第二十八話 運命の夜、赤いギロチン
火曜、深夜零時。
神崎隆の私邸の地下駐車場。冷たいコンクリートの匂いが漂う中、三台の黒塗りの防弾仕様SUVがエンジンを低く唸らせていた。
俺は中央の車の後部座席に座り、隣には重厚なアタッシュケースが三つ、シートベルトで厳重に固定されている。中身は総額100億円の無記名債券だ。
助手席には武装した神崎の私設部隊の隊長が座り、鋭い視線で周囲を警戒している。
「出発しろ」
無線から、後方の車に乗る神崎隆の冷たい声が響いた。
車列が静かに動き出し、私邸のゲートを抜けて深夜の帝都へと滑り出していく。
俺は膝の上で手を組みながら、暗い車窓の外を流れる街灯の光を眺めていた。
(……あと20分)
心臓の鼓動が、わずかに早くなるのを感じる。
だが、恐怖はない。あるのは、長かった復讐劇がようやく終わるという、どす黒い高揚感だけだ。
車列は首都高速に乗り、予定通り海沿いのルートへ入った。
深夜の高速道路は交通量も少なく、三台の車は規則正しいフォーメーションを保ったまま、巨大な「海底トンネル」へと差し掛かった。
オレンジ色のナトリウムランプが、等間隔で車内を照らし出す。
トンネルの中央付近に差し掛かった、その瞬間だった。
『……ブブーッ!!』
突如として、トンネル内にけたたましい非常サイレンが鳴り響いた。
同時に、前方を走っていたダミーの先導車が急ブレーキを踏む。
「何事だ!?」
助手席の隊長が叫ぶ。
前方数百メートル先、トンネルの非常用防煙シャッターが、けたたましい音を立てて完全に降下し、道を塞いでいた。
「隊長! 後方のシャッターも閉まりました! 我々はトンネル内に完全に閉じ込められました!」
無線から、焦燥したドライバーの声が響く。
俺は暗闇の中で、口角が吊り上がるのを抑えきれなかった。
奏がシステムの脆弱性を突き、小日向の指示通りに完璧なタイミングで「ネズミ捕り」を作動させたのだ。
「罠だ! 霧島、債券を守れ! 全員、武器を持て!」
無線越しに、神崎隆の怒号が響き渡る。
その直後、俺たちの乗る車のカーナビのモニターが、一斉に砂嵐に変わった。
そして、そこに浮かび上がったのは、神崎がかつて葬り去った「自殺したはずの秘書」の顔写真と、大地が記憶から書き起こした「血塗られた裏帳簿」のデータだった。
『……神崎隆。あなたの罪は、すべて記録されている』
合成された不気味な音声が、車内に響き渡る。
絶対的な支配者であった神崎隆が、逃げ場のない密室で、過去の亡霊たちに首を絞められる時間が始まった。
一兆円の怪物の断末魔が、すぐそこまで迫っていた。




