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第12話 夜襲の狼煙

 東の敵意が、急に強くなった。


「東、近づいています。速い」


 俺が声を上げた瞬間、集落の東側の柵が揺れた。


 丸太を組んだ柵に、外から何かが叩きつけられる音がした。


 一度。


 二度。


 三度目で、柵の一部が内側へ倒れた。


「東が破られました!」


 セラムの声が走る。


「東へ二人!子どもを医療棟の奥へ!」


 集落の中が動く。


 リーディアが俺を見た。


「ついてきて。離れないで」


「はい」


 彼女は東へ向かった。


 俺は盾を構えたまま後を追う。


 脇腹の古傷が鈍く痛む。


 気にしている余裕はない。


 東の柵が破れた場所には、すでに見張りの二人が剣を構えていた。


 倒れた柵の向こうに、人影が二つある。


 外見は、魔族とも人類軍とも違う。


 装備が統一されていない。


 革の鎧と布の服が混在し、腕布も氏族印もない。


 顔に黒い線を引いている。


 俺の胸の奥に、鋭い痛みが二つ。


 殺意だ。


 昨夜のノルの敵意とも、斥候の警戒とも違う。


 ためらいのない、真っ直ぐな殺意。


「リーディアさん、二人。殺意があります」


「わかった」


 リーディアの右手の銀紋が、手首から肘まで広がった。


 見張りの二人が前へ出ようとした。


「待って」


 リーディアが止める。


「間合いを空けて。私が使う」


 見張りたちが左右に分かれた。


 黒い線の二人組が、柵の穴から踏み込んでくる。


 一人が剣。


 もう一人が短い槍。


 槍の男が踏み込む前に、リーディアの黒燐火が走った。


 黒い炎が地面を舐め、槍の男の足元を焼く。


 土が爆ぜ、男が体勢を崩した。


 剣の男はそれを見て、リーディアへ突進する。


「ソーイ」


「はい」


 俺は前へ出た。


 盾を正面に構える。


 剣が盾に当たる。


 衝撃が腕を走る。


 足がずれそうになる。


 重心を落とす。


 堅守刻印。


 腕の痺れが、通常より少ない。


「裂勢打ち!」


 盾の縁を男の肩に叩きつける。


 男が半歩だけ崩れた。


「今」


 リーディアの声と同時に、黒燐火が放たれた。


 崩れた男の足元を焼き、転倒させる。


 二人とも倒れた。


 見張りの二人が素早く飛びかかり、腕を押さえる。


「縛って。殺すな」


 リーディアが指示を出した。


 俺は盾を構えたまま、北と西の感触を確認した。


「北と西は止まっています。東が破れたのを見ているかもしれません」


「様子を見ているのね」


「たぶん」


「セラムに知らせて」


 俺はセラムの方へ声を上げた。


「北と西は止まっています!東が突破できなかったことを確認しているようです!」


 セラムの返事が飛んだ。


「わかった。北と西の警戒は続ける。東を補強しろ!」


 捕虜になった二人は、縛られて医療棟の外に置かれた。


 倒れた柵は、集落の男たちが急いで補強している。


 俺は医療棟の入り口近くで、感知を続けていた。


 目を閉じる。


 北の三つ。


 西の一つ。


 東の二つは、今は柵の外ではなく内側にいる。捕虜だ。


 ヴァラン氏族の男を追ってきた可能性があった北の四つ。


 今、北の四つのうち、一つが急に消えた。


「北の一つが消えました」


「消えた?」


 リーディアが近づく。


「死んだか、遠ざかったか」


「わかりません。急に感触がなくなりました」


「どのくらい遠ければ感知できなくなる?」


「試したことがありません。昨夜の感覚では、森を抜けて柵の外くらいまでは感じました」


「それより遠くへ行ったか、遮るものがあったか」


「黒い石の影響だと、感知が潰されます」


 リーディアの表情が変わった。


「石が使われた?」


「匂いはしていません。ただ、急すぎる」


「セラム長に伝える」


 リーディアが動いた。


 俺は感知を続けた。


 北の残り三つ。


 西の一つ。


 変化はない。


 だが、何かが引っかかった。


 北の残り三つの感触が、少し前と違う。


 硬さが増した。


 殺意が入り混じってきた。


「リーディアさん!」


「何」


「北の感触が変わりました。さっきより硬い。殺意が混じっています!」


 直後、北の柵が鳴った。


 東よりも強い音だった。


 一度。


 二度。


 三度。


 四度。


 連続して叩きつけられる音。


「北が来ます!」


 セラムの指示が飛んだ。


「全員北へ!東は最低二人残せ!子どもは動かすな!」


 北の柵は、東より高く作られていた。


 それでも、連続した衝撃に軋んでいる。


 見張りの者たちが柵の内側に集まり、剣と弓を構えた。


 弓を持つ者が三人。剣が五人。


 リーディアが俺の横に立った。


「柵を越えてきたら、前の三人を任せる。あなたは子どもたちのいる医療棟の方向を守って」


「柵の前ではなく?」


「あなたが前線に出ると、後ろが空く。子どもたちは医療棟の奥にいる。万が一、誰かが回り込んだとき、あなたが最後の盾になる」


 最後の盾。


 俺は頷いた。


「わかりました」


「防線号令は、私が指示を出したときだけ使って。体力を残して」


「はい」


 俺は医療棟の入り口を背にして立った。


 盾を構える。


 重心を落とす。


 胸の奥で、北の三つの痛みが強くなる。


 柵が軋む。


 弓を持つ者たちが矢を番える。


 北の柵が、一部内側へ押された。


 隙間から手が見えた。


「射て!」


 矢が三本、隙間へ向かった。


 外で声がした。


 手が引っ込む。


 しかし、柵への叩きつけは止まらない。


「ソーイ」


 俺の名前を呼んだのは、リーディアではなかった。


 低い声。


 少し離れた場所から。


 振り返ると、医療棟の入り口の陰に、トマが立っていた。


 十歳の少年が、震えた目で俺を見ていた。


「トマ。なぜここにいる」


「怖くて。奥にいたら、声が聞こえなくなって」


「奥に戻りなさい。セラム長の指示だ」


「ひとりはもっと怖い」


 俺は少しだけ迷った。


 話しかけるな。


 セラムとリーディアに言われていた。


 だが、向こうが来たなら無視もするな、とも言われた。


「ならここにいなさい。俺の後ろで。動かないで」


「いいの?」


「俺が盾になる。後ろは安全だ」


 トマが俺の背後に来た。


 小さな気配が、背中の近くに感じられる。


 北の柵が、また鳴った。


 今度は大きく軋んだ。


 丸太が一本、内側へ倒れた。


「来ます!」


 俺は叫んだ。


 見張りたちが構える。


 リーディアの黒燐火が走った。


 柵の穴から二人が飛び込んでくる。


 一人は黒燐火に弾かれた。


 もう一人が内側へ入った。


 見張りの剣が対応する。


 俺は医療棟の前で動かなかった。


 トマが背中に張りついている気配。


 胸の奥に、まだ北の一つの痛みが残っている。


 入ってきた一人は、見張りたちに抑えられている。


 でも、もう一人が消えた。


「一人が見えません!」


 俺は叫んだ。


 直後、胸の奥に鋭い痛みが走った。


 左。


 医療棟の横の路地。


「左!」


 盾を左へ向けた瞬間、路地から男が飛び出してきた。


 短剣を逆手に持っている。


 俺に向かってではない。


 後ろへ向かって。


 トマへ。


「防線号令!」


 声が出た瞬間、体が動いた。


 盾を後ろへ翻す。


 男の短剣が、盾に当たった。


 衝撃が腕を走る。


 今まで受けた中で、一番重い衝撃だった。


 足が半歩ずれる。


 倒れない。


 倒れるわけにはいかない。


 背中の後ろに、トマがいる。


「ぐっ...!」


 男が短剣を引いて、もう一度構えた。


 俺は盾を前に戻す。


 男の動きが、わずかに遅れた。


 鈍化圧。


 その隙間に、黒い炎が横から走った。


 リーディアの黒燐火。


 男の足元を焼き、体勢を崩す。


 見張りが飛びかかり、取り押さえた。


 俺はその場で膝をついた。


 腕が痺れている。


 脇腹が燃えるように痛い。


 傷が開いた。


「ソーイ」


 トマの声が頭の上から聞こえた。


「血が出てる」


「大丈夫」


「大丈夫じゃないよ。いっぱい出てる」


「少ししか出ていない」


「嘘だ」


 俺は笑おうとしたが、うまく笑えなかった。


 リーディアが駆けてきた。


 俺の脇腹を一瞥して、顔をしかめる。


「言ったでしょう」


「傷が開くとは言いましたが、今は止める場合ではなかったので」


「今後は私に判断させて」


「はい」


「トマ、離れて。手当てをするから」


「リーディア姉」


 トマの声が、いつもと少し違った。


 俺はそれを感じながら、盾を消した。


 左腕から重みが抜け、同時に疲労が一気に来た。


「ソーイがいなかったら、俺、死んでた?」


「わからない」


 リーディアが答えた。


「でも、あなたを守ろうとしたのは本当よ」


「人間なのに」


「そう。人間なのに」


 リーディアの声に、棘はなかった。


 確認しているだけの声だった。


 トマが黙った。


 俺はリーディアに手当てをされながら、北の感触を確認した。


 消えていた。


 全部、消えている。


 西も。


 撤退したのか、それとも石が使われたのか。


「北と西の感触がなくなりました」


「引いたのかしら」


「わかりません。急に消えました」


「また石の可能性もある」


「そうですね」


 セラムが近づいてきた。


「状況を教えろ」


 俺は感知した内容を、順を追って説明した。


 北の四つが三つになった瞬間。感触の変化。東が破れたとき。北の殺意。路地の男。全部消えた経緯。


 セラムは黙って聞いた。


「よく知らせてくれた」


「たまたまです」


「たまたまでもいい」


 セラムはトマを見た。


「トマ、なぜここにいる」


「ごめんなさい。怖くて出てきた」


「次は奥にいなさい。奥にいる方が安全だ」


「でも一人だと」


「一人ではない。大人がいる」


「ソーイもいた」


 トマが小声で言った。


 セラムは俺を見た。


 何も言わなかった。


 ただ、少しだけ目を細めた。


 夜が更けた。


 捕虜は五人になった。


 東から入った二人。北から入った二人。路地の男が一人。


 全員、生きている。


 全員、口を割らない。


 セラムが尋問をしているが、俺のいる医療棟まで声は聞こえない。


 聞こえるのは、風の音と、集落の見張りが交代する足音だけだった。


 医療棟は小さな建物だった。


 木の寝台が四つ。薬草の束。小さな炉。


 今は寝台が全部埋まっている。


 ヴァラン氏族の男。


 東から入ってきた男の一人が、受けた傷で運ばれてきた。


 そして俺。


 残りの一つに、集落の見張りで腕を切られた男が寝ている。


 リーディアが俺の脇腹を縛り直した。


「動くな」


「動くつもりはありません」


「そういう人ほど動く」


「気をつけます」


「それも信用できない」


「では、動く前にあなたを呼びます」


「それでいい」


 リーディアは布を固く結んだ。


 さっきより痛い。


「痛い?」


「それなりに」


「我慢できる程度?」


「はい」


「傷自体は深くない。ただ、前回より少し大きく開いた」


「すみません」


「謝らない。守る場面だったのはわかっている」


 リーディアは道具を片づけながら、続けた。


「防線号令が出た」


「はい。反射的に」


「トマの前で体を翻したのも反射?」


「たぶん」


「たぶん」


「気づいたときには動いていました」


 リーディアは手を止めた。


 俺を見ていた。


「訓練の成果かもしれない」


「一日では早すぎます」


「でも、今朝教えたことがいくつか出ていた」


「気がしましたか」


「気がしたではなく、見ていたから言っている」


 俺は少しだけ驚いた。


「混戦の中で見ていたんですか」


「あなたが医療棟の前にいたので、視界に入っていた」


「余裕があるんですね」


「ない。ただ、仲間の動きを見ながら戦うのは、盾役だけの仕事ではないわ」


 リーディアはそう言って、薬草を一つ取り出した。


 俺の傷口の上から、布越しに当てる。


「これは?」


「熱を持ちやすい場所だから。炎症を抑える」


「ありがとうございます」


「礼は傷が治ってから言いなさい」


「では、治ったら言います」


「約束ね」


 約束という言葉を、リーディアが使った。


 俺は少しだけ驚いたが、顔には出さなかった。


 しばらくして、トマが医療棟の入り口に現れた。


 中には入らず、扉の横に立っている。


 リーディアが気づいた。


「何か用?」


「ない」


「ないなら戻りなさい」


「戻りたくない」


 リーディアは少しだけ眉を寄せた。


 俺は寝台に腰を下ろしたまま、トマを見た。


「怖かった?」


 セラムに話しかけるなと言われていた。


 ただ、向こうが来たなら無視もするなと言われていた。


 今は、向こうが来ている。


「怖かった」


 トマは素直に言った。


「俺も怖かった」


「盾を持ってたじゃないか」


「盾を持っていても怖いものは怖い。ただ、怖いときに動くのは、盾があった方がやりやすい」


 トマが少し考えるように黙った。


「ソーイは人間なのに、なんで俺の前に出たの」


「あそこにいたから」


「それだけ?」


「それだけ。難しい理由はない」


「父さんも、そういう人だった」


 俺は何も言わなかった。


 言える言葉がなかった。


「難しい理由がない、って言ってた。前にいたから前に出る。それだけだって」


「強い人だったんですね」


「強くなかったって言ってた。ただ、後ろを向くと後ろにいる人の顔が見えるから、前を向いた方が楽だって」


 俺はその言葉を、少しの間だけ胸の中に置いた。


「いい言葉ですね」


「そう思う?」


「思います」


「人間なのに?」


「人間でも、そう思います」


 トマは俺を見た。


 まだ完全には開いていない目だった。


 警戒と、好奇心と、少しの迷いが混じった目。


「リーディア姉」


「何」


「ソーイ、しばらく話してもいい?」


 リーディアは少し間を置いた。


「セラムに聞きなさい」


「セラム長は怖い」


「大人に聞けないことがあるなら、まだその話をする準備ができていないということよ」


 トマはむっとした顔をした。


 だが、しばらくして小声で言った。


「聞いてみる」


 そして、走っていった。


 リーディアが薬草の袋を棚に戻しながら言った。


「あの子、変わったわね」


「昨夜の今朝で、変わるものですか」


「一晩で変わることがある。特に子どもは」


「どちらに変わったと思いますか」


「まだわからない。ただ、さっきのトマは、入り口で止まっていた」


「どういう意味ですか」


「前は、人間と聞けば石を投げようとした。今日は入り口で止まった。中には入らなかったけど、出てもいかなかった」


「それが変化ですか」


「小さい変化よ。でも、人が変わるときは、たいてい小さな変化から始まる」


 俺はリーディアの横顔を見た。


「リーディアさんも、そうでしたか」


「何が」


「俺に対して、変わるときは小さな変化から始まりましたか」


 リーディアは手を止めた。


 少しの間があった。


「気にしているの、そういうことを」


「少しは」


「なぜ」


「自分がどう見られているかを知っていた方が、余計な失敗が減るので」


「実用的な理由ね」


「それだけではないですが」


「それだけではない」


 リーディアは俺を見た。


 灰青の目が、少しだけ細くなる。


「あなたは、正直すぎる」


「よく言われます」


「最近言われ始めたのでしょう」


「そうでした」


 リーディアは小さく笑った。


 今度は、一瞬ではなかった。


 二秒か、三秒か。


 それだけ長く笑っていた。


 俺はそれを、黙って見ていた。


「私が変わったのは、境界森でトマを探したときよ」


 リーディアが言った。


「あなたが引きつけ役になって、私が撃った。あのとき初めて、連携が成立した」


「俺は、ただ逃げ回っていただけですが」


「逃げながら盾を向けていた。私が撃てる方向へ相手を動かしていた。意識してやったの?」


「半分は意識していて、半分は必死だったので、どちらとも言えません」


「それでいい」


「いいんですか」


「必死でもできることが、本当にできることよ。余裕があるときだけできることは、まだできていない」


 俺はその言葉を、少しだけ繰り返した。


 必死でもできることが、本当にできること。


「覚えておきます」


「覚えるだけでなく、続けなさい」


「はい」


 外から、セラムの声が聞こえた。


 尋問が一段落したらしい。


 指示を出している声のあと、足音が医療棟に向かってきた。


 セラムが入ってきた。


 俺とリーディアを見て、傷の状態を確認する。


「深くはないが、無理はするな」


「はい」


「トマが来なかったか」


「来ました。今は出ていきました」


「話したか」


「少しだけ」


 セラムは俺を見た。


「私がいないところで話をした」


「向こうから来たので、無視はしませんでした」


「わかっている」


 セラムは叱らなかった。


 ただ、確認しているだけだった。


「捕虜から何か」


 リーディアが聞いた。


「ほとんど話さない。ただ、一人だけ少し話した」


「何を」


「指示を受けてここへ来た。ただし、指示を出したのは人類軍でも、魔族の氏族でもない」


「第三の者ですか」


「そう言っていた。ただし、相手の顔は見ていない。声だけ聞いた」


「声で」


「指示は黒い石を通じて来た。石が砕けると、声が聞こえたと」


 黒い石。


 また同じものが出てきた。


「ソーイ」


 セラムが俺を見た。


「その石について、何か知っているか」


「知っていることは全部話します。ただ、多くはありません」


「話せ」


 俺はオルドから聞いた内容と、自分が体験したことを順を追って話した。


 黒い石が割れたときの感触。白い部屋の幻。暗い穴と笑い声。感知が潰された感覚。今日の戦闘でも、北の一つが消えた前後に焦げた匂いがしたこと。


 セラムは黙って聞いた。


「石の欠片が、捕虜の一人から出てきた。まだ割れていない」


 リーディアが息を飲んだ。


「オルドに見せますか」


「すでに預けた。今調べている」


「俺も確認できますか」


 俺が言うと、セラムが少し考えた。


「理由は」


「石が割れた前後で、感知への影響が変わります。割れる前の石がどう感じるかを知っておけば、次に使われたとき、割れる前に気づけるかもしれません」


「なるほど」


 セラムは少しの間だけ黙った。


「傷が落ち着いたら、オルドのところへ連れていく。今夜は休め」


「はい」


 セラムが出ていった。


 医療棟に、静けさが戻る。


 リーディアが俺の横の椅子に座った。


 今夜はここにいるつもりらしい。


「寝ていいわよ」


「あなたは」


「見張る」


「俺の見張りですか、外の見張りですか」


「両方」


「眠くないんですか」


「慣れている」


 俺は寝台に横になった。


 脇腹が痛む。


 腕も痺れている。


 だが、眠れそうだった。


「リーディアさん」


「何」


「今日、防線号令が出たとき、あなたの周囲に膜が出ました」


「私も感じた」


「前回と違いましたか」


「前回より早かった。それと、少し厚かった気がした」


「練習の成果かもしれません」


「かもしれない」


「明日もやれますか」


「傷が許すなら」


「許すようにします」


「それが一番信用できない」


 リーディアが小さく息を吐く音がした。


「おやすみ、ソーイ」


 俺は少し驚いた。


 彼女から、おやすみと言ったのは初めてだった。


「おやすみなさい、リーディアさん」


 目を閉じる。


 胸の奥に、見張りたちの弱い痛みが点のように散っている。


 危険はない。


 今夜は、それだけで十分だった。


 二日前に落ちてきた異世界で、俺はもう二度目の夜を越えようとしていた。


 まだ何もできていない。


 でも、少しだけ、盾になれた気がした。

次話は明日の19:00に投稿します。


1日1話投稿の予定になります。


よろしくお願いいたします。

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