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第30話 互いの正義

 十日目の朝、話し合いの準備が整った。


 砦の中央広場に、テーブルが一つ置かれた。

 椅子が四脚。

 カルバと俺が砦側。

 アルヴァンとミラナが人類側。


 それだけの、小さな場だった。


 広場の周囲には、砦の兵士たちが立っている。

 武装したままだ。

 ただし、剣は収めている。


 柵の外でも、人類軍側の兵士が待機している。

 数は少ない。


 カルバが条件を出して、アルヴァンが受け入れた。

 互いに、少数だけが砦の中に入る。


 俺はテーブルの横で、感知を続けていた。


---


 アルヴァンが砦に入ってきた。


 最初に感じたのは、昨日と同じ鋭い感触だった。


 突出している。


 ただし、今日は攻撃の感触ではない。


 確認と、緊張と、それから昨日より薄くなった迷いが混じっていた。


 迷いが薄くなっている。


 何かを決めてきたのかもしれない。


 アルヴァンは二十代前半に見えた。


 背が高い。

 光属性を帯びた長剣を腰に下げているが、今日は触れていない。

 目が真っ直ぐだ。


 ミラナが横に立っていた。


 アルヴァンが俺を見た。


 一瞬だけ、目が止まった。


 それから、カルバを見た。


「カルバ・シェイン砦長」


「アルヴァン・レイク勇者」


 二人が互いに名乗った。


 椅子に座る。


 俺はテーブルの横に立ったまま、感知を続けた。


---


「話し合いの場を作ってくれたことに礼を言う」


 アルヴァンが言った。


「場を求めたのはあなたの側だ。理由を聞かせてくれ」


「教団について、確認したいことがある」


「まず聞くが、あなたが言う教団とは何を指しているのか」


「人類軍の動きに、外部からの干渉がある。その干渉の出どころだ。黒い石を使う組織だと、私は把握している」


 カルバは表情を変えなかった。


「どこでその情報を得た」


「前線で。黒い石が砕けると、兵士の行動が変わる場面を見た。命令に従っているのではなく、石の声に従っている者がいた」


「声が聞こえたのか」


「私は聞こえなかった。ただ、聞こえた者から聞いた」


「その者は今どこにいる」


「前線を離れた。安全な場所にいる」


 カルバは少し考えた。


「あなたは、人類軍の動きが教団に誘導されていると思っているのか」


「一部は。全部ではないかもしれない。ただし、私が疑問に思う動きのいくつかに、教団の影響があると考えている」


「なぜ魔族の砦に話しに来た」


「教団の情報を持っている可能性があると判断したからだ。昨日、ここで感知ができる人間が、教団の焦げた感触と言ったのを聞いた」


 アルヴァンが俺を見た。


「あなたが言ったのか」


「はい。戦闘中に、教団の感触を感知しました」


「どんな感触か」


「焦げた匂いに似た感触です。黒い石が使われる前後に強くなります。石が砕けると、感知が潰される場合があります」


「感知が潰される」


「石が感触に干渉します。俺の感知の出どころと、石の影響が似た経路を使っているかもしれません」


「あなたは転移者だと昨日聞いた。本当か」


「はい。別の世界から来ました。この世界の人間ではありません」


「なぜ魔族の砦にいる」


「自分で選んだからです」


「なぜここを選んだ」


 俺は少し間を置いた。


「人間と魔族が、本当に争うしかないのかを見たいからです。そのためには、どちらか一方だけの視点では足りないと思いました」


 アルヴァンは俺を見続けていた。


「それがあなたの答えか」


「今のところの答えです。変わる可能性はあります」


「変わる理由があれば変わるということか」


「はい。今のところ、変わる理由より、続ける理由の方が大きいです」


 アルヴァンは少し黙った。


 感触が変化した。


 迷いが、また少し動いた。


 迷いの方向が、変わりつつある気がした。


---


「一つ聞いていいか」


 アルヴァンがカルバに向いた。


「教団について、魔族側は何を知っているのか」


「全部は話せない。ただし、教団の石を使われた集落の記録と、石の影響を受けた者たちの証言は持っている」


「石の影響を受けた者がいるのか」


「ヴァラン氏族の者たちが、半年間石に晒されていた。その者たちの一部がここにいる」


「話せるか」


「今日は難しい。ただし、機会を作ることは検討できる」


 アルヴァンが頷いた。


「もう一つ聞く。教団の目的は何だと考えているか」


「戦争を続けさせること。死と憎しみを積み重ねること。その先に何があるかは、まだ完全には確認できていない」


「虚環、という言葉を聞いたことがあるか」


 砦の空気が変わった。


 カルバの目が、わずかに鋭くなった。


「聞いたことがある。詳しくは教えてもらえるか」


「人類側の古い記録に、虚環という言葉が出てくる。封印された存在が、争いによって復活するという記録だ。ただし、その記録は神殿によって封印されていた」


「封印されていた記録を、どうやって見た」


「伝手がある。神殿の中に、封印に疑問を持つ者がいた」


「その者は今も安全か」


「安全だ。場所は言えないが」


 カルバは少しの間、黙った。


「あなたが持っている情報と、私たちが持っている情報を、照合する価値があるかもしれない」


「そのために来た」


「ただし、一度の話し合いで全部を共有するつもりはない。段階を踏む」


「同意する」


---


 話し合いが一段落した。


 カルバが立ち上がった。


「今日はここまでにしたい。次の場を設けることを検討する。ただし、条件がある」


「聞かせてくれ」


「この話し合いを、双方の指揮官には伏せること。人類軍の上層部も、魔族評議会も、今は関与させない」


「理由は」


「上層部に知られれば、話し合いが止まる可能性がある。両陣営の中に、戦争を続けたい者がいる」


「わかった。同意する」


「あなたに一つ聞く。あなたの指揮官は、教団と無関係か」


 アルヴァンの感触が変化した。


 迷いが、強くなった。


「確信はない。ただし、疑っている」


「疑っている理由は」


「私が教団の動きを報告したとき、握り潰された。記録に残らなかった」


「握り潰した者は誰か」


「今は言えない。ただし、教団の情報が上層部に届かないことは確認している」


 カルバは頷いた。


「わかった。次の場は、また代理を通じて設定する」


 アルヴァンが立ち上がった。


 俺を見た。


「転移者、最後に一つ聞いていいか」


「はい」


「あなたは、人間と魔族が共存できると思うか」


 広場が静まった。


 全員が俺を見ていた。


 俺は少し考えた。


 どう答えるべきか、ではなく、どう答えたいか。


「思いたい、という気持ちと、わからない、という感触が半々です」


「なぜわからないのか」


「まだ見えていないものが多いからです。ただし、わからないことが、できないことと同じではないと思っています」


「どういう意味だ」


「わからないことは、これから見ていけばわかる可能性があります。できないと確定したわけではない」


「あなたは楽観的だな」


「よく言われます。ただし、楽観的というより、現時点での判断を保留しているだけです」


「保留している間に、どうするのか」


「動き続けます。見続けます。話し続けます」


 アルヴァンは少しの間、俺を見ていた。


 感触が、また変化した。


 迷いの質が変わっていた。


 答えが出た迷いと、新しい迷いが混在している感触。


「話してよかった」


 アルヴァンが言った。


「俺も話せてよかったです」


「次の機会があれば、また話したい」


「あれば、ぜひ」


 アルヴァンとミラナが広場を出た。


---


 砦の門が閉まった後、カルバが俺を見た。


「感知で、何かわかったことはあるか」


「アルヴァンさんの迷いが、話し合いの中で変化しました。最初は何かを決めてきた迷いでした。話し合いが進むにつれて、新しい迷いが加わりました」


「新しい迷いとは」


「今まで持っていた判断の前提が、揺らいでいる感触です。教団について話す中で、自分の立っている場所を確認し直しているような感触でした」


「それは良い変化か、悪い変化か」


「どちらとも言えません。ただし、迷いが増えた人間は、次に会うとき、また違う感触を持ってくると思います」


「ミラナは」


「敵意はなかった。ただし、警戒は続いています。俺に対しては、確認している感触が続いていました」


「俺に対しては」


「はい。俺の感触に、特別な興味を持っていた気がします」


「転移者という事実に興味を持っているのか」


「それもあると思います。ただし、それだけではない感触もありました」


「どういう感触か」


「俺の答えを、確認していた感触です。話した言葉ではなく、言葉の裏にある意図を確認しようとしていた」


「それだけ慎重な人間だということか」


「そう思います」


 カルバは少し考えた。


「今日の話し合いは、最悪の結果にはならなかった。ただし、最良でもない」


「どういう意味ですか」


「情報の共有が始まった。ただし、信用が生まれたわけではない。次の場で何が起きるかで、方向が決まる」


「次の場が来ると思いますか」


「アルヴァンが約束した。あの人間の言葉は、今日の感触から見て、本物だと思うか」


「本物だと思います。迷いを持った人間が、確認してから動く言葉だと感じました」


「なら、来る」


 カルバは立ち上がった。


「ヘルトに報告する。あなたは感知を続けてくれ」


「はい」


---


 昼過ぎ、リーディアが来た。


「話し合いの内容、ダルグから聞いた」


「聞いていなかったんですか」


「広場には入らなかった。ただし、ダルグが詳しく教えてくれた」


「どう思いましたか」


 リーディアは少し間を置いた。


「勇者が、教団について疑問を持っていた」


「はい」


「その情報は重い」


「どういう意味ですか」


「人類軍の中に、教団の動きに疑問を持つ者がいるということだ。戦争を続けたい者だけが人類軍にいるわけではない」


「それが、共存に繋がる可能性がありますか」


「可能性として。ただし、一人の勇者がそう思っていても、上層部が変わらなければ、戦争は続く」


「一人から始まるしかないかもしれません」


「そうかもしれない。ただし、一人で変えられるものには限りがある」


「だから、連携が必要ですね」


「あなたは、勇者と連携できると思っているのか」


「今日の感触では、話し合いを続けられる相手だと思いました。連携になるかどうかは、もっと先の話ですが」


「先のことを考えるのは、今の状況では楽観的すぎるかもしれない」


「そうかもしれません。ただし、種を蒔かなければ、先が来ません」


「また種の話ね」


「俺にはそれくらいしかできないので」


 リーディアは少し笑った。


「ミラナについて聞いていいか」


「はい」


「あの人間は、私のことを確認していた。どう確認していたか」


「戦力として確認していました。それから、俺との関係も確認していた気がします」


「俺との関係を」


「俺がなぜここにいるかを確認しようとしていた。その確認の中に、リーディアさんとの関係が含まれていた感触がありました」


「なぜ私との関係を確認するのか」


「わかりません。ただし、悪意ではありませんでした」


「好意でもないだろう」


「好意ではない。ただし、純粋な確認だと思います」


「確認するだけの理由がある、ということか」


「たぶん。ただし、俺の読み違いの可能性もあります」


 リーディアは俺を見た。


「あなたと話していると、わからないことが増える」


「そうですか」


「でも、わからないことが増えるのは、考えていることが増えるということでもある」


「それはいいことですか」


「悪くない」


 俺は少し安心した。


「今日の話し合いで、一つだけよかったと思うことがあります」


「何か」


「アルヴァンさんが、人間と魔族が共存できるかを聞いてきた」


「あなたはどう答えたか」


「わからない、でも保留にしている、と言いました」


「それが良かったのか」


「はい。わからないのに、できると言えば嘘になります。でも、できないと言う確信もない。保留にしていることを正直に言えた」


「アルヴァンはどう受け取ったか」


「話してよかった、と言っていました」


「その言葉の意味は」


「わかりません。ただし、嘘ではない言葉だと感じました」


 リーディアは窓の外を見た。


「嘘ではない言葉が、人間と魔族の間に増えれば、何かが変わるかもしれない」


「変わると思います。ゆっくりでも」


「ゆっくりでいいのか」


「ゆっくりでなければ、崩れやすいかもしれません。急いで作ったものは、急いで壊れる場合があります」


「それも会社員時代の教訓か」


「はい。急いで作った書類は、急いで差し戻されるということを何度か経験しました」


「書類と世界は違う」


「原則は同じかもしれません」


 リーディアはかすかに笑った。


「あなたは、どこでもそういう考え方をするのね」


「染みついているので」


「悪くない染み方だと思う」


「ありがとうございます」


「礼を言わなくていい」


「ではお礼は後で言います」


「後でも言わなくていい」


「ではいつか言います」


「いつかでいい」


 リーディアはそれきり黙った。


 窓の外を見ている。


 俺も外を見た。


 北の空が、夕暮れに染まり始めていた。


 灰境線が、遠くに見える。


 今日、その向こう側にいる人間と、同じテーブルについた。


 話した。


 聞いた。


 種を蒔いた。


 小さい種だ。


 育つかどうかはわからない。


 でも、今日までなかったものが、今日から存在している。


 それだけで、十日目は十分だった。


---


 夕食の食堂で、ヘルトが俺の隣に座った。


「今日の話し合い、内容を教えろ」


「カルバさんから聞いていませんか」


「概要は聞いた。あなたの感知から見た詳細を聞きたい」


「アルヴァンさんの迷いが、話し合い中に変化しました。最初は決意を持ってきた迷いでした。話し合いが進む中で、判断の前提を確認し直している感触になりました」


「前提を確認し直している」


「自分が信じてきたことが、本当にそうなのかを確認し直している感触です。教団の話が出たとき、特にその感触が強くなりました」


「ということは」


「教団の情報が、アルヴァンさんにとって、既知の疑問を補強するものだったかもしれません」


「既知の疑問を補強する」


「すでに疑問を持っていたところに、俺たちが別の角度から同じ疑問を持っていると知った。それが迷いの変化につながったかもしれません」


 ヘルトは少し考えた。


「勇者が疑問を持っているなら、その疑問を育てることができるか」


「次の場があれば、できるかもしれません。ただし、育てようとしすぎると、疑われます」


「どういう意味か」


「誘導しようとしていると感じた瞬間、信用がなくなります。疑問を育てるのではなく、情報を共有することで、向こうが自分で育てるしかない」


「回りくどいな」


「直接育てようとすれば、逆効果です。急いで作ったものは崩れやすい」


「また会社員の話か」


「リーディアさんにも同じことを言われました」


「あなたの話し方は、独特だ」


「すみません」


「謝らなくていい。独特でも、理解できる。それでいい」


 ヘルトは食事を続けた。


 俺も粥を食べた。


「ヘルト、一つ聞いてもいいですか」


「内容による」


「あなたは、今日の話し合いをどう思いましたか。賛成でも反対でもない、個人の感想として」


 ヘルトは少し間を置いた。


「早すぎるとは思う」


「早すぎる」


「信用を作るには、時間が足りない。一度の話し合いで、何かが変わるとは思わない」


「変わらなかったと思いますか」


「変わったかもしれない。ただし、変わったことを信用するのは、まだ早い」


「ではいつ信用できますか」


「行動が伴ったとき」


「行動とは、具体的には」


「言葉ではなく、動きだ。あの勇者が、教団に対して何かを行動したとき、言葉が本物だったとわかる」


「行動するまでは、保留ということですか」


「そうだ」


「それは正しい判断だと思います」


「あなたも同じ考えか」


「種を蒔いたかどうかは、芽が出るまでわからない、と思っています」


「種の話をまたするのか」


「癖になっています」


 ヘルトはかすかに笑った。


 俺は驚いた。


 ヘルトが笑うのを、初めて見た気がした。


「明日も感知を続けてくれ」


「はい」


「いつか芽が出るかもしれないな」


「出ると思っています」


「楽観的だ」


「よく言われます」


 ヘルトは食事を終えて立ち上がった。


「おやすみ」


「おやすみなさい」


 ヘルトが食堂を出た。


 レイが横に来た。


「ヘルトが笑ったな」


「見ていましたか」


「食堂の全員が見ていた」


「そんなに珍しいことですか」


「めったにない。あの人が笑うのは、本当にそれで十分だと思ったときだけだ」


「それで十分だと思ったのは、何がですか」


「芽が出るかもしれないという話だろう。あの人も、戦争が終わってほしいと思っている」


「そうですか」


「戦争を終わらせたい者と、続けたい者が、どこにでもいる。ヘルトは前者だ。ただし、慎重なだけだ」


「慎重なのはいいことですね」


「そうだ。慎重な者が動くとき、確かな動きになる」


 俺は北の感触を確認した。


 遠い。

 静かだ。


 今夜は来ない。


 食堂の声が、今日は少し違った。


 緊張ではなく、考えている空気があった。


 話し合いが、砦の空気を少し変えていた。


 十日目の夜が来ていた。


 種を蒔いた。


 芽が出るかどうかは、まだわからない。


 でも、土に埋まった。


 それで、今日は十分だった。


次話は明後日の19:00に投稿します。


2日に1話投稿の予定になります。


よろしくお願いいたします。

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