表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
17/24

第17話 嘘よりましな真実

 医療棟に戻ると、リーディアはすぐに俺の脇腹を確認した。


 布をはずす。


 血が滲んでいる。


「やっぱり開いている」


「すみません」


「謝らない。動いた場面だったのはわかっている」


 リーディアは新しい布と薬草を出した。


 手際は変わらない。


 ただ、今日は少しだけ動きが速かった。


「痛い?」


「はい」


「我慢できる程度?」


「はい」


「もう聞かなくてもわかるようになってきた」


「俺の返事のパターンが少ないからですね」


「あなたの返事は、二種類しかない」


「はい、と、すみません、ですか」


「あとは、わかりました、もある」


「三種類でした」


「少ない」


「努力します」


「努力する場面じゃない」


 リーディアは少し笑った。


 今日は笑う回数が増えている。


 俺はそれを、悪くないと思った。


 手当てが終わって、リーディアが椅子に腰を下ろした。


「ヴァランの三人は、別の建物に入れた。ガウンと同じ場所だと、感情が乱れる可能性があるから、しばらくは別」


「再会は」


「明日。今日は休ませる」


「セラム長は」


「捕虜の追加尋問に行った。今日の獣の件と、ヴァランの保護を合わせて、虚環教団の動きを整理するそうよ」


「忙しい人ですね」


「集落長は、暇な人にはやれない仕事」


 リーディアは水を一口飲んだ。


「あなたに話したいことがある」


「俺もです」


「先に言って」


「いいんですか」


「あなたの話の方が、たぶん長い」


「そんな気がします」


 俺は寝台の端に腰を下ろした。


 脇腹がまだ痛むが、座ってはいられる。


 リーディアは椅子に座ったまま、こちらを見ている。


「俺の出自と、転移のことを、もう一度ちゃんと話したいと思っています」


「もう一度」


「最初の夜に小屋で少し話しました。でも、あれは追い詰められた状態で出た言葉でした。今は、追い詰められて出すのではなく、自分から出したい」


 リーディアは少しの間、俺を見た。


「私だけに?」


「セラム長にも話したいです。可能なら、オルドさんにも」


「なぜ今」


「昨夜、あなたに言われたことが頭から離れません。嘘と話せないことは違うと。判断材料は出すべきだと」


「それで」


「俺はこの集落に置かれている立場で、判断材料を出していない部分がまだあります。これ以上隠していると、また失敗を繰り返します」


 リーディアは少しだけ目を細めた。


「具体的には」


「神様と名乗った男に言われたこと。スキルの内容と限界。元の世界での俺の仕事。家族のこと。戦闘経験がないこと。剣を振れない理由。全部、まとめて話したいです」


「家族のことは、判断材料に必要?」


「直接は必要ありません。ただ、俺がどういう人間かを知ってもらう材料にはなります」


「個人的な話を、集落長に?」


「個人的なところまで含めて話さないと、俺が嘘をついていないことの保証にならない気がします」


 リーディアは少し間を置いた。


「あなた、そういうことを言うのね」


「言いすぎですか」


「いいえ。ただ、自分の中にしまっておく方が楽な話を、わざわざ出そうとする人は少ない」


「楽な道を選ぶと、後で痛い目を見ます」


「会社員時代の教訓?」


「半分はそうです。半分は、あなたに言われた言葉の影響です」


 リーディアは何も言わなかった。


 ただ、視線を少しだけ逸らした。


「セラムに伝える」


「ありがとうございます」


「明日の朝、時間を取る。オルドも呼ぶ」


「はい」


「あなたの話したかったことが、これで先に終わった。私の話をしてもいい?」


「どうぞ」


 リーディアは姿勢を変えた。


 椅子の背にもたれず、膝に肘を置く。


 話す前の構えに見えた。


「今日の獣との戦い、よかった」


「リーディアさんが撃ったからです」


「私が撃てたのは、あなたが受けて、崩したから」


「順番通りに動けた、というだけです」


「順番通りに動くのが、一番難しい。実戦で順番を間違えずに動ける者は少ない」


「練習しました」


「練習したからできた、と言える人も少ない」


「褒めていますか」


「半分」


「半分が増えてきましたね」


「もう少し増やしてもいい」


 俺は驚いた。


 いつものリーディアなら、もう少しからかうところだった。


 今日は、少し違う。


「リーディアさん、今日は機嫌がいいですか」


「悪くはない」


「珍しいです」


「珍しいと言わないで。私がいつも機嫌が悪い人みたい」


「悪い人とは思っていません。ただ、感情の起伏が見えにくいので」


「見えにくい方が、私としては都合がいい」


「そうですか」


「そう」


 リーディアは少しの間、黙った。


「今日、ウナがあなたを認めた」


「認めたんですか」


「人間が、盾で受けたのか、と言った。あれは認めた言葉よ」


「そうは聞こえませんでした」


「あなたはまだ、こちらの言葉の温度を全部は理解していない」


「練習中です」


「いい先生がいないでしょう」


「ノルさんは、まあまあです」


「あの子は素直すぎる」


 リーディアが珍しく、ノルを子と呼んだ。


 彼女から見れば、ノルはまだ十分若い。


「あなたの周りに、人が増えてきている」


「四日間で、想像していなかったほど増えました」


「集落の評価は、まだ二つに分かれている。ただ、昨夜のトマの件と、今日のヴァランの件で、評価が一つに寄り始めている」


「人間でも、信用できる、ですか」


「人間なのに、信用できる、よ」


 俺は少し笑った。


「同じ意味じゃないんですか」


「全然違う」


「どう違うんですか」


「前者は、人間という枠を外して評価している。後者は、人間という枠を残したまま評価している」


「枠は残したままなんですね」


「枠を外すのは、もっと時間がかかる。この集落で、本当に枠を外せる人は、たぶんセラムくらい」


「リーディアさんは」


 リーディアは少しの間、答えなかった。


「私は、まだ枠を残している」


「そうですか」


「ただし、枠の中で、あなたの位置が変わってきている」


「どこに動いていますか」


「監視対象から、もう少し中の方へ」


「具体的には」


「言葉にしない」


「言葉にしない方がいい場所ですか」


「言葉にしてしまうと、確定してしまう。今はまだ、流動的な位置にいた方がいい」


 俺は少し考えて、頷いた。


「わかりました」


「あなたが理解してくれて助かる」


「理解しているかどうかは、まだ自信がないですが」


「理解しようとしているだけで十分」


 リーディアは立ち上がった。


「明日の朝、セラムの執務小屋に来て。私が呼びに来る」


「はい」


「今夜は休む。傷を悪化させないで」


「はい」


「返事が三種類のうちの一つ」


「他に何と言えばいいかわかりません」


「それでいい」


 リーディアは医療棟を出ていった。


 俺は寝台に横になった。


 脇腹はまだ痛む。


 でも、今夜の痛みは違う種類の痛みだった。


 守ったあとの痛み。


 動いたあとの痛み。


 それから、明日の朝、何かを話し終えたあとに残る痛みになる予感。


 俺は目を閉じた。


 胸の奥に、見張りたちの弱い警戒が点のように散っている。


 危険はない。


 今夜は、それだけで十分だった。


 翌朝、リーディアが呼びに来た。


 約束通り、執務小屋へ向かう。


 執務小屋は集落の中央にある。


 外見は他の家とほとんど変わらない。


 ただ、入り口の柱に古い符が貼られている。


 集落長の家だと知らせる印だ。


 中に入ると、セラムが机に向かっていた。


 書類のようなものを広げている。


 オルドも先に来ていて、隅の椅子に座っていた。


「来たわね」


 セラムが書類を脇に寄せた。


「呼んでくれてありがとうございます」


「呼ばれて来たのではなく、あなたから話したいことがあると聞いた」


「はい」


「では、聞く」


 俺は深呼吸した。


 話す内容は決めてある。


 ただ、どこから始めるかを決めていなかった。


 始まりが大事だと、会社の研修で言われたことがある。


 最初に何を言うかで、相手の受け取り方が変わる。


「俺は、元の世界では森川創一という名前でした。年齢は三十二歳。会社員。書類を扱う仕事をしていました」


「会社員」


「組織に所属して、決められた仕事をする人のことです。この世界の言葉で言えば、職人や農民や兵士に近い立場ですが、戦いとは無縁の仕事でした」


「武術の経験は」


「全くありません。学校で剣道の授業を少し受けただけです。実戦経験はゼロ」


「魔法は」


「俺のいた世界に、魔法はありません」


 セラムが少し目を細めた。


「魔法がない世界」


「はい。代わりに、技術と道具で物事を進めます。スマホもその一つです」


 俺は懐から壊れたままのスマホを取り出した。


 セラムが見る。


 オルドも興味深そうに顔を上げた。


「これは光と電気を使って動く道具です。今は使えませんが、元の世界では誰でも持っていました」


「魔力を使わずに、こんなものが」


「はい」


「興味深い」


 オルドが言った。


「魔法がなくても、技術で同じようなことができる世界が存在する」


「俺のいた世界では、それが当たり前でした」


 セラムが頷いた。


「続けて」


「四日前の夜、俺は仕事から家に帰る途中で、突然光に包まれて意識を失いました。気がついたら、白い部屋にいて、神を名乗る男が立っていました」


「神」


「向こうもそう名乗りました。本当に神かどうかはわかりません。ただ、俺を別の世界へ送ることができる力は持っていました」


「その者は何と」


「この世界に来て、人間と魔族が本当に争うしかないのかを見ろと言いました。それから、戦闘系のスキルを与えました」


「スキルの内容を、もう一度確認したい」


 俺はスキルを順に説明した。


 堅守刻印。鈍化圧。敵意標識。防線号令。裂勢打ち。


 全部、効果と制約を含めて。


 セラムが書類に何か書き留めている。


「これで全部です。増やすことも、減らすこともできません。たぶん」


「たぶん?」


「神様はそこまで詳しく説明しませんでした。ただ、これが俺に与えた力だと」


 オルドが手を上げた。


「一つ聞いていいかね」


「どうぞ」


「その神様は、なぜ魔族領にあなたを落としたか、理由を言ったかね」


「最初に落ちる場所では敵側の人間だと言いました。それ以上の説明はありませんでした」


「敵側、という言い方は」


「向こうから見ての敵側、という意味だと俺は受け取りました。つまり、人類側の視点で言えば敵側、ということです」


「神は、人類側の視点で話していた」


「そう聞こえました」


 オルドはしばらく考えた。


「神が人類側だとは限らない。ただ、人類側の視点を採用していた可能性はある」


「俺もそう思っています」


「興味深いね」


 セラムが続けた。


「召具について、わかっていることは」


「黒灰色の盾と片手剣が、必要なときに腕や手に現れます。消すこともできます。重さは普通の武器より少し軽い気がします。ただ、衝撃を受けると痛いです」


「召具は通常、職人が作る。あなたのものは、どこから来ている」


「神様から与えられたとしか説明できません」


「あなたの体から出ているのか、別の場所から呼び出しているのか」


「わかりません。意識すると出てきて、意識を切ると消えます。それ以上は俺にも説明できません」


 オルドが頷いた。


「私が見た限りでも、通常の召具とは魔力の動きが違う。あれは、ソーイの体から出ているのではなく、彼を介して外から来ているように見える」


「外、というのは」


 セラムが聞いた。


「この世界の外、だろうね。私の推測だが」


「神様の力ですか」


「あるいは、神様が橋渡しになっている力。ただし、これは推測の域を出ない」


 セラムは書類に書き留めた。


「もう一つ確認したい。スキル以外で、あなたが持ち込んだものは」


「スマホ、社員証、財布、鞄、傘、コンビニのレシート、書類。全部、リーディアさんが見ています」


「武器になるものは」


「ありません」


「身体的な特徴で、こちらの人間と違う点は」


「魔力核がないこと以外には、たぶんありません」


「年齢の見た目は」


「三十二歳に見えると思います。リーディアさんもそう判断してくれていました」


「あなたの元の世界で、争いは」


「ありました。形が違いますが。離れた場所で、人が人を殺していました。俺はそれをニュースで見ていただけです」


「見ていただけ」


「はい」


「では、こちらでも見ているだけでいいと思うか」


「いいえ」


「なぜ」


「ここでは、見ているだけではいられないから」


 セラムは少しの間、俺を見た。


「それは、あなた自身の判断か」


「はい」


「神様の指示ではなく」


「神様は見ろと言いました。動けとは言っていません。動くかどうかは、俺の判断です」


「動く理由は」


「四日間で、顔のある人たちが周りに増えたからです。リーディアさん、ノルさん、オルドさん、ガウンさん、ウナさん、トマ、そしてセラム長」


「私を入れるのか」


「セラム長が判断した結果、俺がここにいるので」


 セラムは少しだけ目を細めた。


 オルドが小さく笑った。


「いい答えだね」


「ただの事実です」


「事実をそのまま言える人間は、案外少ない」


 セラムが書類を閉じた。


「家族のことを聞いていいか」


「両親は健在です。離れた場所に住んでいます。兄が一人。結婚していません。恋人もいません。友人は何人かいます。仕事の関係者が多いですが、それ以外もいます」


「あなたが消えたことで、向こうでは何が起きるか」


「行方不明者として扱われると思います。捜索が出るかもしれません。ただ、戻る手段がない以上、いずれ諦められます」


「それを言えるのか」


「言えます。事実なので」


「家族のことを、感情的に話さない」


「ここで感情的に話しても、向こうには届きません。だから、事実だけ整理しました」


 セラムは少しの間、俺を見た。


「あなたは、自分の感情を整理する癖があるね」


「会社員時代の癖です。感情で動くと、判断を間違えるので」


「ここでは、感情で動く場面もある」


「わかっています」


「わかっていて、整理するのか」


「整理しないと、動けないので」


 セラムは頷いた。


「もう一つ。あなたは何を目指している」


「最初は、生き延びることでした」


「今は」


「人間と魔族が、本当に争うしかないのかを、自分の目で確かめたいと思っています」


「答えが出たら、どうする」


「争うしかないわけではないと、自分が確信できたら、共存の道を探したいです」


「あなた一人で?」


「一人ではできません。協力してくれる人を、少しずつ増やしていくしかないと思っています」


「神様の指示か」


「神様は見ろとしか言いませんでした。動くのは俺の判断です」


「同じことを二度言わせるな、ということか」


「念のためです」


 セラムは微かに笑った。


 オルドも笑った。


 リーディアだけが、真面目な顔のままだった。


「話してくれてありがとう」


 セラムが言った。


「あなたが昨日まで言わなかったことは、ほぼ全部出たと判断する」


「他にもあれば、言ってください。気づかないだけかもしれません」


「今のところはない。ただ、思い出したら言いに来なさい」


「はい」


「あなたの集落での扱いを見直す」


「処分が変わりますか」


「軽くなる」


 俺は少し驚いた。


「監視は続ける。ただし、行動の自由を少し増やす。武器の召喚も、緊急時以外は事後報告でいい」


「ありがとうございます」


「礼を言うのは、信用を得た者がやることだ」


「信用に近づいた、ということでいいですか」


「半分くらい」


 半分。


 リーディアと同じ言葉だった。


 偶然ではないかもしれない。


 集落長と、彼女に信頼されている女性が、同じ言葉を使う。


 この集落の判断の基準が、その言葉に表れている気がした。


「これからも、判断材料は出しなさい」


「出します」


「あなたの判断と、私の判断が違うとき、私の判断を優先する場面がある」


「わかります」


「逆に、あなたの判断を優先する場面もある」


「いいんですか」


「現場であなたが感じることは、ここからは見えない。現場の判断は、現場の者が出す」


 俺は頷いた。


「以上だ。下がっていい」


 オルドが立ち上がった。


「ソーイ、後で話したいことがある。医療棟に行く」


「はい」


 リーディアと俺が執務小屋を出た。


 外の光が眩しかった。


「終わったわね」


「終わりました」


「楽になった?」


「半分くらい」


「半分が増えてきた」


「リーディアさんの口癖が、うつったかもしれません」


「私の口癖ではない」


「半分くらい、はリーディアさんがよく使います」


「セラムも使う」


「それで、俺の中にも入りました」


「あなたは、染まりやすい」


「悪い意味で」


「いい意味でも、悪い意味でも」


 リーディアは少し笑った。


 今日も笑っていた。


 俺はそれを、悪くないと思った。


 四日目の朝が終わろうとしていた。


 まだ何もしていない。


 ただ、嘘ではないものを、自分の口から出した。


 それだけで、今日の朝は十分だった。


次話は明日の19:00に投稿します。


1日1話投稿の予定になります。


よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ