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第23話 盾役試験

 三日目の朝、カルバから呼ばれた。


 執務室は砦の中央にある。

 地図と書類が積まれた机の前に、カルバが座っていた。


 隣にヘルトが立っていた。


「座れ」


 カルバが椅子を示した。


 俺は座った。


「昨日の三方向の動きだが、夜の間に北の塊が戻った。南と西は薄くなった」


「確認しています。今朝の感触では、北に集中しています」


「包囲は撤回されたと見ていい」


「おそらく」


「ただし、教団の焦げた感触は残っているか」


「薄くなっていますが、消えてはいません」


 カルバは俺を見た。


「あなたの感知は、二日間で役に立った。ただし、砦の者たちの評価は割れている」


「知っています」


「割れたままでは、使いにくい」


「どうすれば割れなくなりますか」


「見せることだ」


 カルバはヘルトを見た。


「ヘルト、説明してくれ」


 ヘルトが前に出た。


「砦には模擬戦の広場がある。月に一度、実力を確認するために使う。今日、あなたにそこに立ってもらう」


「模擬戦ですか」


「戦闘能力を見る。感知だけでなく、実際に動けるかを確認する」


「俺の戦闘能力は低いです」


「知っている。それでも、見せる必要がある」


「見せることで、評価が変わりますか」


「変わるかどうかは保証できない。ただ、隠していれば変わらない」


 俺は少し考えた。


 グレイノでのセラムの模擬戦と同じだ。

 倒せなくてもいい。

 何ができて、何ができないかを示す。


「わかりました。ただし、条件を一つ聞いてもいいですか」


「何だ」


「俺一人では、ほとんど何もできません。俺の役割は盾役と感知です。連携の相手がいないと、実力を正確に見せられません」


「連携相手は誰が適切か」


「リーディアさんです」


 カルバはリーディアを見た。

 リーディアは入り口の横に立っていた。


「構わない」


 リーディアが答えた。


「では、午後の第二刻に広場へ来い」


---


 午前中は感知を続けた。


 北の塊は動いているが、昨日ほどの圧ではない。

 教団の焦げた感触は薄いが、消えていない。


 レイが隣に立ちながら聞いた。


「午後の模擬戦、知っているか」


「カルバさんから言われました」


「砦中が知っている。見に来る者が多いだろう」


「プレッシャーですね」


「倒されると思っているか」


「倒されます。ほぼ確実に」


「なのになぜやる」


「隠していれば変わらないと、ヘルトさんが言っていました」


「あの人が、そんなことを言ったのか」


「言いました」


 レイは少し驚いた顔をした。


「ヘルトさんが言うなら、やる価値がある。あの人は無駄なことを言わない」


「そうなんですか」


「砦で一番厳しい評価をする人間がそう言ったなら、やる意味がある」


「俺は倒されますが」


「倒されても何をするかを見せろということだろう」


「そうだと思います」


 昼前、リーディアが見張り台に上がってきた。


「午後の模擬戦、打ち合わせをしたい」


「はい」


「あなたが何をできるかは、私が一番よく知っている。それを見せればいい」


「倒される場面が多くなります」


「倒されても起き上がれば問題ない」


「何回倒されても、ですか」


「何回でも」


「基準が高いですね」


「基準ではない。それがあなたの姿だから」


 俺は少し考えた。


「相手は誰が来ますか」


「カルバが指名する。おそらく、砦の中堅以上の者が来る」


「俺より強い」


「全員強い。ただし、私との連携を見せる。単独で勝てなくても、連携で何ができるかを見せる」


「合図は今まで通りですか」


「今、と言ったら裂勢打ち。それを基本にする」


「わかりました」


「防線号令は、私が崩れそうになったときに使って」


「判断はどうすれば」


「私の銀紋が首まで広がったとき。それが限界に近いサインだ」


「初めて聞きました」


「今まで話す機会がなかった」


「大事なことですね」


「大事なことだから、今話した」


 俺は頷いた。


「他に、知っておくべきことはありますか」


「私の黒燐火は、連続で撃つと威力が落ちる。三発目から急激に弱くなる。だから、一発で決める位置に追い込んでほしい」


「一発で決める位置というのは」


「逃げ場のない場所。動けない場所。体勢が崩れた場所。そこに誘導して」


「盾で崩して、逃げ場をなくす」


「そう」


「今まで聞いていなかったことを、なぜ今話してくれるんですか」


 リーディアは少し間を置いた。


「今まで話す必要がなかった。今日から、本当の前線に近い場所で戦う可能性が高い。知らないまま動かれると困る」


「命がかかってきましたね」


「最初からかかっていた」


「俺の感覚がずれていましたね」


「グレイノは、前線の手前だった。ここは前線だ」


 俺は北の森を見た。


 塊が動いている。


 その向こうに、人類軍がいる。


 その動きに、教団が乗っている。


 ここは前線だ。


---


 午後の第二刻、広場に出た。


 砦の中央にある広場は、石を敷き詰めた平らな空間だった。

 周囲に柵があり、見学のための段差がある。


 段差には、三十人以上が集まっていた。


 全員が俺を見ている。


「来たな」


 カルバが広場の端に立っていた。


「最初の相手を紹介する。ダルグ」


 大柄な男が前に出た。

 四十代に見える。

 腰に長剣を下げている。

 首筋の銀紋が濃い。


「砦の中でも、腕の立つ方だ。あなたの実力を測るには、弱い相手では意味がない」


「倒されます」


「倒されて構わない。何をするかを見せろ」


 俺は盾を出した。


 黒灰色の粒が集まり、左腕に大盾が現れた。


 段差に集まった者たちがざわめく。


「本当に召具か」


「魔力核がないのに」


 声が聞こえた。


 俺は構えた。


 足を肩幅より少し広く。

 膝を曲げる。

 重心を落とす。

 盾の角度を斜めにする。


 グレイノで繰り返した構えだ。


 ダルグが長剣を抜いた。


「行くぞ」


「お願いします」


 ダルグが踏み込んだ。


 速い。


 グレイノで戦った者たちより速い。


 剣が盾に当たる。


 衝撃が腕を走る。


 足がずれた。


 一歩後退する。


 ダルグが追ってくる。


 二撃目が来る。


 盾で受ける。


 また後退する。


 三撃目。


 今度は角度を変えて受けた。


 衝撃が横に逃げる。


 足がずれない。


「少しは受けられるな」


 ダルグが言いながら、体勢を変えた。


 左から回り込もうとする。


 俺は盾を左へ向けた。


 ダルグが右に切り返す。


 俺は足を動かさず、盾の角度だけ変えた。


 ダルグの剣が盾の外縁をかすめた。


 完全には防げなかったが、直撃でもない。


「足を動かさなかった」


 ダルグが少し声のトーンを変えた。


「盾役の動きだ」


 続けて踏み込んでくる。


 俺は盾を中心に置いたまま、角度だけで対応し続けた。


 倒れない。


 後退する場面もある。


 でも、膝はつかない。


 十回ほど受けたところで、ダルグが一度引いた。


「感知は使わないのか」


「使っています。ただし、感知は敵意の方向と強さです。攻撃のタイミングには使えません」


「では、何に使っている」


「今のあなたの感触は、攻撃の気持ちよりも確認の気持ちが強い。試しているということはわかります」


 ダルグが少し止まった。


「確認していると感じるのか」


「はい。殺意ではないので」


「では、殺意が来たらわかるのか」


「わかります。ただし、感知は攻撃の前の気持ちです。攻撃が始まってからでは間に合わないこともあります」


「正直だな」


「嘘をついても確認されるので」


 段差からざわめきが来た。


 俺はリーディアを見た。


 彼女は広場の端に立っている。


 銀紋はまだ出ていない。


「次は連携を見せる」


 カルバが言った。


「リーディア、入れ」


 リーディアが広場に入った。


「ダルグ、相手は二人だ。ただし、攻撃はソーイに集中しろ。リーディアには手を出さない」


「わかった」


「リーディア、制約はあるか」


「黒燐火の威力を落とします。実戦の三割程度で」


「それでいい」


 ダルグが構え直した。


 俺はリーディアの位置を確認した。


 右後方。

 俺が前に立って、リーディアが後ろで撃つ。


 ダルグが踏み込んだ。


 速い。


 俺は盾を構えて受ける。


 後退しない。


 リーディアが撃てる位置を確保する。


 ダルグが左へ回る。


 俺は体の向きだけを変えて、リーディアとダルグの間に入り続けた。


「今」


 リーディアの声。


 俺は裂勢打ちを出した。


 盾の縁がダルグの肩をかすめる。


 体勢が崩れた。


 黒燐火が走る。


 威力を落とした炎が、ダルグの足元を焼いた。


 ダルグが後退する。


「面白い動きだ」


 ダルグが言った。


「盾で崩して、魔法で撃つ。連携が成立している」


「練習しました」


「どのくらい」


「グレイノで十日ほどです」


「十日でここまで動けるのか」


「リーディアさんが教えてくれたので」


「彼女の教え方がいいのか、あなたが飲み込みが早いのか」


「両方だと思います」


 段差のざわめきが続いている。


 カルバが前に出た。


「もう一度。今度はダルグが全力に近い形で動く。リーディアの制約もなくす。ただし、ソーイが倒れたら止める」


「わかりました」


 俺はリーディアを見た。


 リーディアが小さく頷く。


 ダルグが構え直した。


 今度は違う。


 気持ちの質が変わった。


 確認から、本気に近い何かに。


 胸の奥の感触が、鋭くなった。


「来ます」


 俺は先に言った。


「わかってる」


 リーディアが答えた。


 ダルグが踏み込んだ。


 速い。

 一撃目より速い。


 盾を出す。


 衝撃が全身を走る。


 足がずれる。


 踏み止まる。


 二撃目が来る。


 角度を変えて受ける。


 三撃目が来る前に、ダルグの足先が左へ向いた。


「左」


 俺は言いながら盾を左へ向けた。


 ダルグが右に切り返した。


 俺の対応が遅れた。


 剣が盾の外側を叩く。


 腕が痺れる。


 後退する。


 ダルグが追う。


 リーディアの位置が遠くなる。


 まずい。


 俺は踏み込む代わりに、横へ動いた。


 ダルグの軌道から半歩外れる。


 間が生まれた。


「今」


 リーディアの声。


 俺は体を戻しながら裂勢打ちを出した。


 盾の縁がダルグの体幹に当たる。


 今まで当てた中で、一番芯に近い場所だった。


 ダルグが大きく体勢を崩した。


 黒燐火が走る。


 三割ではない威力だった。


 ダルグの足元を焼き、半径一歩分の地面が炭になった。


 ダルグが片膝をついた。


 広場が静まり返った。


「ここで止める」


 カルバの声。


 ダルグが立ち上がった。


 膝の土を払いながら、俺を見る。


「倒れなかったな」


「なんとか」


「最後の横移動はどこで覚えた」


「盾がない訓練で、体の動きだけを練習しました」


「あれが活きた」


「たまたまです」


「たまたまでも、体が動いた。それが大事だ」


 ダルグはカルバを見た。


「カルバ、この者は使える」


「わかった」


 カルバが段差の方を見た。


「見ての通りだ。単独では強くない。連携があれば、前線でも機能する。評価は各自でしろ。ただし、役割を果たした者を、種族だけで排除するつもりはない」


 カルバの言葉が、広場に落ちた。


 ざわめきが起きる。


 全員が賛成しているわけではない。

 ただ、反対を声に出す者もいない。


 ヘルトが段差の前列に立っていた。


 俺を見ている。


 表情は変わっていない。


 ただ、さっきまでと少し違う。


 疑いが、確認に変わった目だった。


 消えてはいない。

 ただ、動いていた。


---


 模擬戦が終わり、広場を出ると、レイが待っていた。


「よかったぞ」


「倒されませんでしたが、倒すこともできませんでした」


「倒す必要はなかった。立ち続けた。それが見せるべきことだろう」


「そうだと思っていましたが、自信はありませんでした」


「自信がなくてもやれた。それが大事だ」


 リーディアが横に来た。


「最後の横移動、よかった」


「反射でした」


「反射になったということは、体に入ったということよ」


「グレイノの盾なし訓練のおかげです」


「私のおかげね」


「はい」


「素直に認めるのね」


「事実なので」


 リーディアは少しだけ笑った。


 ダルグが近づいてきた。


「リーディア」


「何」


「あなたの最後の一発、三割ではなかったな」


「気のせいでは」


「気のせいではない。見ていた全員が感じた」


「じゃあ、五割くらい出てしまったかもしれない」


「あれはソーイが崩した位置が良かったからか」


「そうよ。あの位置に追い込んでくれたから、撃ちたくなった」


「撃ちたくなった、か」


 ダルグは俺を見た。


「あなたが崩した位置が、彼女に気持ちよく撃たせた。それは技術だ」


「崩せる位置を意識していたのは確かです。でも、それがそこまで影響するとは思っていませんでした」


「連携は、相手の力を引き出すことでもある」


「勉強になります」


「感知と盾役だけではなく、そういう動きができるなら、前線でも使える」


 ダルグはカルバの方へ歩いていった。


 俺はレイを見た。


「ダルグさんは、さっきまでの感触と変わりましたね」


「あの人も、ヘルトと同じで確認型の人間だ。確認できれば変わる」


「ヘルトさんはまだ変わっていないですか」


「変わりかけている。ただ、あの人はダルグより時間がかかる」


「待ちます」


「待てるのか」


「待てる場合は待ちます。待てない場合は、別の手を考えます」


「どういう違いだ」


「待てる場合は、時間が解決する場合です。待てない場合は、何かが起きる場合です」


「何かが起きたとき、ヘルトは変わると思うか」


 俺は少し考えた。


「変わると思います。あの人は、確認型だと言いましたね。本当に確認できれば、変わるはずです」


「その確認が何で来るかだな」


「状況が来れば、わかります」


 レイは北の方角を見た。


「状況は来そうだぞ。北の動きが、また活発になっている」


「感知しています。午前より少し強くなっています」


「カルバに伝えるか」


「伝えます。模擬戦が終わったので、見張り台に戻ります」


「俺も行く」


 二人で見張り台に向かった。


 俺は歩きながら、胸の奥の感触を追い続けた。


 北が動いている。


 教団の焦げた感触が、少し濃くなってきた。


 何かが近づいている。


 まだ遠い。


 でも、昨日より確実に近い。


 砦での三日目が、夕暮れに向かっていた。


次話は明後日の19:00に投稿します。


2日に1話投稿の予定になります。


よろしくお願いいたします。

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