第二十九話 亡霊たちのパレード
火曜、深夜零時過ぎ。首都高湾岸線、大井トンネル。
非常用防煙シャッターが前後の退路を完全に塞ぎ、神崎の車列はコンクリートの密室に閉じ込められた。
『……神崎隆。あなたの罪は、すべて記録されている』
俺の乗る車両のカーナビ、そして後方の神崎が乗るVIP車のモニターに、突如として不気味な合成音声が響き渡った。
画面に浮かび上がったのは、かつて神崎が横領の罪を着せて「自殺」に追い込んだ歴代の秘書たちの顔写真。そして、俺の手駒となった大地の「完全記憶」によって書き起こされた、大物政治家・御子柴への裏献金を記した『真の裏株主名簿』のデータだった。
「罠だ! 霧島、債券を守れ! 全員、武器を持て!」
無線越しに、神崎隆の怒号が響き渡る。その声は、かつての絶対者のものではなく、パニックに陥った老人の悲鳴に近かった。
助手席に座る神崎の私設部隊の隊長が、アサルトライフルを構えながら周囲を血走った目で見回している。
「室長! これはどういうことですか! システムが外部から完全にジャックされています!」
「慌てるな。会長を守るのが先だ。私は債券から離れられない」
俺は極めて冷静に答えながら、足元に置かれた三つのアタッシュケースを撫でた。中身は100億円の無記名債券。
(……始まったな、小日向)
俺は左耳に仕込んだ極小の骨伝導イヤホンから聞こえる、微かなノイズに意識を集中していた。
数日前、小日向のチームの「陽」という少女が解析した、神崎コーポレーション本社の空調振動を利用したアナログ暗号。俺は事前の打ち合わせ通り、車内のシートの下に「超広帯域のバイブレーションセンサー」を仕込んでいた。
トンネルという密室。防音仕様のVIP車。
だが、その防音・防弾ガラスさえも、音響の天才である陽にとっては「巨大なスピーカー(反響板)」に過ぎない。俺の仕込んだセンサーが、車内の微細な振動と音声を、数十キロ離れた高校の旧文芸部室へとリアルタイムで送信している。
無線から、神崎の狂乱した声が漏れ続ける。
『開けろ! シャッターを物理的に破壊しろ! 御子柴先生への秘匿回線を繋げ! 警察上層部を動かせ! このままでは私が……神崎コーポレーションが終わるぞ!』
神崎の口から、無数の**真っ赤な靄(嘘と欺瞞)**が噴き出しているのが、俺の目にははっきりと見えた。
自分の手を汚さず、他人を駒として使い捨ててきた怪物が、ついに自分で自分の首を絞めるための決定的な証拠(失言)を垂れ流している。
『……神崎隆。あなたの帝国は、今夜ここで、あなたの罪と共に瓦解する』
モニターから、感情を波立たせるような奇妙な周波数を含んだ凛の声が響く。神崎の焦燥感を限界まで増幅させるための音響兵器だ。
「やめろ……! 黙れ! 私は神崎だ! この国の血肉を支配している男だぞ!!」
一兆円の怪物が、女子高生たちの作った「音と情報の檻」の中で、のたうち回っている。
俺はアタッシュケースを撫でながら、詐欺師としての最高の結末を味わっていた。




