第二十二話 記憶の密室
翌日の夜。
俺は「帝都銀行から連れてきた優秀な部下」という名目で大地を伴い、世田谷の奥地にある神崎隆の私邸へ足を踏み入れた。
広大な日本庭園の奥にある、要塞のような洋館。
神崎は最上階のテラスで、葉巻を片手に俺たちを出迎えた。
「よく来たな、霧島。……その後ろの小僧は?」
「彼には私の頭脳の一部を担わせています。数字の処理において、彼以上の人間はいません。私の特命監査室には彼の手足が必要です」
「ふん……まあいい。好きに使え」
神崎は俺に、氷室が担当していた裏企業のリストを渡し、数時間の退屈なミーティングを強要した。俺は神崎の目を引きつけるためのピエロを演じながら、大地の動きを注視していた。
「会長、少しお手洗いを借りても?」
大地が、事前に打ち合わせたタイミングで席を立つ。
大地は渡辺から聞いた「監視カメラの死角」を縫うように歩き、屋敷の地下二階へと続く隠し扉へ向かったはずだ。
神崎の裏帳簿は、数万ページに及ぶ直筆のリスト。これを大地が10分以内にパラパラとめくり、すべてを脳に焼き付ける。少しでも時間が遅れれば、巡回する私設部隊に見つかる。
「……霧島。お前は、本当に私に忠誠を誓っているのか?」
神崎が不意に、俺の目を真っ直ぐに覗き込んできた。
その瞳の奥には、すべてを見透かすような老獪な濁りがあった。
「もちろんです、会長」
俺は微塵の動揺も見せずに答える。
「遠藤も、氷室も、最初はそう言っていた。だが、奴らは結局、私の『金』に目が眩んだ」
神崎がグラスの酒を飲み干す。
「お前には、金への執着を感じない。それが逆に不気味だ。お前の本当の望みはなんだ?」
探りを入れている。俺は前世の詐欺師の経験を総動員し、最も神崎が納得するであろう「欲望(嘘)」を口にした。
「権力です、会長。金は使えば無くなりますが、人を支配する力は永遠だ。私はあなたの隣で、その『力』の動かし方を学びたいのです」
俺の口から、**真っ赤な靄**が立ち上る。
だが神崎には見えない。彼は満足そうに喉の奥で笑った。
「……悪くない。その野心があるうちは、お前は私を裏切らないだろう」
その時、大地が青ざめた顔で部屋に戻ってきた。
予定時刻のギリギリ。だが、彼の目は「すべてを記憶し終えた」という強烈な光を帯びていた。
「お待たせしました、霧島室長」
「遅いぞ。……では会長、本日はこれで失礼します」
俺たちは屋敷を後にした。
背中を向けて歩き出す瞬間、俺は屋敷の奥に鎮座する怪物に、心の中で死刑宣告を下していた。




