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第34話 捕虜交換の提案

 十三日目の朝、西から使いが来た。


 夜明けから一時間ほどが経った頃だった。


 俺は見張り台で感知を続けていた。


「西から来ています。一人。昨日のミラナさんの感触と似ています。急いでいます」


 カルバが西の柵へ向かった。


 俺も下りた。


---


 使いは若い兵士だった。


 ミラナからではなく、アルヴァン本人からの手紙を持っていた。


 カルバが受け取り、開いた。


 短い文だった。


 カルバが俺を含めた主要な者たちに内容を伝えた。


「将軍が攻撃命令を強行する可能性がある。アルヴァンは命令に従わないことを選んだ。ただし、単独では動けない。砦側と正式な接触を持つことを求めている。捕虜交換を名目にすることで、正式な接触の場を作れないかとの提案だ」


 ヘルトが言った。


「捕虜交換か」


「砦にも捕虜がいる。先日の戦闘で捕えた者たちだ。人類側にも、魔族の捕虜がいる可能性がある」


「可能性ではなく、手紙にそう書いてある。魔族の捕虜が三人いると、アルヴァンが把握している」


「その捕虜の氏族は」


「ヴァラン氏族だと書いてある」


 ガウンが前に出た。


 医療棟から出られるほど回復していた。


「ヴァランの者か。教団に捕まったのか、人類軍に捕まったのか」


「それは確認できていない。ただし、アルヴァンが把握しているということは、人類軍の捕虜として扱われている可能性がある」


「返してもらえるなら、話に乗る価値がある」


---


 カルバが全員を見た。


「捕虜交換の提案を受けるかどうか、意見を出してくれ」


 ヘルトが言った。


「条件と場所次第だ。砦の中でやるのか、外でやるのか」


「手紙には、灰境線の近く、中立的な場所での交換を提案している」


「中立的な場所を、どうやって決める」


「アルヴァンが指定した場所と、俺たちが確認した場所を照合する。両方が安全と判断した場所でやる」


「感知で確認できるか」


 カルバが俺を見た。


「交換の場で、周囲を感知し続けることができます。ただし、範囲と精度には限界があります」


「限界はわかっている。それでも、感知があるのとないのでは違う」


「はい。何かあれば、早めに知らせることができます」


「賛成の者」


 手が上がった。


 ヘルトは手を上げなかった。


「ヘルト、反対か」


「保留だ。条件が整えば賛成する」


「条件は何だ」


「交換の場に、感知の者が常にいること。双方の人数を同じにすること。武器を見える形で持つが、構えないこと。これが守られるなら、賛成する」


「その条件をアルヴァンに伝える。返答を待つ」


---


 使いが戻っていった。


 返答が来たのは、昼過ぎだった。


 ミラナが直接来た。


「条件を全部受け入れる。アルヴァンが言っていた。感知の者が来るなら、こちらも感知の者に近い存在を連れてくると」


「感知に近い存在とは何か」


「詳しくは教えられないが、異変を察知できる者だと言っていた。お互いに察知できる者を置くことで、不意打ちのリスクを減らす」


「場所の指定は」


「明日の夜明け後、灰境線の東端にある古い石橋の近くを提案している。そこなら双方から等距離だ」


 カルバが俺を見た。


「その場所を知っているか」


「知りません。ただし、地図で確認すれば、感知の範囲として把握できます」


「地図を出す。確認してくれ」


---


 地図で石橋の位置を確認した。


 灰境線の東端。


 砦からは少し遠い。


 人類軍の陣営からも、同じくらいの距離がある。


 俺は地図を見ながら、その方向の感触を確認した。


「今の感触では、その方向に強い動きはありません。ただし、明日の朝に状況が変わる可能性があります」


「変化があれば知らせてくれ」


「はい。ただし、一つ確認したいことがあります」


「何だ」


「教団の動きが、捕虜交換の場に干渉する可能性があります。石橋の周辺に、教団の痕跡がある可能性を考えておく必要があります」


「昨日の戦闘でも、教団の介入があった。今回も同様だと考えるべきか」


「用心しておく方がいいと思います」


「対策はあるか」


「今のところ、石が使われる前の焦げた感触を察知することしかできません。使われてしまうと、感知が潰される可能性があります」


「潰された場合の対処は」


「声を出し続けることで、影響をある程度抑えられることがわかっています。ただし、完全には防げません」


「わかった。全員に伝える」


---


 ミラナに返答が伝えられた。


「明日の夜明け後、石橋の近くで交換を行う。双方の人数は各五名。武器は携帯するが構えない。感知の者は各一名。これで合意できるか」


「合意する。アルヴァンが来る。私も来る。残り三名は護衛だ」


「砦側は、カルバとソーイ、それからヘルト、ダルグ、オルドが来る」


「オルドという名の老人か。聞いていた」


「知っているのか」


「古い知識を持つ老僧という話を、転移者から聞いた。話せるなら話したい」


「本人に伝える」


---


 夕方、砦の主要な者が集まった。


 明日の捕虜交換について、最終確認をするためだった。


「感知の状況を教えてくれ」


 カルバが俺に言った。


「石橋の方向に、今のところ異常な感触はありません。ただし、夜の間に変化する可能性があります。朝に再確認が必要です」


「朝に確認する。それまで何かあれば起こしてくれ」


「わかりました」


「ヴァランの捕虜について、ガウン、確認しているか」


 ガウンが前に出た。


「氏族の仲間が三人、人類軍に捕まっている可能性がある。石の影響を受けていたかどうかは、会ってみないとわからない」


「影響を受けていた場合、どうする」


「受け入れる。ただし、オルドに見てもらう必要がある。石の影響が残っている者を、砦に入れると危険な場合がある」


「オルド、対応できるか」


「できる。石の影響の程度を確認して、隔離が必要かどうか判断する」


「わかった」


 ヘルトが言った。


「明日の交換は、情報収集の場でもある。アルヴァンと直接話す機会を、最大限に使うべきだ」


「何を話すべきだと思うか」


「教団の具体的な動きについて、人類軍側が把握している情報を引き出す。将軍との関係がどうなっているかも確認する」


「アルヴァンは話してくれると思うか」


「昨日の行動から見て、話す気はある。ただし、どこまで話せるかは、立場の問題もある」


「立場が危うくなっているかもしれないのに、来るということだ」


「だからこそ、信用できる可能性がある」


---


 夜、俺はリーディアと話した。


「明日、捕虜交換の場に行く」


「知っている。ダルグから聞いた」


「どう思いますか」


「行くべき場所だと思う」


「危険ですか」


「危険ではないとは言えない。ただし、行かなければ変わらない」


「俺が行く意味は何ですか」


「感知だ。それから、アルヴァンとの繋がり」


「繋がりとは」


「アルヴァンは、あなたに話したいことがある。それは昨日からわかっていた。あなたが行くことで、話が前に進む可能性がある」


「何を話したいのかは、わかりません」


「行けばわかる」


「シンプルですね」


「複雑に考えても、行かなければ始まらない」


「そうですね」


 リーディアは少し間を置いた。


「明日、私は行かない」


「砦に残るんですか」


「五名という条件だから、俺は入っていない。カルバが選んだメンバーでいい」


「心配ですか」


「心配はしている。ただし、ヘルトとダルグがいれば、戦闘になっても対応できる」


「俺の心配は」


「感知があれば、先手が取れる。ただし、石が使われた場合は注意しろ」


「声を出し続けます」


「わかっている。それと、もう一つ」


「はい」


「アルヴァンに何かを感じたら、すぐに言葉にしろ。感知で読んだことは、その場で伝えた方がいい。後では遅い場合がある」


「昨日の戦闘でも、その場で伝えることが大事だと感じました」


「そうだ。感知は、感じた瞬間に使ってこそ価値がある」


「わかりました」


 リーディアは窓の外を見た。


「石橋の方向、今の感触は」


「静かです。動きはありません」


「朝まで静かならいい」


「そうですね」


 しばらく静かな時間があった。


「リーディアさん」


「何」


「俺が行っている間、砦は大丈夫ですか」


「大丈夫よ。砦長がいる。ヴァランの者たちもいる。感知がなくても、守れる」


「俺がいなくても大丈夫ということですね」


「いない方が大丈夫ということではない。いなくても、なんとかなるということだ」


「その違いは大事ですか」


「大事よ。いない方が大丈夫なら、あなたはここに必要ない。いなくてもなんとかなるが、いる方がいい。それが今の状況だ」


「俺がいる方がいいということですか」


「そう言っている」


「ありがとうございます」


「礼を言わなくていい」


「では、いつか言います」


「いつかでいい」


 リーディアは少しだけ笑った。


「おやすみ、ソーイ」


「おやすみなさい、リーディアさん」


---


 夜の間、俺は何度か目を覚まして感知を確認した。


 石橋の方向は静かだった。


 北も静かだ。


 西も変わりない。


 ただ、夜明け前に、かすかな変化があった。


 石橋の方向から、薄い焦げた感触が届いた。


 弱い。


 気のせいかもしれない。


 ただし、気のせいではないかもしれない。


 俺は起き上がった。


「リーディアさん」


 リーディアが目を開けた。


「何」


「石橋の方向に、薄い焦げた感触があります。弱いですが、確認できます」


 リーディアが立ち上がった。


「カルバに伝える」


「今すぐですか」


「今すぐだ。交換の前に、場所を確認する必要がある」


---


 カルバが素早く動いた。


「石橋の周辺に、教団の痕跡があるかもしれない。夜明けに先行して確認する」


「誰が行くか」


「オルドとソーイで、距離を保ちながら確認する。全員は行かない。痕跡の確認だけだ」


「わかりました」


---


 夜明け前、俺とオルドで石橋に向かった。


 距離を保ちながら、感知を続けた。


 焦げた感触が、近づくにつれて少し強くなった。


「石が近くにある可能性があります」


「どのくらい近い」


「橋の手前、百歩ほどの場所に感触が集まっています」


 オルドは計測杖を取り出した。


「私も確認する」


 オルドが杖を前に向けた。


「魔力の乱れがある。石の影響に近い性質だ」


「石が置かれているんですか」


「あるいは、石を一度使った痕跡が残っているだけかもしれない。最近使われた跡だ」


「誰が使ったと思いますか」


「昨夜のうちに、誰かがここを通った。石を持っていた者が、このあたりで石を使った」


「捕虜交換の場を妨害しようとしているということですか」


「可能性として。教団が、今日の交換を知っている可能性がある」


「アルヴァンさんの陣営から、情報が漏れているということですか」


「わからない。ただし、この場所に石の痕跡があることは、偶然とは思いにくい」


「カルバさんに伝える必要がありますね」


「そうだ。ただし、交換をやめるかどうかは、カルバが判断する」


---


 砦に戻り、カルバに報告した。


「石の痕跡が、橋の手前にある。昨夜使われた跡だ」


「教団が交換を妨害しようとしている可能性がある」


「そう判断しています」


「交換の場所を変えるべきか」


「オルドが言っていました。痕跡は、石を一度使った跡かもしれない。石そのものが置かれているかどうかは、確認できていません」


「石が残っていないなら、痕跡だけということか」


「使われた後なら、効力は薄い可能性があります。ただし、別の石が持ち込まれている場合は、また違います」


 カルバはしばらく考えた。


「アルヴァンに伝えるべきか」


「伝えた方がいいと思います。教団の動きについて、お互いに情報を持っているなら、共有した方が対応できます」


「アルヴァンが来る前に、使いを出せるか」


「今から出せば、間に合うかもしれません」


「出す。ソーイ、一緒に来てくれ。あなたの感知の報告を、直接アルヴァンに伝えてほしい」


「わかりました」


---


 使いと一緒に、俺とカルバで西の柵まで行った。


 ミラナが出迎えた。


「早い。何かあったか」


「石橋の周辺に、石の痕跡がある。昨夜使われた跡だ。教団が動いている可能性がある」


 ミラナの表情が変わった。


「アルヴァンに伝える。少し待ってくれ」


 ミラナが戻ってきたのは、すぐだった。


「アルヴァンが言っていた。知っている、と」


「知っているとは」


「昨夜、陣営の中で石が使われた兵士がいた。教団の者が混じっていた可能性があると、今朝確認した」


「陣営の中に教団の者がいるということか」


「今朝、一人を特定して拘束した。ただし、その者が石橋まで行ったかどうかは確認できていない」


「なぜ今朝まで気づかなかったのか」


「昨夜の陣営の乱れで、判断が遅れた。将軍との関係もある」


 カルバは少し考えた。


「交換を続けるかどうか、アルヴァンはどう思っているか」


「続けたいと言っている。ただし、石の痕跡があるなら、対策が必要だと」


「対策は何か」


「感知の者を二名にしたいと提案している。双方から一名ずつ、橋の手前で待機する。痕跡がある場所より手前で、感知し続ける」


「俺たちの感知が機能する範囲が問題だ」


 カルバが俺を見た。


「橋の手前、百歩の場所に痕跡があった。そこより手前から感知すれば、橋の上と周辺の動きをどこまで拾えるか」


「百歩の距離なら、かなり拾えます。ただし、石が砕けた場合は、感知が潰される可能性があります」


「潰されるまでの時間は」


「一瞬です。砕けた瞬間に感触が消えます。ただし、砕く直前の準備の動きを、少し前から感じ取れる場合があります」


「その少し前に、退避の合図を出せるか」


「できます。ただし、確実ではありません」


「確実でなくても、あるとないでは違う」


「はい」


 ミラナが言った。


「アルヴァンも同じことを言っていた。確実でなくても、備えがあれば動ける」


「交換を続ける。ただし、石の痕跡がある場所より手前に、感知の者を置く。俺たちはその場所まで来て、安全を確認してから橋に近づく。これでどうか」


「アルヴァンに確認する」


 ミラナが戻り、またすぐに来た。


「同意する。感知の者は橋の手前二百歩で待機。双方から一名ずつ。異常があれば、互いに知らせる」


「わかった。夜明け後に、予定通り石橋へ向かう」


---


 夜明け後、砦の五名が石橋へ向かった。


 カルバ、ヘルト、ダルグ、オルド、俺。


 俺は歩きながら、周囲を感知し続けた。


「今のところ、攻撃の気持ちはありません。西の方向から、昨日と同じ五名の感触が近づいています」


「アルヴァンたちだな」


「感触の質から判断すると、そうです」


 石橋が見えてきた。


 古い石造りの橋だ。


 幅は三人が横に並べる程度。


 橋の上に、人影は見えない。


「橋の手前二百歩の場所で止まる」


 カルバが言った。


 全員が止まった。


 西側からも、人が近づいてくるのが見えた。


 アルヴァンの感触が、強く感じられた。


 そして、もう一つ。


 アルヴァンたちの後ろに、別の感触があった。


「アルヴァンさんたちの後方に、別の感触があります。距離があります。三つか四つ。待機しています」


「護衛か、別の者か」


「待機の感触です。攻撃の気持ちはありません。ただし、何かを見ている感触があります」


「将軍の監視かもしれない」


「可能性があります」


 アルヴァンたちが止まった。


 橋の手前、こちらと同じくらいの距離だった。


 互いに止まった状態で、しばらく向き合った。


 アルヴァンが前に出た。


 武器は腰にあるが、手は離れていた。


「カルバ砦長。会えた」


「アルヴァン勇者。今日は来てくれた」


「捕虜を連れてきた。三名、ヴァランの者たちだ」


 後ろから、三人が前に出てきた。


 疲弊した顔をしていた。


 ガウンが昨日説明していた通りの状態に見えた。


「こちらも、交換する捕虜を連れてきた」


 砦側の捕虜が三名、前に出た。


「交換の前に、一つ確認させてくれ」


 アルヴァンが言った。


「捕虜が、石の影響を受けているかどうかを確認したい。向こうの捕虜については、砦側が確認してくれるなら、こちらも確認する」


「オルドが確認できる」


「こちらは、私の仲間が確認する」


 互いに頷いた。


 オルドが前に出た。


 計測杖で、ヴァランの三名を確認し始めた。


 アルヴァンの横に立っていた者が、砦側の捕虜に近づいた。


 俺はその者を感知した。


 変わった感触だった。


 感知に近い能力を持っているかもしれない感触。


 魔力核の有無とは関係なく、何かを察知している感触。


 確認が終わった。


 オルドが戻ってきた。


「ヴァランの三名のうち、二名に石の影響の痕跡がある。ただし、今は薄い。隔離と経過観察が必要だが、危険な状態ではない」


「わかった。受け入れる」


「砦側の捕虜については」


 アルヴァンの仲間が言った。


「二名に影響の痕跡がある。同様の状態だ」


「それも伝える」


---


 捕虜の交換が始まった。


 橋の上に、双方の捕虜が出てきた。


 歩いて、互いの側に渡る。


 静かな交換だった。


 俺は感知を続けた。


 周囲の感触。


 橋の上の感触。


 後方で待機している感触。


 変化はない。


 全員が静かに動いている。


 教団の焦げた感触は、今日は感じない。


 昨夜の痕跡が残っているだけで、今日は使われていないらしい。


「全員、渡った」


 カルバが確認した。


「交換が完了した。アルヴァン勇者、今日は来てくれてありがとう」


「礼を言うのは俺の方だ。文書と、今日の交換と、石の情報を共有してくれた」


「次の接触はどうする」


「将軍との関係が、今日以降どうなるかによる。悪い方向になれば、しばらく動けないかもしれない」


「悪い方向とは」


「命令違反として処分される可能性がある。その場合、使者を送ることも難しくなる」


「その前に、一つだけ確認させてくれ」


 カルバが俺を見た。


「ソーイに話させたい」


 俺は少し驚いたが、前に出た。


「アルヴァンさん」


「転移者」


「今日の感知で、一つ確認できたことがあります」


「何か」


「昨夜、石橋の周辺で石が使われた痕跡がありました。あなたの陣営でも、石を持つ者が確認されていました。教団は、今日の交換を事前に知っていた可能性があります」


「それは俺も考えていた」


「情報が漏れているとすれば、どこからだと思いますか」


 アルヴァンは少し間を置いた。


「将軍の周辺だと思っている。ただし、確証はない」


「将軍が教団と繋がっているなら、あなたが持っている情報も、教団に届く可能性があります」


「わかっている。だから、今日あなたたちに伝えた情報の一部は、将軍には話していない」


「将軍に話していない情報を、俺たちに共有しているということですか」


「そうだ。信用の問題だ」


「俺たちを、将軍より信用しているということですか」


「今のところ、そういう判断だ」


 俺はその言葉を確認した。


 嘘ではない。


 アルヴァンの感触に、揺れはなかった。


「わかりました。俺たちも、同じ判断をします」


「どういう意味だ」


「今日交換した情報と、石の痕跡の件は、砦の内部で共有します。ただし、外部には出しません。教団の情報が漏れないよう、管理します」


「それは、俺たちへの信用を示しているということか」


「そうです」


 アルヴァンは少しの間、俺を見た。


「転移者、あなたは面白い人間だ」


「よく言われます」


「ここに来て、どのくらい経つ」


「砦に来てから、十三日です。最初の集落を含めると、もう少し長いです」


「その間に、砦の者たちに受け入れられたか」


「半分くらいは。まだ残り半分が残っています」


「半分でも、短い間によく動いた」


「少しずつ積み上げるしかありません」


「それが、あなたのやり方か」


「俺にはそれしかありません。強くもなく、速くもなく、知識も少ない。積み上げるしかできないので」


 アルヴァンは少し笑った。


 初めて笑った顔を見た。


「俺も、似たことを思う場面がある」


「勇者でもですか」


「勇者だから、強さで全部解決できると思われる。ただし、強さだけでは解決できないことが多い。そのときは、積み上げるしかない」


「同じですね」


「似ているな」


 ミラナが横で言った。


「二人とも、似た話し方をするな」


「そうですか」


「正直すぎる点が似ている」


「ミラナさん、俺の話し方をそう見ていたんですか」


「見ていた。アルヴァンも同じだ。正直すぎて、読まれやすい」


「読まれることが弱点ですか」


「弱点でもあり、強みでもある。正直な人間を信用する者は多い」


「リーディアさんにも、似たことを言われました」


「リーディアという術士か。賢い人間だと思う」


「彼女に伝えます」


「伝えなくていい。照れくさい」


 ミラナが少しだけ笑った。


 今日で三度目だった。


---


 互いに戻り始めた。


 アルヴァンが最後にもう一度振り返った。


「処分になっても、できる範囲で動く。何かあれば、使者を送る」


「こちらも、使者を送れる体制を作っておく」


「次に会うのがいつになるかはわからない。ただし、今日の話は無駄にしない」


「俺たちも、無駄にしない」


 アルヴァンが歩き始めた。


 俺は感知で、遠ざかる感触を追った。


 迷いが薄くなっていた。


 決意が固まっている感触だった。


---


 砦に戻ると、リーディアが待っていた。


「無事か」


「無事です」


「捕虜交換は」


「成功しました。ヴァランの三名が戻ってきました。石の影響が一部残っていますが、オルドさんが対応します」


「アルヴァンとは話せたか」


「話せました。将軍との関係が悪化する可能性があること、教団の情報が漏れている可能性があること、それでも動き続けると言っていました」


「感触は」


「揺れていませんでした。決意が固まっていました」


「それでいい」


 リーディアは少し間を置いた。


「ミラナはどうだった」


「俺とアルヴァンさんが正直すぎると言っていました。リーディアさんのことを、賢い人間だとも言っていました」


「私のことを言っていたのか」


「伝えなくていいと言っていましたが、伝えました」


「なぜ伝えた」


「伝えた方がいいと思ったので」


「俺の言葉を無視したのか」


「ミラナさんの言葉より、俺の判断を優先しました」


 リーディアは少しの間、俺を見た。


「照れくさい、とは言わないのか」


「照れくさいですが、それより伝えたかった気持ちが強かったので」


「そうか」


 リーディアは少しだけ笑った。


「今日はよくやった」


「ありがとうございます」


「礼はいらない」


「では、いつか言います」


「いつかでいい」


 砦の十三日目が終わろうとしていた。


 捕虜が戻ってきた。


 情報が共有された。


 アルヴァンとの繋がりが、また少し深まった。


 明日、どうなるかはわからない。


 ただ、今日の積み重ねが、明日の土台になる。


 それだけは確かだった。


 二つの月が、夕暮れの空に出始めていた。


次話は明後日の19:00に投稿します。


2日に1話投稿の予定になります。


よろしくお願いいたします。

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