
「将軍が押さえ込めるか」
「押さえ込もうとしている感触もあります。ただし、うまくいっていない気がします」
「感触でそこまでわかるのか」
「わかるとは言えません。ただし、いつもと違うことは確かです」
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昼前、フォーランから使いが来た。
若い男だった。
砦の外で待っていた。
俺が感知で気づき、カルバに報告した。
「西の柵の外に、一人います。攻撃の気持ちはありません。何かを伝えようとしている感触があります」
カルバが確認に行った。
使いの男は、フォーランからの短い手紙を持っていた。
カルバが読み上げた。
「副官に届けた。副官は将軍の命令書を持って、陣営内の他の指揮官に見せた。将軍は今、陣営の中で孤立しつつある。攻撃命令を出せる状況ではない。ただし、教団が別の手を使う可能性がある。警戒を続けるように」
ヘルトが言った。
「副官が動いたということか」
「そうだ。将軍が孤立しているなら、少なくとも今日の攻撃はない」
「教団が別の手を使う、というのはどういう意味か」
「将軍ではなく、別の経路で砦を攻撃する可能性がある。教団が直接動く場合か、あるいは別の指揮官を使う場合か」
「感知で確認できるか」
「教団の動きは、石の焦げた感触で気づけます。ただし、別の指揮官を使う場合は、通常の軍の動きと区別が難しい」
「今の感触では」
「今のところ、教団の感触はありません。ただし、朝から続いている方向不明の不快感は残っています」
「昨夜からの不快感か」
「はい。薄くなっていません」
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アルヴァンがカルバと話していた。
俺は少し離れた場所で感知を続けながら、その会話を聞いていた。
「将軍が孤立しているなら、陣営の中で何が起きているか」
「副官が動いた。他の指揮官も、将軍の行動に疑問を持ち始めている可能性がある」
「その動きは、教団が感知するか」
「する可能性がある。教団の者が陣営の中にいれば、報告が行く」
「将軍以外にも、陣営の中に教団の者がいる可能性があるということか」
「昨日も言った。少なくとも五名が人類軍の上層部にいる。全員が将軍の陣営にいるわけではないが、一人か二人はいるかもしれない」
「その者たちが、今の状況を教団に報告している」
「そう考えるべきだ」
「教団は、将軍が動けなくなった後、何をするか」
「石を大量に使って、陣営を混乱させる可能性がある。あるいは、別の場所に被害を出して、砦への注意を散らす可能性もある」
「別の場所とはどこか」
「グレイノのような小さな集落が、最初の標的になるかもしれない」
俺は胸の奥が冷えた。
グレイノ。
セラム。
ノル。
トマ。
ガウンの仲間たち。
「カルバさん」
俺は前に出た。
「グレイノに警告を送る必要があります」
「なぜ」
「教団が別の手を使うなら、小さな集落が標的になる可能性があります。グレイノは俺がいた集落です。教団はすでに一度、グレイノに接触しています。ヴァランの件でも、グレイノを経由して動いていました」
「グレイノが狙われる可能性があるということか」
「可能性として、高いと思います」
カルバは少し考えた。
「使いを出せるか」
「ガウンが動けます。グレイノへの道を知っています」
「ガウン、頼めるか」
ガウンが前に出た。
「動ける。今日中に使いを出す」
「セラムへの伝言を作る。警戒を強化するよう伝える」
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昼過ぎ、ガウンが出発した。
俺は感知で彼の動きを確認した。
「問題ありません。周囲に敵意はありません」
「わかった。後は任せる」
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午後、砦に変化があった。
西の方向から、新しい感触が来た。
少数。
ただし、昨日のフォーランとも、アルヴァンとも違う感触だ。
「西から来ています。三人。攻撃の気持ちはありません。ただし、緊張しています。急いでいます」
カルバが西の柵に向かった。
俺も続いた。
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柵の外に、三人がいた。
外見は人間と変わらない。
ただし、魔族側の服装ではなく、人類軍の服装でもない。
灰色の外套を着ていた。
腕に何も巻いていない。
「私たちは、評議会から来た」
先頭の女性が言った。
「フォーランから連絡を受けた。ヴォルク将軍の件について、確認に来た」
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評議会。
人類側の最高意思決定機関。
フォーランが動いていたのは、副官だけではなかった。
評議会への経路も、同時に使っていたらしい。
「中に入ることを許可してほしい。魔族の砦に来たのは、状況が緊急だからだ」
カルバは少し考えた。
「条件を守るなら、入れる」
「条件を聞かせてくれ」
「武器を預けること。感知が常にあなたたちを確認すること。砦内での移動は指定した場所のみ。異変があれば、即座に対応する」
「全部受け入れる」
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三人が砦に入った。
俺は感知を続けた。
三人の感触を追う。
緊張はある。
ただし、敵意はない。
一番強く感じるのは、焦りだ。
急いでいる。
何かを急いでいる。
「感触は」
カルバが小声で聞いた。
「敵意はありません。焦りがあります。時間的な制約を感じているような感触です」
「急いでいる理由があるということか」
「そう感じます」
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広場で、三人が向き合った。
評議会からの者、カルバ、アルヴァン、俺。
「まず確認させてくれ。ここにいる者の中に、アルヴァン・レイクがいるか」
「私だ」
アルヴァンが前に出た。
「評議会は、あなたの報告を受けた。将軍の件について、確認が必要だ」
「フォーランが届けたか」
「そうだ。ただし、評議会に届くまでに時間がかかった。今日の朝に届いた」
「今日の朝に届いて、今日の昼にここに来たのか。かなり速い」
「緊急だからだ。ヴォルク将軍が教団の者であることが確認されれば、即座に処分する必要がある。確認のために来た」
「証拠を持っている。見せる」
アルヴァンが書類を出した。
「命令書の写しと、教団の印の記録だ」
評議会の者が受け取り、確認した。
三人が互いに視線を交わした。
「本物だ」
「確認できるか」
「印の形状と、署名の形が、教団の記録と一致する。本物だと判断する」
「将軍は今、陣営で孤立している。副官が動いたからだ」
「知っている。副官からも報告が届いている。ただし、将軍がまだ陣営にいる以上、正式な処分には手順が必要だ」
「手順にどのくらい時間がかかるか」
「半日もあれば処分できる。ただし、将軍が逃げる前に動かなければならない」
「教団に繋がっているなら、状況が変わったことはすでに伝わっているかもしれない」
「そうだ。だから急いでいる」
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評議会の者が俺を見た。
「あなたが感知のできる者か」
「はい」
「フォーランの報告に、感知のできる転移者がいると書いてあった」
「転移者です。感知があります」
「今、将軍の陣営の感触はどうか」
「内部が混乱しています。ただし、将軍の感触は陣営の中に残っています。まだいます」
「逃げていないということか」
「今のところは。ただし、感触の質が変わっています。昨日より焦りが強い」
「将軍が逃げようとしているということか」
「可能性があります。逃げる前に、何かをしようとしている可能性もあります」
「何かとは」
「わかりません。ただし、石の感触が少し感じられます。昨夜からの不快感と、少し性質が似ています」
「石が使われようとしているということか」
「準備しているかもしれません。確信はありません」
評議会の者が他の二人を見た。
「急ぐ必要がある。将軍が石を使う前に、陣営に入らなければ」
「評議会の権限で、陣営に入れるか」
「権限はある。ただし、抵抗される可能性がある」
「アルヴァン、あなたも来るか」
「行く。陣営の中で、私を支持する者がいる。その者たちに声をかけながら動けば、抵抗は少なくなる」
「人数が必要だ。砦からも来てもらえるか」
カルバが少し考えた。
「俺も行く。感知の者も必要だ」
「ソーイ、来られるか」
「はい」
「他は」
「ヘルトとダルグを連れていく。砦の守りはオルドとリーディアに任せる」
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夕方近く、砦を出る前にリーディアに話した。
「将軍の陣営に行く。将軍が石を使う前に、評議会が処分する」
「危険だ」
「評議会の者が一緒にいます。アルヴァンも来ます。感知もあります」
「石が使われた場合、どうする」
「声を出し続けます。ソフィアも来るので、二人で確認し合います」
「ソフィアも行くのか」
「石の感触に特化した能力があります。俺と分担できます」
「わかった。ただし、一つだけ言っておく」
「はい」
「無理をするな。石が使われたと感じた瞬間に、引いていい。感知が潰されれば、あなたの役割がなくなる。役割がなくなった状態で前線に立つな」
「わかりました」
「守るのではなく、知らせること。それだけでいい」
「はい」
「行ってこい」
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七人で、将軍の陣営へ向かった。
評議会の三人、アルヴァン、カルバ、ヘルト、俺。
ソフィアも加えて八人だ。
ダルグは砦に残した。砦の守りを強化するために。
歩きながら、俺は感知を続けた。
「将軍の感触、まだ陣営にあります。ただし、移動しています。陣営の外縁に向かっています」
「逃げようとしているか」
「そう感じます。急いでいます」
「急げ」
評議会の者が速度を上げた。
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陣営の外縁に着いた。
見張りが立っていた。
「評議会からの使いだ。緊急の用件がある。将軍に会わせろ」
見張りが困惑した。
評議会の印を見せた。
見張りが別の者を呼んだ。
その間、俺は感知を続けた。
「将軍の感触が動いています。外縁方向に向かっています。逃げています」
「どこから出ようとしているか」
「南の外縁です。今の俺たちの位置から、南へ回ると間に合うかもしれません」
「手分けする」
評議会の者二人が南へ走った。
残りの者は入り口に残った。
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十分ほどして、南から声が上がった。
俺は感知を確認した。
「将軍の感触が止まりました。捕まえた可能性があります」
「行く」
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南の外縁で、将軍が囲まれていた。
評議会の二人と、陣営の兵士数名が、将軍を取り囲んでいた。
将軍の手に、黒い石があった。
「止まれ」
評議会の者が言った。
「その石を砕けば、状況は変わらない。証拠はすでに評議会に届いている」
「証拠など、でたらめだ」
「でたらめかどうかは、評議会が判断する。今はその石を下ろせ」
将軍が俺を見た。
俺の胸の奥に、強烈な感触が走った。
敵意。
俺に向けられた、強い敵意。
「そこにいる者が感知か」
「はい」
「お前のせいで、計画が狂った」
「俺がしたことは、感じたことを伝えることだけです」
「感じたことを伝えるだけで、これだけの損害を出した」
「それが、俺のできることなので」
将軍が石を握り締めた。
「止まれ!」
ソフィアが叫んだ。
「石の感触が変わりました。砕こうとしています!」
「全員、声を出せ!」
俺は叫んだ。
「声を出し続けてください!」
周囲の者たちが声を上げた。
将軍が石を砕こうとした。
その瞬間、アルヴァンが踏み込んだ。
将軍の手に剣の柄が当たった。
石が地面に落ちた。
砕けなかった。
評議会の者が将軍を押さえた。
「拘束する」
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将軍が拘束された。
石は評議会の者が布に包んで回収した。
陣営の中が静まった。
副官が近づいてきた。
「評議会の方々、ありがとうございます。将軍の件で、長い間悩んでいました」
「報告してくれたことが、今日の動きを早めた。感謝する」
「あなたが送ってくれた者のおかげです」
副官がアルヴァンを見た。
「アルヴァン様、申し訳ありませんでした。将軍の命令に疑問を持ちながら、従い続けてしまいました」
「あなたが動いてくれたおかげで、今日こうなった。今は十分だ」
「これからの陣営は、どうなりますか」
「評議会が新しい指揮官を派遣するまで、副官が指揮を取れるか」
「できます。ただし、教団の者が他にも陣営にいる可能性があります」
「感知を持つ者に確認させる」
副官が俺を見た。
「頼めるか」
「できます。ただし、時間がかかります。全員を一人ずつ確認するのは難しいです」
「一人一人でなくていい。感触が大きく変わっている者がいれば、教えてくれ」
「わかりました」
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俺は陣営の中を歩いた。
感知を広げる。
全体の感触を確認する。
ほとんどの者は、安堵に近い感触だった。
長い緊張が、少し緩んでいる。
ただし、一部に違う感触があった。
「三名、感触が他と違います。焦りが強い。逃げようとしている感触があります」
「どこにいる」
「方向を教えます。東の奥、北の中程、南の外縁近く」
三方向に、それぞれ人が動いた。
十分ほどで、三名が連れてこられた。
全員、教団の印を持っていた。
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夕暮れの陣営は、静かになった。
将軍が拘束された。
教団の者が三名捕まった。
副官が指揮を引き継いだ。
攻撃命令は取り消された。
「ソーイ」
アルヴァンが来た。
「今日はよくやった」
「俺は感じたことを伝えただけです」
「それが、今日の結果を変えた。感じたことを伝えることが、どれだけ大事か、今日よく見えた」
「リーディアさんに言われていることです」
「リーディアという術士は、的確なことを言う」
「そうですね。でも、最初は半分しか褒めてくれません」
「半分でも褒めるなら、信頼している証拠だ。ミラナも同じで、半分が限界だった。少しずつ全部になっていった」
「今は全部ですか」
「今は、たまに全部になることがある。ただし、本人には言わない」
「なぜですか」
「言うと、調子に乗るから」
「ミラナさんが調子に乗るんですか」
「俺が調子に乗る」
アルヴァンが少し笑った。
俺も笑った。
「今日、将軍が俺を名指しした」
「聞いていた。感知のせいで計画が狂ったと言っていた」
「そうです。俺のしたことは、感じたことを伝えることだけでした。それだけで、計画が狂ったと言われた」
「それだけのことを、あなたはしていたということだ」
「大したことをしていないつもりでした」
「大したことではないかもしれない。ただし、積み上げれば大きくなる。あなたがいつも言うことだ」
「言いましたか」
「言っていた。正確には、積み上げるしかできないと言っていた」
「そうでした」
「その積み上げが、今日ここまで来た」
「まだ途中です」
「まだ途中だが、今日は一つ越えた」
「そうですね」
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砦に戻ったのは、夜になってからだった。
リーディアが待っていた。
「無事か」
「無事です。将軍が拘束されました。教団の者が三名捕まりました。攻撃命令は取り消されました」
「評議会が動いたのか」
「フォーランが評議会に届けていました。副官への接触だけでなく、評議会への経路も同時に使っていたようです」
「情報屋らしい動きだ」
「そうですね。一つだけに頼らなかった」
「今日の感知はどうだった」
「将軍が逃げようとしていることを感知しました。南への移動を追いました。石が砕かれる前に、声を出して全員に伝えました」
「石は砕かれなかった」
「アルヴァンさんが間に合いました。俺の声で、全員が準備できていたので、動きが速かったです」
「あなたの声が、間に合わせた」
「そうとも言えます」
「そうとしか言えない」
リーディアは俺を見た。
「方向のない不快感は続いているか」
「薄くなりました。将軍が拘束されたからかもしれません。ただし、完全には消えていません」
「教団がまだ動いているということか」
「そう思います。将軍は一人でした。教団全体が止まったわけではありません」
「それが次の課題だ」
「はい」
「今日はよく動いた。休め」
「ありがとうございます」
「礼はいらない」
「では積み上げておきます」
「積み上げた礼が増えすぎている」
「いつか全部返します」
「いつかが来るまでに、数えきれなくなる」
「数えきれるうちに返せるよう、頑張ります」
リーディアはかすかに笑った。
「おやすみ、ソーイ」
「おやすみなさい、リーディアさん」
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目を閉じた。
今日は多くのことが動いた。
将軍が拘束された。
教団の者が三名捕まった。
攻撃命令が取り消された。
フォーランが複数の経路を同時に動かした。
評議会が動いた。
戦争が終わったわけではない。
教団が消えたわけでもない。
ただし、今日は大きな一歩だった。
感じたことを伝えることで、計画が狂ったと言われた。
それで十分だ。
感知を使い続ける理由が、また一つ増えた。
十五日目が終わった。
まだ途中だ。
でも、今日は確実に越えた。
それだけで、十分だった。
次話は明後日の19:00に投稿します。
2日に1話投稿の予定になります。
よろしくお願いいたします。




