第32話 守りたい相手
十一日目の夜、人類軍の陣営は静かだった。
天幕の中で、アルヴァンは地図を見ていた。
ミラナが戻ってきたのは、夜の鐘が二度鳴った後だった。
「返答は明日の朝に来る。砦長が判断する」
「どう見えた」
「断らなかった。ただし、即答もしなかった。慎重な人間だ」
「転移者は」
「感知していた。私が柵に近づいた瞬間に、砦長に知らせていた」
「精度が高い」
「昨日より確信が深まった。あの感知は、教団の動きを追うのに使える」
アルヴァンは地図から目を上げた。
「ミラナ、一つ聞いていいか」
「何だ」
「転移者を、どう見ている」
ミラナは少し考えた。
「信用するには早い。ただし、話せる人間だと思っている」
「それだけか」
「それだけではないかもしれない」
「どういう意味だ」
ミラナは椅子に腰を下ろした。
「あの人間は、嘘が下手だと自分で言っていた。嘘が下手な人間が、魔族の砦に自分の意思でいる。それは、相当の理由があるということだ」
「理由は聞いたか」
「聞いた。人間と魔族が、本当に争うしかないのかを見たいと言っていた」
「それを信じるか」
「信じるかどうかより、その言葉を言える人間がここにいるということが、意味を持つと思っている」
アルヴァンは少し間を置いた。
「俺も同じことを感じた」
「昨日の話し合いでか」
「そうだ。あの人間と話して、自分が疑問に思っていたことが、おかしくなかったと確認できた気がした」
「おかしくなかった、とは」
「戦争を続けることへの疑問だ。なぜ俺たちは争い続けているのか。教団が関与しているなら、争いの根が別にある。そう思っていたが、確信が持てなかった」
「転移者の言葉が、確信になったのか」
「確信ではない。ただし、方向が間違っていないと思えた」
ミラナはアルヴァンを見た。
しばらく黙っていた。
「あなたは、以前からそういうことを考えていたのか」
「考えていた。ただし、口に出せなかった」
「なぜ」
「勇者が、戦争に疑問を持つことは、許されない雰囲気があった。戦え、倒せ、勝て。それが勇者に求められることだった」
「それが嫌だったのか」
「嫌というより、合わなかった。俺が思う勇者像と、周りが求める勇者像が、ずっとずれていた」
ミラナは少し考えた。
「あなたが思う勇者像とは」
「守ることだ。倒すことではなく、守ること。戦争を終わらせることで、誰かを守ること」
「勝つことで守るのではなく」
「勝つことで守れる場合もある。ただし、勝たなくても守れる方法があるなら、そちらを選びたい」
ミラナは少し間を置いた。
「ずっとそう思っていたのか」
「ずっとではない。ただし、前線に出て、死ぬ人間を見続けているうちに、強くなった」
「前線に来る前は」
「単純だった。強くなれば守れると思っていた」
「今は違うのか」
「強さだけでは守れないことが、前線で多すぎた」
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天幕の外で、風が吹いた。
布が揺れる音がした。
ミラナは立ち上がった。
「私は見張りの確認をしてくる」
「ありがとう」
「礼を言う必要はない」
ミラナが出ていこうとした。
「ミラナ」
「何だ」
アルヴァンは少し間を置いた。
「今回の件、無理に付き合わせているのかもしれない。危険もある」
「何が言いたいのか」
「あなたには、俺の判断に従う義務はない。もし別の判断をしたいなら」
「アルヴァン」
ミラナの声が、少し低くなった。
「そういうことを言うな」
「なぜ」
「私が従うのを、義務だと思っているなら、今まで見ていなかったということになる」
アルヴァンは少し止まった。
「義務ではないと、そう思っているが」
「思っているなら、言うな。言葉にすると、義務かどうかを確認している言葉になる」
「それは、俺の言い方が悪かった」
「そうだ」
ミラナは扉に手をかけた。
「私があなたについてくるのは、あなたの判断が今のところ間違っていないからだ。間違えれば言う。今は言うことがない」
「それだけか」
「それだけよ」
「わかった。ありがとう」
「また礼を言う。いい加減にしろ」
ミラナが出ていった。
アルヴァンは地図を見た。
ミラナが出ていった後の天幕は、少し静かすぎた。
礼を言うと怒られる。
それは昔からだった。
ミラナが横にいることが当たり前になっていた。
当たり前になっているものは、なくなるまで気づきにくい。
アルヴァンはそのことを、前線に来てから何度か考えた。
なくなる前に気づいた方がいい。
ただし、気づいていることを言葉にすると、ミラナに怒られる。
難しい問題だった。
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翌朝、砦から使いが来た。
ミラナが対応した。
使いは若い兵士で、短い言葉を伝えた。
「砦長から伝言です。本日の夕方、情報の共有に応じる用意があります。昨日と同じ条件で、代理一名が砦に入ることを許可します」
「わかった。夕方に行く」
使いが去った。
ミラナがアルヴァンに伝えた。
「応じると言ってきた」
「砦長の判断が速い」
「慎重な人間が、速い判断をした。それだけ状況を理解しているということだろう」
「ミラナ、今日の代理は俺が行く」
ミラナは少し止まった。
「俺が行くということか」
「そうだ。転移者と話したいことがある」
「将軍の目がある。あなたが単独で動くのは、昨日より難しい」
「昨日より難しいことはわかっている。ただし、今日俺が行かなければ、二日という期限の中で何も変わらない可能性がある」
「何を変えたいのか」
「情報の共有だけではなく、直接話すことで、次の段階に進めるかどうかを確認したい」
「次の段階とは」
「共闘の可能性だ」
ミラナは少しの間、アルヴァンを見た。
「一足飛びすぎないか」
「一足飛びかもしれない。ただし、二日という期限の中では、段階を一つ飛ばすしかない場合がある」
「砦側が受け入れるかどうか」
「受け入れなければ、そこまでだ。ただし、転移者の感触から見て、話す価値がある相手だと思っている」
「私の感触からもそう見えた。ただし、俺が行くことのリスクは高い」
「わかっている」
ミラナは腕を組んだ。
「将軍に、今日の動きをどう説明するのか」
「偵察の続きと言う。砦の動向を直接確認する必要があると」
「信じるか」
「信じないかもしれない。ただし、動かなければ確実に攻撃命令に従うしかない」
「わかった。一つだけ条件がある」
「何だ」
「私も行く。一人では行かせない」
「それは」
「条件だ。呑めないなら、あなたを行かせない」
アルヴァンは少しの間、ミラナを見た。
「一緒に行けば、二人分のリスクになる」
「それでも行く」
「なぜ」
「一人で行かせると、何かあったときに取り返しがつかない。二人なら、一方が判断を誤ったとき、もう一方が止められる」
「俺が判断を誤ると思っているのか」
「可能性として考えている。あなたは今、少し先を見すぎている」
「先を見ることが間違いか」
「間違いではない。ただし、先を見すぎると、足元を見落とす。私が足元を見る」
アルヴァンは少し考えた。
「砦側が、二人を受け入れるかどうかわからない」
「交渉する。昨日と同じ条件で二人ならば、一人より情報が多く来ると言えばいい」
「説得できるか」
「やってみる」
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砦に連絡が入ったのは、昼過ぎだった。
俺は見張り台で感知を続けていた。
「西から来ています。昨日と同じ感触が二つ」
「二つか」
カルバが少し考えた。
「昨日は一人だった。今日は二人で来るということか」
「昨日のミラナさんの感触と、もう一つ、強い感触があります」
「強い感触とは」
「昨日より強い。突出している。勇者の感触に近い」
カルバは少し止まった。
「勇者が来るということか」
「可能性が高いと思います」
「ミラナが代理ではなく、アルヴァン本人が来るということか」
「感触から判断すると、そうだと思います」
カルバは少しの間、黙った。
「ヘルトを呼べ」
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ヘルトが来た。
「勇者が来る可能性がある。ソーイの感知では、強い感触が西から近づいている」
「昨日と話が違う」
「代理ではなく、本人が来ることもある。ただし、砦に入れるかどうかは、今から判断する」
「リスクが違う」
「違う。ただし、メリットも違う。勇者と直接話せるなら、情報の精度が上がる」
「罠の可能性は上がらないか」
「上がる可能性はある。ただし、勇者が単独で来るなら、砦の中で対応できる」
「ダルグを呼んだ方がいい」
「呼ぶ。それから、ソーイに感知を続けてもらう。何かあれば即座に知らせてもらう」
カルバはヘルトを見た。
「あなたの判断は」
「入れることには反対しない。ただし、条件を厳しくする」
「どんな条件が必要だと思うか」
「武器を外で預けること。砦の中での移動を制限すること。感知が常に機能していること。この三つは最低限だ」
「同意する」
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西の柵の前に、アルヴァンとミラナが立っていた。
俺はカルバの横に立って、感知を続けていた。
アルヴァンの感触は、今日は昨日と違う。
迷いが薄くなっている。
決意している。
何かを決めてきた。
「アルヴァン・レイク勇者、本人が来たとは思わなかった」
カルバが言った。
「代理では伝えられないことがある。直接話したかった」
「入れることはできる。ただし、条件がある。武器をここに預けること。砦内での移動は指定した場所のみ。感知が常にあなたを確認している。これは外せない」
「同意する」
アルヴァンは腰の長剣を外した。
ミラナも、腰の短剣を外した。
二人が武器を預けた。
カルバが頷いた。
「入れ」
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広場に四人が向かい合った。
カルバとヘルト。
アルヴァンとミラナ。
俺は横で感知を続けていた。
「昨日と同じ条件で話し合いをしたい」
「同意する。ただし、今日はあなた本人が来た。理由を聞かせてくれ」
「昨日の話し合いで、次の段階に進める可能性があると判断した」
「次の段階とは」
「情報の共有だけではなく、教団への具体的な対応について話したい」
カルバは少し考えた。
「具体的な対応とは、共闘を意味するのか」
「共闘という言葉を使う段階ではない。ただし、同じ敵を持つ者として、協力できることがあるかどうかを確認したい」
「同じ敵というのは、教団のことか」
「そうだ。人類軍も魔族も、教団に利用されているとすれば、どちらにとっても教団は敵になる」
ヘルトが言った。
「その論理は理解できる。ただし、教団を共通の敵と認めたとして、人類軍と魔族の間にある争いはなくならない」
「なくならない。ただし、争いの根が変わる可能性がある」
「どう変わる」
「教団が戦争を利用しているなら、教団を排除することで、戦争を続ける理由の一部がなくなる。全部ではないが、一部が変わる」
「一部が変わることが、全体を変えるとは限らない」
「限らない。ただし、一部から変えなければ、全体は変わらない」
広場が静まった。
俺は感知を続けていた。
アルヴァンの感触が、安定していた。
決意している感触。
揺れていない。
ただし、ミラナの感触が少し変化していた。
アルヴァンを確認している感触。
心配している、に近い何か。
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「転移者に聞きたいことがある」
アルヴァンが俺を見た。
「はい」
「あなたは昨日、人間と魔族が共存できるかどうかを、保留にしていると言った」
「はい」
「今日も、保留か」
「今日は、少し変わりました」
「どう変わった」
「昨日より、できる可能性が高くなったと思っています」
「なぜ」
「あなたが今日来たからです」
アルヴァンは少し止まった。
「俺が来たことが、理由になるのか」
「二日という期限の中で、危険を冒して来た。それは、言葉だけではない行動です。行動がある言葉は、言葉だけより重い」
「俺の行動が、あなたの判断を変えたのか」
「変えたというより、確認させてくれました。争うしかない人間なら、こういう行動はしない。だから、少し近づきました」
アルヴァンはしばらく俺を見た。
「転移者、もう一つ聞いていいか」
「はい」
「あなたは、この戦争が終わった後のことを考えているか」
「考えようとしています。ただし、まだ終わった後の形が見えていません」
「形が見えなくても、終わってほしいと思うか」
「思っています。ただし、どう終わるかによって、終わった後が変わると思っています」
「どう終わればいいと思うか」
「勝ち負けではなく終わることが、いいと思っています。ただし、それが可能かどうかは、わかりません」
「勝ち負けではなく終わることを、俺も考えている」
「知っています」
「なぜ知っている」
「昨日、守ることが目的だと言っていました。勝つことで守るのではなく、守るために終わらせることを考えている人間だと感じました」
アルヴァンは少し驚いた顔をした。
「それは、誰から聞いた」
「誰からも聞いていません。感触と、昨日の言葉から、そう感じました」
「感触でそこまでわかるのか」
「わかるわけではありません。読み違いの可能性があります。ただし、外れていますか」
アルヴァンは少しの間、答えなかった。
「外れていない」
「なら、読み違いではなかったです」
ミラナが横で、小さく息を吐いた。
何かを感じているらしい。
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「情報の共有を始めたい」
カルバが言った。
「同意する」
「ただし、今日すべてを出すわけではない。まず、教団の石の影響についての記録を見せる。その内容を確認してから、次の段階を話し合う」
「わかった」
カルバがオルドを呼んだ。
オルドが記録を持ってきた。
薄い手帳が一冊。
石の影響を受けた者たちの証言と、オルドが調べた内容が書かれていた。
アルヴァンとミラナが手帳を読んだ。
しばらく、二人とも黙っていた。
アルヴァンの感触が変化していた。
確認から、確信に変わっていく感触だった。
「これは、我々が前線で見た現象と一致する」
アルヴァンが言った。
「具体的にはどの部分か」
「石が砕けた後、兵士の行動が変わる部分だ。俺も似た場面を見た。石の声に従う者が出ると、命令系統が乱れる。その乱れが、戦況を変える場面があった」
「教団は、その乱れを意図的に作り出しているということか」
「そう疑っている。ただし、証拠がなかった」
「この記録が証拠になるか」
「証拠の一部にはなる。ただし、人類側の指揮官に持っていくには、もう少し強い証拠が必要だ」
「どんな証拠が必要か」
「石を使っている者を現行で捕まえることか、あるいは教団の命令書のようなものが必要だ」
「命令書は難しい。ただし、石を使っている者なら、この砦の捕虜の中にいる」
アルヴァンが少し止まった。
「捕虜の中に」
「先日の戦闘で、教団の者と思われる者を捕えた。石を持っていた。まだ割れていないものもある」
「その者たちに話を聞けるか」
「あなたが直接話せるかどうかは、今日すぐには判断できない。ただし、石を持っていた者の証言を、文書にまとめることはできる」
「それをいつ用意できるか」
「一日あれば用意できる。ただし、今日の話し合いがここまで続くとは思っていなかったので、準備していなかった」
「明日、用意できるか」
「明日の夕方までなら、可能だ」
「明日の夕方に、また来ることは許可されるか」
カルバは少し考えた。
「今日の話し合いの結果を見て判断する。今のところ、来ることを断る理由はない」
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話し合いが終わった。
アルヴァンとミラナが武器を受け取り、柵の外に出た。
アルヴァンが出る前に、俺を振り返った。
「転移者、また話せてよかった」
「俺もです」
「明日も来る。あなたともまた話したい」
「俺は感知の担当なので、話す時間があるかどうかはわかりません」
「あれば話したい。なければ仕方ない」
「あれば、話しましょう」
アルヴァンが頷いた。
ミラナが俺を見た。
「あなたは、毎回正直だな」
「嘘が下手なので」
「それが強みになることがある」
「そうですか」
「なる。正直な人間の言葉は、信用の積み上げ方が速い」
「そういう考え方は、俺にはありませんでした」
「なければ、覚えておけ。あなたに必要なことだと思う」
ミラナが出ていった。
---
カルバが俺に言った。
「今日の感知、何か気づいたことはあるか」
「アルヴァンさんの感触が、話し合いの中で変化しました。迷いから、確信に変わる過程がありました」
「確信とは、何への確信か」
「教団が共通の敵だという確信です。記録を読んでいるとき、一番感触が変化しました」
「記録が決め手になったか」
「そう思います。あとは、ミラナさんの感触が少し気になりました」
「どういう感触だったか」
「アルヴァンさんを確認している感触でした。話し合いの内容ではなく、アルヴァンさんの様子を確認していた」
「心配していたということか」
「そう感じます。アルヴァンさんが感触として確信に変わっていくにつれて、ミラナさんの確認の感触が少し緩んでいきました」
「確信を持ったアルヴァンを見て、安心したということか」
「そういう解釈もできます」
「面白い観察だ。それは、二人の関係について何かを示しているか」
「ミラナさんは、アルヴァンさんを信頼しているだけでなく、心配もしている。そういう関係だと思います」
「それが、今回の件にどう影響するか」
「ミラナさんがアルヴァンさんを心配しているなら、アルヴァンさんが正しい判断をしている限り、ミラナさんは動く。逆に、誤った判断をすれば、ミラナさんが止める。安定した判断を持つ人間が横にいるということです」
「砦側にとって、それは有利な情報か」
「有利だと思います。アルヴァンさんが暴走する可能性が低い。ミラナさんが止めるから」
カルバは少し考えた。
「よく観察している」
「感知は、感情も少し拾います。ただし、読み違いの可能性はあります」
「わかっている。一つの情報として受け取る」
---
夜、リーディアが来た。
「今日の話し合い、ダルグから聞いた」
「俺の感知についても聞きましたか」
「ミラナの感触の話を聞いた。彼女がアルヴァンを心配していたという話だ」
「はい」
「どう思った」
「自然な感触だと思いました。一緒に戦ってきた仲間を心配するのは、普通のことだと思います」
「あなたは、私のことを心配するか」
俺は少し驚いた。
「心配します」
「どんなときに」
「黒燐火の魔力が少なくなってきているときです。銀紋の浮き方で、大体わかるようになりました」
「感知で感じるのか」
「感知ではなく、目で見て判断します。あとは、戦闘中に俺が前に出すぎて、リーディアさんとの距離が開いたときも、心配します」
「なぜ」
「距離が開くと、防線号令が届きにくくなります。リーディアさんが撃てる位置に俺が誘導できなくなります」
「実用的な心配だな」
「それだけではないですが」
「それだけではない」
「実用的でない部分は、言葉にしにくいです」
リーディアは少し間を置いた。
「言葉にしなくていい」
「いいんですか」
「言葉にすると、余計なことを考える。今のままでいい」
「わかりました」
リーディアは窓の外を見た。
「ミラナが、アルヴァンを心配している感触があった。それは、あなたが私に感じる感触と似ているのか」
「似ているかどうか、比較したことがないのでわかりません」
「比較しなくていい。ただし、似ていると仮定すれば」
「仮定すれば」
「ミラナが感じているものが、少し想像できる気がした」
「どういう感触か、想像できますか」
「心配しているけれど、心配していることを言葉にすると、かえって弱くなる感じがして、言えない」
「そういう感触ですか」
「そう想像した」
俺はその言葉を、胸の中に置いた。
「リーディアさんも、そういう感触がありますか」
「あるかもしれない。ただし、確認はしない」
「確認しなくていいです」
「なぜ」
「確認しなくても、感じているものは感じている。言葉にしなくても、なくなるわけではないと思うので」
リーディアは少しの間、黙った。
「おやすみ、ソーイ」
「おやすみなさい、リーディアさん」
俺は目を閉じた。
北は静かだ。
明日、またアルヴァンが来る。
二日という期限の、最後の日が来る。
何かが決まる日だった。
十二日目が来るまで、眠ることにした。
次話は明後日の19:00に投稿します。
2日に1話投稿の予定になります。
よろしくお願いいたします。




