第十五話 口座汚染(マネー・ダート)
その夜。俺は監視の目を盗み、人目のつかない公衆電話から近藤麻美に連絡を取った。
「……私です。生きてますよ」
「近藤さん。氷室常務を盤面から引きずり下ろす準備ができました。あなたの力が必要です」
俺は彼女に、一つの情報を要求した。
「氷室が管理している、神崎コーポレーションの『絶対に表に出せない裏資金』をプールしているメイン口座の番号。元社長秘書のあなたなら、知っているはずだ」
「……番号自体は暗記しています。でも、パスワードやセキュリティトークンまでは分かりません。外部からのハッキングなんて、神崎の防衛AIを相手にできるわけが……」
「ハッキングなんてしませんよ。そんな三流の真似をすれば、一瞬でこちらの身元がバレる」
俺は受話器越しに、低く笑った。
「近藤さん。『口座汚染』という言葉を知っていますか?」
「え……?」
「現代の金融システムは、マネーロンダリング(資金洗浄)を極端に警戒しています。もし、すでに『反社会的勢力や犯罪者のもの』としてブラックリストに登録されている口座から、無関係のクリーンな口座へ資金が振り込まれたら、どうなると思いますか?」
電話の向こうで、近藤がハッと息を呑む気配がした。
「……AIが『資金洗浄の経由地』だと自動判定して、着金側の口座まで強制的に凍結する……!」
「ご名答です。俺の手元には、先日遠藤から奪った『遠藤のダミー会社群の口座情報』がある。これらは遠藤が失脚した今、神崎の社内監査ですでに『クロ』と認定されているはずだ」
俺の計画は極めてシンプル、かつ凶悪だった。
遠藤のダミー口座から、氷室の隠し口座へ向けて、自動送金プログラムを組む。金額は1円でも、100円でもいい。
「黒い口座」から「氷室の口座」へ、不審な送金が数万回繰り返される事実を物理的に作り出すのだ。
「データを書き換えることは不可能でも、『知っている口座に小銭を振り込むこと』は誰にでもできる。氷室が構築した『不正を絶対に許さない完璧な防衛AI』は、ルール通りに機能し、氷室自身の口座と権限をすべて自動ロックする」
「……恐ろしい人ですね、あなたは」
「極上の褒め言葉として受け取っておきますよ」
近藤から氷室の口座番号を聞き出した俺は、深夜のネットカフェで海外のプロキシ(中継サーバー)を経由し、遠藤のダミー口座からの「自動送金」をセットした。
着火の時間は、明日の午後1時。
魔法ではない。極めて合法的な「振り込み」という名の暴力が、一兆円企業の常務に牙を剥く。
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