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第十二話 蜘蛛の糸

氷室常務の下での「特命」が始まってから二週間。

俺は、まるで首を真綿で絞められるような、異常なまでの息苦しさを感じていた。


氷室から振られる仕事は、一見するとただの財務データ整理や、関連会社の経営状況の監査といった地味なものだった。だが、そのすべてに致死量の「罠」が仕掛けられていた。


「霧島くん。先週君が監査したダミー会社の帳簿だが……C列の経費項目に、0.02%の誤差があるね」

氷室が、デスク越しに分厚い書類を突き返してくる。

「……申し訳ありません。すぐに見直します」


「意図的な見逃しですか? それとも、ただの無能ですか? 銀行の監査員にしては、随分と杜撰な仕事だ」


氷室の攻撃は、常に「数字」という絶対的な事実を盾にして行われる。

彼に偽の情報を掴ませようとしても無駄だ。氷室はすべての情報を自らのシステムで裏取りし、少しでも不確定要素があれば即座に切り捨てる。

俺がボロを出し、「会社に不利益をもたらす存在バグ」だとデータで証明された瞬間、俺は合法的に排除される。


ある休日の昼下がり。俺は息抜きに入った都内の純喫茶で、小日向颯と偶然出くわした。

彼はブレンドコーヒーをブラックで飲みながら、ノートパソコンで複雑なチャートを眺めていた。相変わらず、高校生には見えない落ち着き払った態度だ。


「苦戦しているようですね、霧島さん」

小日向が画面から目を離さずに、静かに言った。


「……お前には、俺が氷室に潰される未来が見えているのか?」

俺は彼の対面の席に座り、低い声で尋ねた。


「いえ。僕に見えるのは、特定の条件を満たした時の『5年後の断片的な結果』だけです。そこに至る過程は見えない」

小日向はノートパソコンをパタンと閉じた。

「ですが、氷室常務の行動はコンサルタントの目から見ても、極めて合理的で予測しやすい。だからこそ、あなたのような『嘘を武器にするイレギュラーな詐欺師』にとっては最悪の天敵なんです。論理には、嘘や感情が介在する余地がありませんから」


「ご高説感謝するよ。で、どうすればあの蜘蛛の巣を破れる」


「氷室を崩すには、彼の『完璧な論理』そのものを利用するしかない。……例えば、彼が絶対に信用している『数字』の前提を、根本から狂わせるとか」


小日向はカバンから一枚のメモを取り出し、テーブルの上に滑らせた。

「神崎コーポレーションの株価は、明日の午後1時ちょうどに、不可解な急落を見せます。……さて、この『確定した未来』を、あなたはどう料理しますか?」


小日向は不敵な笑みを残して、伝票を手に席を立った。

明日の午後1時、株価の急落。

もしそれが絶対に起きる事実なら……俺は、氷室という完璧な蜘蛛の巣を破るための、一本の強力な「嘘の糸」を手に入れることになる。俺の脳内で、反撃のシナリオが急速に組み上がり始めた。


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