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第二話 黒い人脈と、一兆円のターゲット

木村のような小悪党が、素直に200万を用意するはずがない。

必ず、暴力で解決しようとする。それが想像力の欠如した、底辺のチンピラの思考回路だ。


翌朝午前5時。

俺のアパートの前に、柄の悪い男たちが数人たむろしていた。木村が金で雇った半グレだろう。

俺は少し離れたコンビニの公衆電話から、極めて冷静に110番通報をした。「田中一郎」という偽名を使い、近所の怯える住人を装って。詐欺師は、無駄な暴力で自分の手を汚したりはしない。


パトカーのサイレンが鳴り響き、男たちが蜘蛛の子を散らすように逃げていくのを確認する。

その中の一人、木村が青ざめた顔で自分のアパートへ逃げ帰るのを、俺は音もなく尾行した。


ガチャ、と鍵を開けて木村が部屋に入った直後。

俺はドアに足を挟み、強引に押し入った。


「なっ、お前……! 警察がすぐそこに……!」

「俺が呼んだんだよ。お前が馬鹿な真似をしないようにね」


絶望で腰を抜かす木村を蹴り飛ばし、拘束バンドで手足を縛り上げる。

「横領した金はどこだ。家の中だな。隠し場所はどこだ?」


怯えきった木村の視線が、部屋の隅にある古い冷蔵庫へ泳ぐ。

冷蔵庫の冷凍室の奥、保冷剤の下から丁寧にラップで包まれた札束を引きずり出した。ざっと300万というところか。

その札束を数えようとした時、間に一枚の硬質な紙切れが挟まっていた。


『神崎コーポレーション 経営企画部部長 遠藤 忠雄』


俺の心臓が、ドクンと大きく跳ねた。

神崎コーポレーション。前世の俺をハメて殺し、最愛の女を奪った巨大企業。その創業者である神崎隆は、政財界を裏から操る怪物だ。

まさか、こんな末端の不動産屋の横領犯が、神崎の幹部と繋がっているとは。


「木村。この遠藤って男、お前のなんだ?」

「……し、知らない! 昔、客として来て……」

赤い靄。


俺は無言で、木村の顔面すれすれにキッチンにあった包丁を突き立てた。ドンッ!と鈍い音が響く。

「俺は気が短い。次、靄が見えたら、指を一本ずつ落とす。言え」

「……お、教えてもらったんだ! 横領のやり方を! その代わり、うちの不動産屋に来る客の個人情報を、あいつに流す約束で……!」


赤い靄は出ない。

なるほど。一兆円企業が、なぜ木村のような男の「毎月20万」という端金の横領を見逃しているのか、その理由が分かった。

これは「弱みの共有」だ。神崎の内部監査AIが検知しない「20万以下」という死角。遠藤はあえて末端の人間にその横領の手口を教え、犯罪の共犯者として飼い殺す。そうして完全に支配した手駒から、足のつかない情報を吸い上げているのだ。


「木村。お前は明日から、横領した客のところを回って、残りの金を自腹でこっそり返してこい。警察には言わない。その代わり、お前は俺の手駒になれ。遠藤から連絡があったら、一言一句違わず俺に報告しろ」


「……はい」


俺は札束から俺の借金分である200万だけを抜き取り、アパートを出た。

手元には、借金を完済するための金と、神崎へと繋がる一本の細い糸。

空が白み始めていた。

「遠藤忠雄、か……」


一兆円の怪物の喉元に食らいつくための、最高峰のコンゲーム(騙し合い)の幕開けだ。俺の胸の奥で、復讐の炎が黒く燃え上がっていた。

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