第七話 二重底(マトリョーシカ)の嘘
翌朝。俺はアパートの狭いキッチンで、コーヒーを飲みながら思考を巡らせていた。
昨日、小日向颯が予言した『15円の株価変動』は現実のものとなった。つまり、あの少年の「結果を視る能力」は本物だ。遠藤の底知れなさも、すでに実証されている。
タイムリミットが迫っていた。遠藤の放った掃除屋が、俺の顔写真を街の防犯カメラと照合し、この底辺フリーター「霧島誠一」の存在に辿り着くのは時間の問題だ。
だが、逃げるという選択肢はない。嘘がバレそうになった時、一流の詐欺師は**「さらに巨大な嘘で、その事実を包み込む」**。
俺は出勤すると、誰もいない休憩室に木村を呼び出した。
「木村。今日中に、俺のデスクの鍵付き引き出しに、このファイルを忍ばせておけ」
俺は分厚いキングファイルを木村に手渡した。中には、俺が徹夜で偽造した書類の束が綴じられている。神崎コーポレーションの不審な資金移動のダミー記録、遠藤忠雄の顔写真と行動記録などだ。
「なんだよこれ……」
「いいか、絶対に中身を誰にも見せるな。ただ、引き出しの奥に隠しておけ。それと、もし明日以降、柄の悪い連中が店に俺の素性を嗅ぎ回りに来たら、こう言え。『霧島は最近入ってきたが、宅建も持っていないのにやたらと不動産の裏帳簿に詳しくて気味が悪い』と」
遠藤の掃除屋は必ず、俺が不動産屋のアルバイトであることを突き止める。
だが、そのアルバイトのデスクから「自分(遠藤)を内偵している詳細な調査ファイル」が出てきたら、遠藤はどう思うか?
遠藤の明晰な頭脳は、必ずこう推測するはずだ。
『こいつはただのアルバイトではない。神崎コーポレーションの裏金を追っている企業スパイ、あるいは帝都銀行の監査部の特命係だ。木村という末端の横領犯に目をつけて、身分を偽って潜入していたんだ』と。
真実を、さらに強固な嘘(潜入捜査官)でコーティングする。
遠藤が「自分の力で秘密を暴いた」と思い込んだ瞬間、奴は俺の掌の上で踊ることになるのだ。




