第十三話 午後一時の予言
翌日の12時55分。
俺は氷室常務の執務室のドアをノックした。
「入れ」
短く冷徹な声。中に入ると、氷室はいつものように複数のモニターに囲まれ、神崎コーポレーションのあらゆる指標を監視していた。
「常務。お昼時に失礼します。一つ、至急ご報告しておきたい懸念事項が」
「手短に頼む。あと5分で午後の市場が開く」
氷室はモニターから一切目を離さない。
「遠藤の残党についてです。遠藤が失脚したことで、彼が裏で管理していたダミー会社群の資金が『浮いて』います。彼らは保身のために、その資金を海外の暗号資産に一斉に逃がす可能性があります。その引き金が引かれるなら……午後、市場が開くタイミングかと」
俺は前日、小日向颯から聞いた『午後1時に株価急落が起きる』という結果(未来視)の情報を、**「遠藤の残党による資金逃避」というもっともらしい原因(嘘)**にすり替えて提示した。
氷室が初めて、こちらに視線を向けた。
「……根拠は?」
「遠藤の裏帳簿にあった、特定のペーパーカンパニー群の取引サイクルです。毎月第2火曜の午後、彼らはアルゴリズム取引で資金を動かしていました。管理者を失った自動プログラムが、パニック売りを引き起こすリスクがあります」
適当なハッタリだ。当然、俺の言葉には赤い靄がまとわりついているはずだが、氷室に俺の靄は見えない。
氷室は手元のキーボードを高速で叩き、瞬時に俺の言ったペーパーカンパニーのデータにアクセスした。
「……確かに、取引の痕跡はある。だが、プログラムが暴走する確率はデータ上12%未満だ。杞憂だね、霧島くん。君の推測は非論理的だ」
時計の針が、13時00分を指した。
その瞬間。
氷室の目の前にあるメインモニターのチャートが、滝のように垂直に崩れ落ちた。
神崎コーポレーションの株価、一瞬で4%の急落。時価総額にして数百億円が吹き飛んだ。
「……ッ!」
氷室の指が、キーボード上でピタリと止まる。
彼は信じられないものを見るような目でモニターを凝視し、次に、ゆっくりと俺を見た。
「……見事な予測だ、霧島くん」
氷室の声は冷静さを保っていたが、その奥にわずかな動揺と警戒心が混じった。
「君の言う通り、遠藤の残党が動いたらしい。即座に買い支えの指示を出す。……君は下がっていい」
俺は深く一礼し、執務室を出た。
背中を冷や汗が伝う。
(乗り切った……)
小日向のファンドが裏で仕掛けたであろう「大規模な空売り」という絶対的な結果に対し、俺が「遠藤の残党」という嘘の理由を後付けした。
氷室のように論理的な人間は、結果(株価暴落)が起きた以上、俺が事前に提示した原因を「事実」として採用せざるを得ないのだ。
だが、これで氷室が俺を信用したわけではない。
むしろ逆だ。優秀すぎる駒は、いずれ自分の首を噛み切る脅威となる。氷室は必ず、俺の底を測るための決定的な「罠」を仕掛けてくるはずだ。




