第十四話 真実のトラップ
株価急落騒動から三日後。
俺は氷室から、ある関連会社の特別監査を命じられた。
「ブルースカイ不動産」。神崎コーポレーションがフロント企業として使っている、中規模の不動産会社だ。
「霧島くん。君にはこの会社の『不透明な経費の流れ』を洗い出してもらう」
氷室は分厚いファイルを机に置いた。
「ただし、一人ではない。私の直属の部下である、沢渡を同行させる。彼女は極めて優秀な公認会計士だ。君の銀行員としての視点と、彼女の厳密な数字の視点。二つで完璧な報告書を上げたまえ」
紹介された沢渡という女は、氷室をそのまま女性にしたような、感情の読めない冷たい目をしていた。タイトなスーツに身を包み、一切の隙がない。
「よろしくお願い致します、霧島さん」
沢渡が淡々と頭を下げる。
その瞬間、彼女の口元から**微弱な赤い靄**が立ち上った。
(……なるほどな)
俺は心の中で冷たく笑った。
ブルースカイ不動産の監査など、ただの建前だ。氷室の真の狙いは「俺の監視とテスト」だ。
沢渡は俺の動きを監視し、俺が不正を見逃したり、データを改ざんしたりしないかを見張るために送り込まれた監視役。
そしておそらく、**氷室はすでにこの会社の「不正の答え」を100%把握している**。
地下の窓のない監査室にこもり、膨大なデータと向き合う時間が始まった。
沢渡は隣で、機械のように正確に電卓とキーボードを叩いている。
俺はデータを眺めながら、前世の詐欺師としての経験を総動員していた。
相手がすでに答えを知っているテスト。100点の答案を出しても、ただの『便利な手足』として消費されるだけだ。盤面をひっくり返すには、出題者すら知らない「裏の解答」を見つけるしかない。
俺は、沢渡が目を離した隙に、ブルースカイ不動産の帳簿データの中に、ある「微小なノイズ」を見つけた。
それは、月に数回、ランダムなタイミングで発生する「34円」や「12円」といった、極小の端数送金エラー。
普通ならシステムの丸め誤差(計算上の端数)として処理されるものだが、送金先の口座がすべて異なっていた。相手の口座から気づかれないほどの少額を大量に抜き取る、「サラミ法」と呼ばれる古典的な横領の手法だ。
だが、氷室が構築した神崎の完璧なシステムで、こんな古典的な手法が通じるわけがない。
(これは氷室の裏金じゃない。……誰かが、神崎のシステムの『脆弱性(崩壊の兆し)』を外からテストした痕跡だ)
俺の脳裏に、小日向の顔が浮かんだ。あいつの仲間に、このシステム構造の死角を突けるハッカーがいるのだ。
「沢渡さん」
俺は声をかけた。
「この端数処理のエラー、気になりませんか?」
沢渡の手がピタリと止まる。彼女の目が見開かれた。
赤い靄は出ない。彼女は本当に、今この瞬間までこの端数に気づいていなかったのだ。
「……ただのシステムエラーでは?」
「ええ。普通ならそう判断します。でも、私は『人間』の悪意を疑うのが仕事なので」
俺は氷室の仕掛けたテストを利用し、彼自身さえ気づいていない「バグ」を盤面に引きずり出すことに決めた。
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