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第35話 灰境線の会談

 十四日目の朝、砦に変化があった。


 夜明け前から、北の感触が動いていた。


 塊ではない。


 少数。


 攻撃の気持ちではなく、移動している感触。


「北から、少数が移動しています。攻撃ではありません。方向が砦ではなく、東に向いています」


 カルバが確認した。


「東というのは、石橋の方向か」


「そうです。昨日と同じ方向です」


「アルヴァンが動いているのか」


「感触の質から判断すると、可能性があります。ただし、昨日の感触より少し違います」


「どう違う」


「昨日より急いでいます。追われているような感触があります」


---


 しばらくして、砦に使いが来た。


 息を切らした若い兵士だった。


「アルヴァン様からの伝言です。将軍が命令違反の処分を決めました。アルヴァン様は今、陣営を離れています。砦への接触を求めています」


 カルバが少し間を置いた。


「陣営を離れたとは、脱走ということか」


「脱走とは言っていませんでした。ただし、将軍の拘束を逃れて動いています」


「ミラナは」


「一緒にいます」


「他には」


「二名、信頼できる者を連れています。全部で四名です」


 カルバはヘルトを見た。


「どう思う」


「砦に入れれば、将軍にとって俺たちが敵になる。入れなければ、アルヴァンの行き場がなくなる」


「どちらを選ぶ」


「今まで積み上げてきたものを考えれば、入れない理由がない。ただし、将軍への対応を考えておく必要がある」


「将軍が攻撃してくる可能性があるか」


「ある。ただし、勇者を拘束するために、砦を攻撃するのは人類軍の内部問題だ。外向きには動きにくい」


「時間的な猶予があるということか」


「短い。ただし、あるにはある」


---


 カルバが決断した。


「入れる。ただし、砦の全員に状況を説明してから動く」


---


 砦の者たちが集まった。


 カルバが説明した。


「勇者アルヴァンが、将軍の処分を逃れて砦への接触を求めている。受け入れるかどうかを、今から決める」


「将軍が攻撃してくるかもしれない」


「可能性はある。ただし、教団の問題を考えれば、アルヴァンとの連携は価値がある」


「価値より、安全を取るべきではないか」


「どちらが安全かは、判断が難しい。教団が砦を攻撃してくるなら、アルヴァンの情報と連携は、守るための武器になる」


 ヘルトが言った。


「俺は受け入れることに賛成だ。ただし、将軍への対応を同時に進める必要がある」


「将軍への対応とは」


「砦の立場を明確にする。勇者が危機に瀕していたから保護した。人道的な判断だ。教団の問題を考えれば、勇者の情報は砦の守りに必要だった。そう説明できる形を作る」


「それは通るか」


「通らないかもしれない。ただし、何もしないより、形を作った方がいい」


 反対の声も出た。


「人類軍と敵対する形になる」


「すでに、教団という共通の敵がいる。人類軍全体と敵対するのではなく、教団と繋がった者と敵対するという立場が取れる」


「複雑すぎる」


「単純ではない。ただし、選択肢を考えれば、今は受け入れることが最善だと判断する」


 最終的に、賛成が多数だった。


---


 アルヴァンたちが砦に入ってきた。


 四名。


 アルヴァン、ミラナ、それから見知らぬ二人。


 一人は三十代の男。もう一人は二十代の女性。


 全員、疲れた顔をしていた。


 追われてきたことが、見た目からもわかった。


「カルバ砦長、助かった」


「状況を教えてくれ」


「将軍が、今朝の夜明け前に処分を命じた。拘束する前に動いた」


「将軍は今、どう動いているか」


「追っている可能性がある。ただし、砦を直接攻撃する命令を出せるかどうかは、わからない」


「なぜわからない」


「将軍が教団の者なら、砦を攻撃することは、教団への攻撃に繋がるからだ。俺たちが砦にいる間は、直接来られないかもしれない」


「教団への攻撃に繋がるとは、どういう意味だ」


「砦の捕虜の中に、教団の情報を持つ者がいる。俺たちもその情報を持っている。砦を攻撃すれば、情報が広まるリスクがある。将軍がそれを恐れているなら、攻撃を保留する」


「将軍が教団と繋がっていることを、あなたは確認したのか」


「確認した。今朝、将軍が使った命令書に、教団の印があった。将軍は教団の指示で動いている」


---


 砦の空気が変わった。


 将軍が教団の者だという事実が、全員に広まった。


「証拠はあるか」


 ヘルトが聞いた。


「命令書の写しを持ってきた。教団の印が押されている」


 アルヴァンが書類を出した。


 ヘルトが受け取り、確認した。


「これは本物か」


「本物だ。命令書は副官が持っていた。副官も将軍の指示で動いていた。ただし、副官は教団の者ではなかった。命令に従っていただけだ」


「副官はどうなった」


「今も将軍の陣営にいる。ただし、真実を知れば、動きが変わるかもしれない。俺が脱走したことで、副官も混乱しているはずだ」


「副官に連絡は取れるか」


「今は難しい。ただし、機会があれば伝えたいことがある」


---


 カルバが全員に指示を出した。


「砦の守りを強化する。北と西の見張りを増やす。教団の動きについて、全員が把握できるよう情報を共有する」


「ソーイ、感知を続けてくれ。今は全方向だ」


「はい」


---


 俺は感知を広げた。


 北。

 南。

 東。

 西。


 全方向を確認する。


 今のところ、大きな動きはない。


 ただし、北の方向に、将軍の陣営の感触がある。


 遠い。

 動いていない。

 待機している。


「北の将軍の陣営は、今のところ動いていません。待機しています」


「将軍が次の手を考えているということか」


「そう感じます」


「教団の感触は」


「薄いです。今日は石が使われている感触がありません」


「教団も、今は様子を見ているということか」


「可能性があります」


---


 昼前、アルヴァンがカルバと話す場が設けられた。


 俺も同席した。


 感知の担当として。


「砦に来た以上、情報を全部出す」


 アルヴァンが言った。


「将軍の名前はヴォルク・ライネン。教団に入ったのは、五年前だと推測している。それ以前の動きは、まだ確認できていない」


「教団の規模は」


「人類軍の上層部に、少なくとも五名が入っている。将軍を含めて。さらに、神殿の中にも二名いることを確認している」


「神殿にも」


「神殿が虚環の記録を封印したのも、教団の指示だと思っている。証拠はまだないが、状況証拠がある」


「魔族側の状況は」


「魔族側の上層部にも、教団の影響があると聞いている。ただし、俺たちは魔族側の詳細を把握していない」


 カルバが俺を見た。


「魔族側の状況は、オルドが情報を持っているかもしれない。後で確認させる」


「わかりました」


---


 午後、オルドが合流した。


「魔族側の上層部については、俺も調べていた。評議会の中に、石の影響を受けやすい者がいる。意図的に取り込まれているかどうかは不明だが、教団の影響を受けている可能性がある者が、二名から三名いる」


「具体的な名前は」


「今は言わない。証拠が不十分だ。ただし、監視できる体制を作れば、確認できるかもしれない」


「砦と人類側の情報を合わせれば、より精度が上がるか」


「上がる。ただし、情報を共有することで、どちらかから漏れる可能性も上がる」


「管理できる範囲で共有する」


「その判断が正しい」


---


 夕方、ミラナが俺を呼んだ。


「少し話せるか」


「はい」


「感知の話をしたい」


「どういう意味ですか」


「俺たちの陣営に、石の影響を受けた者がいた。あなたの感知があれば、早めに気づけたかもしれない」


「そうかもしれません。ただし、感知は完全ではありません」


「完全でなくても、早期発見の可能性が上がる。砦の守りだけでなく、こちらの内部の確認にも使えるか」


「使えます。ただし、石が実際に使われる前の段階は、感触が薄いです。確信が持てないことの方が多い」


「薄い感触でも、知っているのと知らないのでは違う」


「そうですね」


「あなたが、人類側の陣営の感知を助けることはできるか」


 俺は少し考えた。


「カルバさんの許可が必要です。それと、リーディアさんとも話す必要があります」


「カルバは話し合いの後に確認する。リーディアについては、あなたが判断できることか」


「俺が判断することではありません。ただし、反対しないと思います」


「なぜ」


「リーディアさんは、教団への対応を重視しています。俺が人類側の内部確認を助けることで、教団の動きが早めにわかるなら、反対しない可能性が高いです」


「わかった。カルバに確認してから、改めて話す」


---


 夕食の時間、食堂に入ると、アルヴァンが隅のテーブルにいた。


 一人だった。


 俺はその横に行った。


「隣、いいですか」


「どうぞ」


 俺は座った。


 しばらく、二人とも黙っていた。


「砦の食事は、どうですか」


「悪くない。ただし、陣営の食事と違う味がする」


「どんな味ですか」


「落ち着いている。陣営では、常に何かに備えている味がした。ここは、それが少し薄い」


「砦も戦場の近くですが」


「わかっている。ただし、ここには別のものがある」


「別のもの」


「人が、ここにいる理由を持っている。陣営の兵士は、命令があるからいる。ここの者たちは、自分の理由でいる」


「俺も自分の理由でいます」


「それが感触に出ている」


「感触が出るんですか」


「俺には感知はない。ただし、雰囲気はわかる。あなたが最初に感触と言ったとき、似たことを思っていた」


「どんな雰囲気ですか」


「この砦の者たちは、あなたに対して、最初は疑っていた。今は、疑いが薄れている者が多い。それがわかる」


「見えていたんですね」


「人の顔と動きを見れば、だいたいわかる。戦場では、それが生死に関わるから、自然に覚えた」


「俺は顔に出やすいと言われます」


「出ていた。最初の砦に来た日、緊張と恐怖が混じっていた」


「今は」


「今は、少し違う。緊張はある。ただし、怖れではなく、考えている顔になっている」


「考えることが増えたので」


「何を考えているか」


「これからのことを。教団への対応、人魔共存の可能性、アルヴァンさんがここに来た後どうなるか」


「俺のことを考えているのか」


「いますよ」


「なぜ」


「あなたが動いたことで、今日ここまで来ました。あなたが次にどう動くかで、先が変わります。だから考えます」


 アルヴァンは少し黙った。


「俺は、これから何ができるかわからない。勇者の立場を失った。命令系統の外に出た。ただの人間として動くしかない」


「ただの人間として動く方が、できることが増える場合もあります」


「どういう意味だ」


「勇者として動けば、人類軍の命令に縛られる。ただの人間として動けば、自分の判断で動ける」


「それは、あなたが転移者として動いていることに似ているか」


「似ているかもしれません。俺は最初から、人類軍でも魔族でもない立場でした。だから、自分の判断で動いてきました」


「自分の判断で動くことは、孤立することでもある」


「孤立している感触はありません。仲間がいます」


「仲間がいるから、孤立しない」


「そうです」


 アルヴァンは少し考えた。


「俺にも、仲間がいる。ミラナが来てくれた。他にも二人来た。彼らは、俺の判断を信じて動いている」


「それは、あなたが正しい判断をしてきた証拠です」


「正しい判断かどうかはわからない。ただし、間違ってはいないと思いたい」


「俺も同じです。正しいかどうかわかりません。ただし、間違ってはいないと思いながら動いています」


 アルヴァンが少し笑った。


「また似ているな」


「ミラナさんに言われました。俺とあなたは似ていると」


「ミラナが言ったか」


「正直すぎる点が似ていると」


「それは、ミラナなりの褒め言葉だ」


「そうですか」


「ミラナは、正直な人間を評価する。ただし、素直に褒めない」


「リーディアさんに似ていますね」


「あなたのリーディアという術士は、そういう人間か」


「そうです」


「あなたたちも、似た関係かもしれない」


「どういう意味ですか」


「俺とミラナは、長い時間を一緒に過ごしてきた。言葉がなくても、わかることがある。あなたとリーディアも、短い時間だが、似た状況が見える」


「短いですが、濃い時間でした」


「それは、戦場で共に動いた証拠だ。戦場は時間を縮める」


「なるほど」


「あなたにとって、リーディアはどういう存在か」


 俺は少し考えた。


「言葉にするのが難しいです。ただし、俺がここにいる理由の一部になっています」


「それで十分だ」


「そうですか」


「俺にとってのミラナも、同じだ。言葉にするより、いることで感じることの方が多い」


---


 夜、部屋に戻ると、リーディアがいた。


「アルヴァンと話していたのね」


「食堂で少し話しました」


「どんな話をした」


「似た話が多かったです。正直すぎること、自分の判断で動くこと、仲間がいること」


「俺の話は出たか」


「出ました。あなたとミラナさんが似ているという話になりました」


「どう似ているのか」


「どちらも、正直な人間を評価する。ただし、素直に褒めないと」


 リーディアは少し間を置いた。


「ミラナが言ったか」


「アルヴァンさんが言いました。ミラナさんはそういう人間だと」


「そうか」


「リーディアさんはどう思いますか。ミラナさんとの共通点があると思いますか」


「会ったのは二回だけだ。わからない」


「ただし、保留にはしていない、ですか」


「保留にするほど、接触していない。ただし、話せる人間だとは思っている」


「次に会う機会があれば、話せると思います」


「あるかどうかはわからない」


「砦に来たので、あると思います」


「アルヴァンが砦にいる間は、ミラナも砦にいる。それは確かだ」


「では、機会があります」


「急がなくていい」


「急いでいません。ただし、機会は使った方がいいと思っています」


 リーディアは少し笑った。


「種の話をまたするのか」


「機会も同じだと思っています。使わなければ、意味がない」


「わかった。機会があれば、話す」


「よかったです」


「あなたが仲介するつもりか」


「するつもりはありません。ただし、自然に話せる状況を作ることはできます」


「どうやって」


「俺が両方と話しているので、話題を共有することはできます。それ以上はしません」


「それ以上しないことが、一番自然な仲介だ」


「そうですね」


 リーディアは窓の外を見た。


「今日は、多くのことが変わった」


「そうですね。アルヴァンさんが来た。将軍が教団の者だとわかった。ミラナさんの提案があった」


「あなたの感知は、今日どのくらい機能したか」


「朝の追われている感触の確認と、砦への接触後の周囲の感知は機能しました。ただし、教団の動きが今日は薄かったので、そちらは確認できませんでした」


「薄かったのは、なぜだと思うか」


「教団も、将軍の動きを見ているかもしれません。将軍が俺たちへの攻撃を決める前に、様子を見ているということも考えられます」


「教団は焦っているか、それとも余裕があるか」


「今の感触からは、余裕がある感じがします。ただし、アルヴァンさんが砦に来たことで、計画が変わっているかもしれません」


「余裕があるということは、まだ切り札を使っていないということかもしれない」


「そう思います。怖い言い方をすれば、本当の手はまだ出ていない」


「備えが必要だな」


「はい。ただし、今日一日で、砦に来た仲間が増えました。それは、備えになります」


「増えた仲間が、本当に信用できるかはまだわからない」


「そうですね。ただし、今日の行動から判断すれば、動く理由がある人間たちです」


「動く理由がある人間は、信用できる可能性が高い」


「そう思っています」


 リーディアは俺を見た。


「あなたは今日も、たくさんの人間と話した。消耗しているか」


「少し。ただし、悪い消耗ではありません」


「悪くない消耗とは」


「何かを積み上げた後の疲れです。無駄に消耗した疲れとは違います」


「そういう区別ができるのか」


「最近、わかるようになってきました」


「成長しているな」


「リーディアさんのおかげです」


「また礼を言うのか」


「礼ではなく、事実を言っています」


「同じことだ」


「では事実として受け取ってください」


 リーディアは少しの間、俺を見た。


「受け取った」


「ありがとうございます」


「礼はいらない」


「では、いつか言います」


「いつかはもうたくさんある。別の言い方を考えろ」


「では、積み上げておきます」


「積み上げた礼は、どこに行くのか」


「いつか、別の形で返します」


「どんな形か」


「わかりません。ただし、出てきたとき、それだとわかると思います」


 リーディアはかすかに笑った。


「変なことを言う」


「よく言われます」


「最近ではなく、ずっとか」


「ずっとです」


「それはいい。変なことを言い続けてきたということだから」


「褒められていますか」


「半分はね」


 半分が戻ってきた。


「おやすみ、ソーイ」


「おやすみなさい、リーディアさん」


 俺は目を閉じた。


 今日は多くのことが変わった。


 アルヴァンが来た。


 将軍が教団の者だとわかった。


 砦の仲間が増えた。


 明日、何が来るかはわからない。


 ただし、今日の積み重ねがある。


 それだけで、十四日目は十分だった。


 二つの月が、静かな夜の空に浮かんでいた。


次話は明後日の19:00に投稿します。


2日に1話投稿の予定になります。


よろしくお願いいたします。

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