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第五話 完璧な標的と、15円の動き

小日向の「株価が15円動く」という予言。

翌日の午後12時50分。俺は薄暗いネットカフェで、神崎コーポレーションの株価チャートを監視していた。


13時ちょうど。

何の前触れもなく、株価が正確に「15円」だけ下落し、わずか数秒で元の値に戻った。一般の投資家なら「ただのノイズ」として見過ごす微小な動き。


(……アルゴリズム取引による、極めて精密な資金の移動テストか)

俺は、木村から聞き出していた「20万以下の死角」を思い出した。

点と点が繋がる。遠藤はあのAIの死角を利用し、数百、数千のダミー口座を使って自動プログラムで裏金を動かしている。そのプログラムの稼働テストの余波が、株価の「15円」という誤差を生んだのだ。


背筋が凍った。小日向の言う通りだ。

昨日、遠藤はバーで「資金洗浄に興味はないか」と俺に誘いをかけた。

もし俺があの場で「やらせてください」と少しでもがっついていれば、どうなっていたか。遠藤の口からは、あの時一切の『赤い靄』が出ていなかった。


つまり遠藤は、「自分自身にさえ嘘をつき、脳内で事実を書き換える訓練」を受けている、本物のサイコパスだ。あれは俺の正体を探るための、致死量のテストだったのだ。


俺は即座に行動を開始した。

不動産屋のバックヤードで、木村を呼びつける。


「木村。今日、遠藤から必ず接触があるはずだ」

「えっ……な、なんでわかるんだよ」

「俺がそう仕向けたからだ。いいか、遠藤にこう報告しろ。『近藤麻美が昨日、帝都銀行の封筒を持った若い男と接触していました。男の特徴は……』」


俺は木村に、俺自身(銀行員の霧島)の特徴を伝えさせた。


遠藤の視点で考えろ。

行方を追っている「社長の裏帳簿データ」を持つ元秘書・近藤麻美。

その彼女が、たまたま自分がバーで知り合った「帝都銀行の霧島」と接触している。

遠藤ほど疑り深い男なら、これを「偶然」とは絶対に思わない。必ず「霧島は近藤麻美のデータを狙って近づいてきたスパイだ」と推測する。


「相手に、自分の都合の良いシナリオを『自ら推測(発見)』させること」。

それが、優秀なエリートを盤面に引きずり込むための、最大の鉄則だ。

遠藤忠雄。お前が張った調査網そのものを、お前を縛り首にするためのロープに変えてやる。

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