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第十話 チェックメイト:肉を切らせて

「……遠藤さん。今、あなたのタブレット、神崎コーポレーションの本社サーバーと同期していませんか?」


遠藤の顔から、余裕の笑みが消えた。

「……何だと?」


倉庫の入り口が、激しい音を立ててこじ開けられた。

入ってきたのは警察ではない。黒いスーツに身を包んだ、十数人の男たち。神崎隆の「直属」の私設部隊だ。

その中央から、一人の老人が現れた。神崎コーポレーション会長、神崎隆。


「遠藤……。お前、いつから私の首を狙っていた?」


神崎の目は、怒りよりも深い「失望」に染まっていた。

俺が仕組んだコンゲームの最終段階。それは、遠藤に「裏帳簿データを奪わせる」ことで、神崎隆に**『遠藤がデータを盗んで社長を強請ゆすろうとしている』**と誤認させることだった。


俺はあらかじめ、神崎隆の側近に「遠藤がクーデターを計画している」という偽の証拠を流していた。

そして今、遠藤が自分のタブレットで社長の個人口座の裏帳簿にアクセスを試みた(と見える)事実が、決定的証拠となったのだ。


「違う! これはこいつが……この霧島という男が仕組んだ罠だ!」

遠藤が俺を指さす。


俺は膝をつき、震える声で演技をした。

「会長……! 助けてください! 遠藤部長に脅されて、偽のデータを運ばされたんです!」

**赤い靄は出ない。** 俺は今、本気で「命が惜しい哀れな駒」の心境を自分に上書きしている。


「遠藤。お前は優秀すぎたな」

神崎隆の冷たい一言。それが死刑宣告だった。

「連れて行け。……霧島と言ったか。お前の『忠告』のおかげで、害虫を駆除できた。礼を言うぞ」


遠藤は悲鳴のような罵声を上げながら、黒服の男たちに引きずられていった。

彼は神崎の暗部を知りすぎている。表の警察に渡されることはない。


倉庫の外へ出ると、冷たい夜風が頬を打った。

ふと見ると、倉庫の陰に、あの青年──小日向颯が立っていた。


「……『肉を切らせて骨を断つ』。自分の身を危険に晒して、敵の親玉の信頼を得る。見事なコンゲームでしたね」

小日向は、退屈そうに空を眺めていた。


「お前の言った通りに動いただけだ。……なぜ協力した?」

「協力? いえ、僕はコンサルタントとして、倒産するべき企業が倒産する未来へと、少しだけ盤面を整えただけです。……霧島さん、次はいよいよあの男の出番ですね。遠藤のような武闘派ではありません。もっと陰湿で、論理的な……」


小日向はそこまで言うと、不意に視線を俺の背後に向けた。

「おっと、これ以上はネタバレになりますか。……では、また次の『確定した未来』でお会いしましょう」


小日向が消えた後、俺は自分の右手に残った感触を確かめた。

神崎隆の信頼という、猛毒入りの果実。

復讐の火は、まだ消えていない。むしろ、ここからが本番だ。

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