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第七話 二重底(マトリョーシカ)の嘘

翌朝。俺はアパートの狭いキッチンで、淹れたてのコーヒーをマグカップに注いでいた。

ふと手が滑り、熱い液体がシャツの襟元とネクタイに跳ねた。


「……チッ」

昨夜、小日向颯が言った通りになった。


『明後日の午後3時、彼らはハウスサポート桐ヶ丘でアルバイトをしている霧島誠一の姿に辿り着く』


タイムリミットまで、あと30時間。

遠藤の放った掃除屋が俺の顔写真を照合し、底辺フリーターの「霧島誠一」に辿り着く。


だが、逃げるという選択肢はない。

嘘がバレそうになった時、三流の詐欺師は逃げ隠れするが、一流は**「さらに巨大な嘘で、その事実を包み込む」**。


俺は出勤すると、誰もいない休憩室に木村を呼び出した。

「木村。今日中に、俺のデスクの鍵付き引き出しに、このファイルを忍ばせておけ」


俺は分厚いキングファイルを木村に手渡した。中には、俺が徹夜で偽造した書類の束が綴じられている。神崎コーポレーションの不審な資金移動のダミー記録、遠藤忠雄の顔写真と行動記録などだ。


「なんだよこれ……」

「いいか、絶対に中身を誰にも見せるな。ただ、引き出しの奥に隠しておけ。それと、もし明日以降、柄の悪い連中が店に俺の素性を嗅ぎ回りに来たら、こう言え。『霧島は3ヶ月前に入ってきたが、宅建も持っていないのにやたらと不動産の裏帳簿に詳しくて気味が悪い』と」


遠藤は明日、俺が不動産屋のアルバイトであることを突き止める。

だが、そのアルバイトのデスクから「自分(遠藤)を内偵している詳細な調査ファイル」が出てきたらどう思うか?


遠藤の明晰な頭脳は、こう推測するはずだ。

『こいつはただのアルバイトではない。神崎コーポレーションの裏金を追っている企業スパイ、あるいは帝都銀行の監査部の特命係だ』と。


真実フリーターを、さらに強固な嘘(潜入捜査官)でコーティングする。

遠藤が「自分の力で秘密を暴いた」と思い込んだ瞬間、奴は俺の掌の上で踊ることになる。



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