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第二十五話 過去からの亡霊

その日の午後、神崎コーポレーション本社の会長室は、異様な緊張感に包まれていた。

俺が呼び出されて部屋に入ると、神崎隆は顔面を蒼白にさせ、重厚なマホガニーのデスクの上に置かれた『一枚の紙切れ』を血走った目で見つめていた。


「霧島……。これを見ろ」


神崎の震える指先が示したその紙には、万年筆で短くこう書かれていた。


『地下二階の帳簿は、まだ息をしている。……もうすぐ、日の目を見るだろう』


俺はわざとらしく眉をひそめ、驚愕したフリをした。

「会長、これは……?」

「私の専用車の中に置かれていた。運転手もSPも、誰一人として気づかなかった。……内部の犯行だ」


神崎の口元からは、一切の赤い靄が出ていない。彼は本気で怯え、同時に激怒していた。

地下二階。俺と大地が潜入した、あの神崎の私邸のアナログ書斎のことだ。その存在を知る者は、神崎本人と、ごく一部の最側近しかいない。


「遠藤か氷室の残党でしょうか?」俺は探るように聞いた。

「いや、奴らは地下二階の存在までは知らない。これを知っているのは……」

神崎はそこで言葉を区切り、ギリッと歯ぎしりをした。


当然だ。これを知っているのは、かつて神崎の最側近として仕え、そして神崎の手によって社会的に抹殺された「先代の秘書たち」だけなのだから。

渡辺が書いたこのたった一枚のメモが、一兆円の怪物の心臓を鷲掴みにしていた。


「霧島。私の周りには、ネズミが多すぎる。遠藤も氷室も、そして長年飼っていた犬どもまで、私の首を狙っている」

神崎が、すがるような、それでいて狂気を孕んだ目で俺を見た。


「来週、御子柴先生の元へ『100億』を運ぶ。だが、社内の人間はもう誰も信用できん。いつ私を裏切り、情報を検察やメディアに売るか分からんからだ」


「……私にお任せください、会長」

俺は一歩前に出た。

「私は社内の派閥にも属さず、神崎コーポレーションの過去にも関わりがない。そして何より、私はあなたに忠誠を誓っています」


「お前の忠誠など、言葉だけでは信じられん」

神崎がデスクの引き出しを開け、重鈍な光を放つ拳銃を取り出した。そして、それを俺の眉間に突きつけた。

「霧島。お前は本当に、私の犬か? 遠藤たちと同じように、私の金を狙うハイエナではないと言い切れるか?」


銃口の冷たい感触が額に伝わる。

普通の人間なら、ここで恐怖に表情を歪め、命乞いをするだろう。

だが、俺は違う。俺は前世から嘘と騙し合いの泥水の中で生きてきた、本物の詐欺師だ。

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