第四話 邂逅、そして一兆円の標的
サウナでの接触から数時間後。俺はバー「澤村」の重厚な扉を開けた。
カウンターの隅には、予定通り遠藤が座っていた。
「おや、霧島くんじゃないか! 奇遇だね」
「遠藤さん。まさかここでお会いするとは」
俺たちは自然に隣同士になり、グラスを傾けた。
遠藤は上機嫌で、神崎コーポレーションの景気のいい話を並べ立てる。だが、その背後に視える景色は赤く濁っていた。華々しい数字の裏側には、無数の犠牲者がいる。
その時だった。
バーの入り口から、一人の少年が入ってきた。
15、6歳だろうか。東明高校の制服を着ている。整った顔立ちだが、その瞳には年齢にそぐわない、ひどく理知的で静かな観察眼があった。
少年は俺と遠藤の背後を通り過ぎ、少し離れたボックス席に座る。
その瞬間、俺の視界がバチッと音を立てて弾けた。
(……なんだ、この感覚は)
霧島としての俺の能力が、過去にないレベルで激しく警鐘を鳴らす。
その少年の周囲だけ、空間の密度が違うように見えた。靄(嘘)が見えるのではない。まるで、**「そこだけ時間が確定している」**かのような、異質な質感。
少年──小日向颯は、マスターにコーラを注文すると、一瞬だけ鏡越しに俺と目を合わせた。
彼が微かに微笑む。その微笑みは、「お前の正体も、その能力も、すべて視えている」と語りかけているようだった。
「……霧島くん? どうしたんだい」
遠藤の声で、現実に引き戻される。
「いえ、少し飲みすぎたようです」
「ははは! 銀行員がそれじゃ困るな。……ところで霧島くん、君の銀行では、出所不明の『大口資産』の運用には強いかね?」
来た。遠藤が自ら、破滅への招待状を差し出してきた。
だが、俺の視線は席を立ち、店を出ようとしている少年に釘付けになっていた。
小日向颯が、去り際に俺の肩を軽く叩いた。
「……霧島さん」
「……あ?」
「あなたの計画している『復讐』。五年後の映像では、神崎コーポレーションという組織は内部から崩壊しています。ですが、今の強引なやり方のままだと、あなたもその瓦礫の下に埋まることになりますよ」
極めて丁寧な敬語。だが、その内容は戦慄を覚えるほど具体的だった。
「……何の話だ」
「コンサルタントとしての、ビジネスの助言です。その遠藤という男の『底』は、あなたが思っているよりずっと深い。明日の午後1時、神崎コーポレーションの株価が15円動きます。それが、あなたの命を繋ぐヒントになるはずです」
少年は手短にそう言い残し、夜の街へと消えていった。
俺の能力(赤い靄)は、今の言葉に一切反応しなかった。
つまり、彼には本当に「数年後の確定した映像」が視えている。
現在(嘘)を視る俺と、未来(結果)を視る小日向颯。
復讐劇の盤面に、最高にして最強の「不確定要素」が加わった。




