表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
28/50

第28話 勝てない相手

 七日目の夜は静かだった。


 北の感触が遠い。

 教団の焦げた感触も薄い。


 俺は部屋で背中の痛みと向き合いながら、天井を見ていた。


 リーディアはすでに眠っている。

 穏やかな呼吸が聞こえる。


 俺は眠れなかった。


 勇者の一撃を、頭の中で何度も繰り返していた。


 速さ。

 重さ。

 盾を持っていても、吹き飛ばされた。


 あれを正面から受けるのは、無理だ。


 無理だとわかった。


 では、どうするか。


 盾役は前に立つものだと、リーディアは言った。


 でも、前に立っても吹き飛ばされるなら、前に立つ意味がない。


 少なくとも、今の俺には意味がない。


 何かを変えなければならない。


 ただ、何を変えればいいのか。


 それがわからなかった。


---


 八日目の朝、カルバに呼ばれた。


 執務室にはカルバとダルグとヘルトがいた。

 昨日と同じ顔ぶれだ。


「昨日の戦闘を振り返る」


「はい」


「勇者の一撃を盾で受けた。吹き飛ばされた。それについて、あなたはどう考えているか」


「単独では対応できないと判断しました」


「判断は正しい。では、どうすれば対応できると思うか」


「今の俺には、正面から受けることはできません。ただ、受けなければいい方法があるかもしれません」


「受けなければいい方法とは」


「角度を変えることです。正面で受けると、衝撃が全部腕に来ます。斜めで受ければ、衝撃が横に逃げます。ただし、あの速さに対して斜めに合わせられるかどうかは、今の俺には難しいです」


「他は」


「引き付けてから逃がすことです。受け止めるのではなく、来た力の向きを変えて、仲間が攻撃できる場所に誘導する」


「流すということか」


「はい。盾で受け止めるのではなく、触れて方向を変える。ただし、あの速さでは、触れる前に終わるかもしれません」


「正直だな」


「できないことをできると言っても、意味がないので」


 ダルグが言った。


「昨日、俺があの一撃を受けたとき、押されたが弾き飛ばされなかった。あなたとの違いは何だと思うか」


「体格と、経験だと思います」


「体格は変えられない。経験は積める」


「はい。ただ、経験を積む前に、また同じ場面が来るかもしれません」


「来る。だから今日教える」


 ダルグが立ち上がった。


「広場に来い」


---


 広場に出ると、ダルグが剣を抜いた。


「今日は俺が全力に近い形で打つ。あなたはそれを流す練習をする」


「受け止めるのではなく、流すんですね」


「そうだ。盾を正面に向けるな。常に斜めにしろ。相手の剣が盾に触れたとき、横に押すのではなく、斜めに滑らせる」


「剣を滑らせる感覚ですか」


「そうだ。これはリーディアの黒燐火にも関係する。あの炎は、正面から止まった相手より、体勢が崩れた相手に当てる方が有効だ。体勢を崩させるために、流す動きが必要だ」


「なるほど」


「ただし、流す動きは、受け止める動きより難しい。受け止めることができても、流せないことが多い」


「どれくらい難しいですか」


「あなたが盾を持つようになってから、今日で何日目だ」


「十日ほどです」


「十日で流せるようになる者はいない。ただし、感覚だけ掴めれば、後は積み上げるだけだ」


「感覚を掴むだけでもいいということですか」


「今日の目標はそこまで。では始める」


 ダルグが踏み込んだ。


 俺は盾を斜めに向けた。


 ダルグの剣が盾に当たった。


 滑った。


 完全ではないが、衝撃が横に逃げた。


「今のは悪くない。ただし、斜めの角度が浅い。もっと角度をつけろ」


「どのくらい」


「地面に対して、四十五度より急な角度だ」


 もう一度。


 今度は角度を深くした。


 ダルグの剣が滑った。


 衝撃が軽くなった。


「そこだ。その角度を保てるか」


「来る方向が変わると難しいです」


「常に動かしながら保つ。盾は固定するものではなく、動かすものだ」


 十回繰り返した。


 三回は角度が合った。

 七回は合わなかった。


「今日はここまで。感覚は掴めたか」


「三回合いました」


「三割か。明日は五割を目標にしろ」


「はい」


「毎日積む。それだけだ」


 ダルグが剣を収めた。


---


 午後、リーディアが来た。


「今朝のダルグとの訓練、聞いた」


「見ていましたか」


「広場の外から。あなたの角度が合ったとき、感触が変わるのがわかった」


「感触が変わる?」


「黒燐火を撃つ側から見ると、相手の体勢が崩れたとき、撃てる位置が生まれる。あなたが剣を流したとき、その位置が一瞬生まれた」


「でも、三回しか合いませんでした」


「三回でわかった。あなたが七割できるようになれば、私の黒燐火の命中率が上がる」


「俺の精度がリーディアさんの命中率に直結しているんですね」


「直結している。だから、ダルグとの訓練は続けてほしい」


「続けます。ただし、勇者の速さには、まだ追いつけません」


「今すぐ追いつく必要はない。方向が合っていれば、積み上がる」


「方向が合っているかどうかは」


「合っている。ダルグが言わなかったか」


「褒めない人ですね、ダルグさんは」


「そういう人よ。ただし、続けろと言った。それは合っているということだ」


 俺は少し安心した。


「もう一つ、聞いてもいいですか」


「何」


「昨日、勇者が俺に向かってきたとき、俺は受けようとしました。逃げませんでした。それはどう見えましたか」


 リーディアは少し間を置いた。


「焦った、と昨日言った」


「はい」


「焦ったのは、あなたが受けようとしたからよ」


「逃げた方がよかったですか」


「そうは言わない。ただし、受けることと、受けようとすることは、今のあなたにとって違う」


「どう違うんですか」


「受けられる力があって受けることは、正しい判断だ。受けられない力に対して受けようとすることは、別の話だ」


「無謀だと」


「無謀とは言わない。後ろにカルバがいた。カルバを守るために受けようとした。それは判断として間違っていない」


「では」


「ただし、あなたが受けられないと判断した瞬間に、別の方法を選べるようになってほしい」


「別の方法とは」


「引き付けてから逃げて、リーディアが撃てる場所を作る。それもできる」


「受けるだけが盾役ではない」


「そう。受けること、流すこと、引き付けること、逃げること。全部が道具よ。状況に合わせて選ぶ」


「今の俺は、受けることしかしていませんでした」


「最初はそれで十分。ただし、昨日で次の段階に来た」


「昨日が転換点だったんですか」


「あなたが吹き飛ばされた場面を見た全員が、それを知った。勇者の速さを知った。次に来たとき、どう動くかを考えている」


「俺も考えています」


「知ってる。だから、今日ダルグと訓練した」


 俺は頷いた。


「リーディアさん、一つ聞いてもいいですか」


「内容による」


「昨日、俺が吹き飛ばされたあと、勇者に向かって出てきた。俺を守るためでしたか」


 リーディアは少しの間、答えなかった。


「邪魔だったから」


「邪魔?」


「勇者の前にあなたが倒れていたら、通り道になる。邪魔だから出た」


「それだけですか」


「それだけよ」


「そうですか」


「信じないの」


「半分は信じます」


「残り半分は」


「昨日、焦ったと言っていたので」


 リーディアは少し目を細めた。


「読まれている」


「最近は少しわかるようになりました」


「困ったわね」


「困らせてすみません」


「謝らない」


「では、ありがとうございます」


「何に対して」


「出てきてくれたことに」


 リーディアは視線を外した。


「礼を言われると困る」


「昨日も同じことを言われました」


「同じことを繰り返すあなたが悪い」


「すみません」


「謝るなと言った」


「すみません」


「また謝っている」


「反射です」


 リーディアは呆れたように息を吐いた。

 でも、怒ってはいなかった。


---


 夕方、見張り台に上がった。


 レイがいた。


「感知の状況は」


「北が静かです。教団の感触も薄いです」


「今日は来ないか」


「たぶん。ただし、勇者の感触は今日も北の方向にあります。遠いですが、確認している感触があります」


「考えているということか」


「そう感じます」


「何を考えているんだろうな」


「わかりません。ただ、迷いを持った人間が、昨日の出来事を考えているとすれば、方向は決まっていないかもしれません」


「方向が決まっていない」


「攻撃を続けるか、確認しに来るか、あるいは何かを試みるか。昨日の段階では、どれかに決めていない気がします」


「あなたの感知にそこまでわかるのか」


「わかりません。感触から読み取っている部分が多い。外れるかもしれません」


「外れてもいい。情報として持っておく」


 レイは北の森を見た。


「あなたは昨日、吹き飛ばされた後に立った」


「立てただけです」


「立てただけで十分だ。見ていた者全員が、それを見た」


「砦の評価が変わりましたか」


「昨日より、あなたに対して話しかけてくる者が増えた。感知の話をしてくる者も増えた」


「評価が変わった理由は、立ったことですか。感知の精度ですか」


「両方だろう。ただ、立ったことの方が大きかったかもしれない」


「なぜですか」


「感知は見えない力だ。信じにくい。でも、吹き飛ばされて立ち上がる姿は、全員が見た。見えることの方が、信用を生みやすい」


「わかりやすい証拠が必要ということですね」


「そういうことだ」


 俺は北の感触を確認した。


 遠い。

 静かだ。


「今夜は来ません」


「そうか」


「明日は何があると思いますか」


「わからない。ただ、勇者が考えている間は、大きな動きはないかもしれない」


「勇者の判断が全体に影響する」


「それだけ存在感がある」


 俺は少し考えた。


「勇者が接触を求めてきたとき、俺が話す可能性があると、カルバさんに言われました」


「知っている」


「俺に話せると思いますか」


「あなたが話せるかどうかより、話す価値があるかどうかだろう」


「どういう意味ですか」


「あなたが言ったことは正しいかもしれない。迷いを持った勇者に、言葉を届けられる可能性がある。それが実現するなら、価値がある」


「外れるかもしれません」


「外れることを恐れて何もしないより、試みる方がいい。そういう話だ」


「試みます」


「知っている。あなたはそういう人間だ」


「そう見えていますか」


「最初から、諦めない人間だと思っていた。グレイノからここまで来たことで確信した」


「レイさん、それは褒め言葉ですか」


「全部だ」


 レイは少しだけ笑った。


 俺も笑った。


 背中がまだ痛む。


 でも、今夜は眠れそうだった。


---


 部屋に戻ると、リーディアが起きていた。


 窓の前に立って、月を見ていた。


「北は」


「静かです」


「今夜は来ない」


「はい」


「なら眠れる」


「リーディアさん、今日は疲れましたか」


「昨日より少ない。黒燐火の消耗が少なかった」


「俺の盾の使い方が変われば、もっと楽になりますか」


「なる。体勢が崩れた相手を撃つ方が、威力が少なくて済む。だから外れない位置に来てくれれば、三発目まで威力を保てる」


「今は何発目から落ちますか」


「二発目から少し落ちる。三発目でかなり落ちる」


「それが変わるんですね」


「あなたが七割流せるようになれば、たぶん三発目まで保てる」


「七割を目指します」


「今日の訓練で三割だった。明日は五割を目標にしろと、ダルグが言っていたそうね」


「聞いていたんですか」


「ダルグが教えてくれた」


「ダルグさんは評価してくれているんですか」


「素直に褒めない人だけど、話してくれるということは、関心を持っているということよ」


「そうですか」


「あなたに関心を持つ者が、砦でも増えてきている」


「評価が変わってきましたか」


「変わってきた。ただし、ヘルトはまだ完全ではない」


「わかっています」


「でも、昨日今日と、同じテーブルで食事をした。それがヘルトの変化よ」


「小さな変化ですね」


「小さい変化が積み重なる。それをあなたは知っているでしょう」


「グレイノでそうでした」


「ここでも同じよ」


 リーディアは窓から離れた。


「寝なさい。明日から訓練が増える」


「ダルグさんの流す訓練が続くんですか」


「それだけじゃない。私も加わる」


「リーディアさんも訓練に入るんですか」


「ダルグが崩す。私が撃てる位置に誘導するための訓練よ。三人で連携の精度を上げる」


「いつから」


「明日の朝から」


「忙しくなりますね」


「忙しくなければ、強くならない」


「そうですね」


「おやすみ」


 リーディアが先に言った。


「おやすみなさい」


 俺は寝台に横になった。


 背中が痛む。


 でも、今夜は違う痛みだった。


 明日への痛みだ。


 積み上げるための痛みだ。


 北は静かだ。


 勇者は考えている。


 俺も考えている。


 何が届くか。

 何が変わるか。


 まだわからない。


 でも、方向は見えている。


 それで、今夜は十分だった。


 八日目の夜が静かに流れていった。


次話は明後日の19:00に投稿します。


2日に1話投稿の予定になります。


よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ