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蒼い月光と紅い皇炎   作者: 秋水
13/16

第13話 そして祭りは始まる

どうも、秋水です。


この話は、時雨の強さを見せたいがための話になってしまいました(苦笑)

無事コキュートスから生還し、ゼウスの作ったゲートを潜り抜けて出た先は……ユスティア王国の一番西に存在する(ベルグルム)という都市だ。ここはユスティア王国の中でも一番大きい港町で、最も多くの船乗りや貿易商達が集う場所でもある。だが僕は生まれて一度も来た事は無く、現時点ではここがどこなのかすら把握は出来ていなかった。


「……」


唖然としつつ周りを見渡すも、いかにも強そうな筋骨隆々の船乗りのおじさんたちや若いのにとてもしっかりしている貿易商達しかいなかった。そのうえ僕は体つきが華奢なために、その人たちの中ではかなり目立つ方だった。


気を取り直し何かわからない建物の中に入ってみると……そこはおじさん達御用達の酒場だった。まだ日が昇っているので人は少ないが、何人かの船乗りたちはここで酒を嗜んでいる。


その中の一人に思い切って話しかけてみた。


「すいません、私は他所から来た旅人なんですが……ここは?」


「んぁ……?ここぁベルグルムっちゅう都市だよ」


すっかり出来上がっているおじさん、僕の事を横目で見ると鼻で笑うかのように息を吐きだしてまた酒を飲む。


「あ……ありがとう」


そう言って逃げるように酒場を後にした。酔っ払いに絡まれるととても面倒くさいのは、時雨と雅の酒盛りの時に十分すぎるほど学んだ。だからそういう所だと知っていれば絶対に入らないし、近寄りたくもなかった。


「でもこれで……」


そう……現在位置を特定する事が出来たのだ。脳内にユスティアの地図を思い描き、エーテルの自宅の倉庫の前を思い描いて……魔力転移で移動した。


月詠家の倉庫の前についた僕は、先に兄様に声をかけようと屋敷の中へと入っていった。しかし家には誰もおらず、ただ静寂だけが広がっていた。


「あれ……兄様は何処かに出かけてるのかな」


ただでさえ忙しいはずの兄様が家に居ない事は珍しい事だった。その為書置きを残して、蝋燭を手にし倉庫の中へと消えていった。


蝋燭に火を灯してみると、暫く使われてなかったせいかとても埃っぽく感じた。本に積もっている埃を払い、一冊ずつ手に取り読み更けていった……そう、黒龍に関する資料を探すためだ。


……気が付くと数時間が経過していた。まだ黒龍の資料すら見つかってはいなかった。


「はぁ……まだまだ本はいっぱいあるんだ、それでも時間はもうないから急がないと」


気を取り直してまた読み更けていった。倉庫の中は蝋燭の明かり以外の光は無く、外の様子を知る術はなかった。


……。


その頃、王都フィリアスにある若霧魔法学園の女子寮の一室で目を覚ました所だった。昨晩は真竜王激流祭に出場する冬風の代わりに、時雨にお願いしようという所で寝てしまっていた。横には雅が静かに寝息を立てていた。


雅を起こさぬように静かに布団から出た。すると真横に人影が見えた気がして振り向いてみると……そこには紅映が時雨と共に立っていた。


「時雨……それに紅映さんも」


2人はどうやら今朝の早くから帰ってきていたようだ。そしてその足で私の部屋にと来たようだ。


「紅映から話は聞いた……どうするつもりなんだ?」


「うん、その事で時雨にお願いがあるの」


提案を聞いた時雨、案の定というか思った通り鳩が豆鉄砲を食らったような表情を露にした。そして……。


「駄目だ、却下」


一瞬の迷いもなく断ち切った。時雨はあくまで冬風の契約精霊(鬼神)である、その為契約主がいない所で勝手なことは出来ないのだ。


「お願い……」


だが頼み込んでも、時雨は首を決して縦には振らなかった。


「だが……」


ここで一瞬口籠る。


「紅映はどう思う……?」


「私は……」


唐突に振られ、一瞬戸惑う。横目で私の顔を見た後答を出した。


「……夢依の案に賛成したいと思うわ」


その言葉に一回ため息をついた後だった。


「……ったく、仕様がねぇな。こんな事今回で最後だからな」


「えっ……」


戸惑いを隠しきれない、そんな彼女に呆れながらもう一回ため息をつく。


「今回だけは協力してやるって言ってるんだ……紅映だけに無理をさせる訳にはいかないからな」


最後の所はわざと聞こえないように呟いた。その言葉を聞き取れなかったのか、首を傾げる。だが時雨が協力してくれることによって、とても心強くなった気がした。


「ありがと、時雨……」


「礼なら要らねぇ、どうせ退屈だったんだからな……大会は明日だ、ベストコンディションを保っておけ」


そう言い残して何処かへと消えてしまった。紅映も私にそっと微笑んでから、時雨の後を追いかけるようにその場を後にした。


嬉しくなり大声を出しそうになるが、ベッドで雅がまだ寝ている事を思い出し堪えた。落ち着かない様子でソファーに座りテレビをつけてみると、明日の祭りの準備風景が映されていた。


(ついに……明日なのね)


そのままソファーに寝転がり、独り言を小さく呟いた。明日の祭りでは時雨が来てくれる……冬風ではないのが少し残念ではあるものの、それでも優勝という未来に少し近づいた気がした。


そのまま一人で悶々と考え込んでいるうちに、意識を闇に手放し眠りについてしまった。そんな様子を薄っすらと目を開けて見ていた雅、寝ている私のお腹に優しく毛布を被せて神界へと戻っていった。


神界は誰もが知っているかもしれないが、神のみに許された個人の世界だ。魔界という言葉があるが、それは魔族だけの世界……つまり神界とは魔界の逆みたいなものだ。


神の種類によって神界も違ってくるが、例えば天照大神ならば天岩戸を元とした神殿が天照大神にとっての神界になるという事だ。仮に神でもない者が許可なくその地に足を踏み入れた場合、一瞬で灰燼と化しこの世から消え去るだろう。


そんな話はさておき、場所はエーテルにある月詠家の倉庫へ戻る。かれこれ半日は経ったが、まだ黒龍に関する書物を見つけることは出来ずにいた。


「ふぅ……」


本を読みつかれて体勢を崩した途端、積み重ねてあった未読の本の山が音を立てて崩れた。舞い散る埃に咳込みながらも元に戻そうとしていると、とある一冊の書物が目に入る。それは資料というにはあまりにも本自体が古く、ページがとても脆く感じ強く持っただけでも崩れ去ってしまいそうな書物だ。


(こんなものあったっけ……?)


そんな事を思いながらもゆっくりとページを開いてみると、書いてある内容にも驚いたがその書いてある文字にも驚いた。


「この癖のある筆記体……そしてこの書き方は……まさか」


脳裏にとてもよく知った男が浮かんだ。とても知っている……ついこの前目にして実際に話した月詠家の関係者の男の姿だ。残念ながら書いてあったのは黒龍に関することではないが、自分でさえ知らなかった月詠の名の由来の事実とこの家に隠された……家だけではなくこの血に隠された事実が書き綴られていた。


~月詠家について~


この書物を目にするのはおそらく我が息子か子孫になるだろう、そんな事を思いつつここに月詠家に関する全てを綴る。


まずはこの家に関することだ。月詠家とはつまり、天照大御神や素戔嗚尊に並んだ3柱神とも呼ばれた神の一人だ。だが神なのになぜ知名度が低いのか、それは殆どが謎に包まれている神だからだ。一般な説としては天照大御神の弟で、素戔嗚尊の兄という事だ。


月を神格化したものが月読命……ともされている。ちなみに夜を統べる神とも言われているが、俺はそれが一番正しいと考えている。春音の夜に限定された行動力を考えれば当然の事……すまない、話が逸れた。


その昔春音の親父さんが持っていたという先代が綴ったという書物からすると、月読命は伊弉諾尊が黄泉の国から逃げかえってきた時に禊をした際に右目から生まれたと書かれていた。そして太陽を象徴とする天照大御神とは真逆に、月 読命は月を象徴としていることから……俺はこの2人が兄弟なのではないと考えたのだ。逆に言えばこの2人の神が存在しているからこの世界のバランスは保たれているんだなと感じることもあったりする。しかし正体や素性の知れない神だとも思う。


さて、次はその月読の血を受け継ぐ者たちへ。先程も話した通り月読は素性も知れなく謎だらけの神だ、だがその血を受け継いだものには特定の能力と副作用があると考えられる。


まず副作用、それは短命という事だ。これは副作用というよりも呪の類に近いかもしれない……この血を引くものは生きれても精々20代後半が限界だと感じている。こればかりは対処しがたいものがある……不老不死になれば話は別なんだがな、そんな事が出来るような奴はいないだろう。これは先代の月詠 照もそうだったらしいが、実際は誰も知る事は無い。


そして能力だが、それはどういう事か全ての神……いや、神に限定されてはいない。この世・あの世全ての生物と契りを結ぶ事が出来る。春音が雅と契約していたのもその血があっての事ではないかと思う。でなければ本来は神と契約することなんてあり得るはずがない。全ての生物……というよりも全ての者と契約できるという事は、全知全能の神であるゼウスとも出来うると思うが……第一生きてゼウスと出会えるはずがなかったな。


しかしこの能力でこの副作用……俺にはとてもではないけどこんな辛い運命を背負っていけるほど強くはない。だからこれを読んでいる俺の息子や子孫よ……どんな運命だからって嘆くことなかれ、常に前を向いて生きればいい事もある。物凄く臭いセリフで悪いが、俺から言えることはこれくらいしか思いつかないのでな。


                    ~龍彦より~


「……」


これを読んで息が詰まりそうになる。プルプルと手が震え、焦点も合わなくなってきていた。


(母様が死んだのはこの血のせいだっていうのか……こんな運命を背負っても嘆かずに前を向けだって、ふざけるな……!)


複雑な感情を胸で抑えながらも表情を歪めた。本を握りつぶしそうになるが、それを抑えつつもゆっくりと最後のページを開いた。すると最後のページの最後の方に何かが書いてあった。


~追伸~


大事な事を書き忘れていた……俺は先程書いた能力の他に、もう一つ能力というか特性みたいなものがあると睨んでいる。こればかりは当人でないから分からないが、もしかしたら……


文章はここで途切れていた。本を優しく閉じ……そして木製の机を思いっきり殴った。机は大きい音を立てながら軋んだが、別に壊れたりとかはしなかった。


「くそっ……もう一つの方は分からなかったけど、そういう事か……畜生っ」


大きくため息をつきながら両手で額を覆った。すると……目元から水が垂れていることに気付く。


「こんな……この程度の事実で涙を流すなんてな、僕はいつになったら泣き虫を卒業できるのやら」


そう呟きつつも声を押し殺し、顔を両手で覆いながら密かに涙を零し続けた。それは母様を失った悲しみを思い起こしたわけではなく、自分の慕っている人が……大切な身内のタイムリミットが迫っているということに気付いてしまったからだ。


「兄様……」


そう、不老不死になってしまった自分とは違って兄様はそうではない。かと言って自分ほど膨大な魔力を持っているわけでもなく、至ってどこにでも居そうな普通の兄だ。子供の頃からとても優しくしてくれて、大好きだった兄様の死が迫ってきていることに……一人取り残されてしまう事に恐怖と強い悲しみを抱かずにはいられなかった。


そう思えば思ってしまう程に涙がどんどん溢れてきて止めることが出来なかったのだ。どうにかしようにも、血筋の関係上ではどうする事も出来ない。ただでさえ幼少期の頃からとても病弱だった上、タイムリミットが迫ってきてるのにこれ以上無理をさせてしまったら短い寿命がもっと短くなってしまう……それだけは絶対に阻止したい事だった。


一人涙を流しながら考え事をしていると、倉庫の扉が開く音が聞こえた。その音に息が止まりそうになる。足音がどんどんこっちへ近付いてきて、目視できるほどの距離に差し掛かった瞬間……その意外な訪問者に驚いた。


「冬風……?」


その正体は幼馴染の忍だった。何故ここへ来たのかというと、まだ残っていた荷物を整理していたらしく気晴らしに散歩していたらこの倉庫から音がしたから気になって入ってみたとのことだ。


「何で……泣いてるの?」


頬に垂れている滴に疑問を持った。僕は話そうかどうか迷っていた。


(どうしよう……多分この事を言ったら心配をかけてしまう事になる。ただでさえ心配をかけてきたのに……それに今は淳と付き合っているんだ、僕の心配事に忍を巻き込みたくは無い)


そう思いながらも涙を拭い、いつもと同じ微笑みを浮かべながら答えた。


「……大丈夫、本が崩れたときに角っちょが当たって痛かっただけだから」


しかし忍は何も言わずに、隣にそっと腰を下ろした。


「……無理しないで、そんな程度で冬風が泣かないのはよく知っているわよ。多分私に心配させまいとしようとしているんだろうけど、そんなのお見通しなんだから」


忍は優しく微笑みながら僕に軽くデコピンした。全てお見通しなことに、内心苦笑気味だった。だけど……。


(そうか……強くなっていたのは忍も同じだったんだ。それどころか、多分僕よりも強くなっているよ)


僕は忍に書いてあったことを全て話すことに決めた。話している最中何度か泣きそうになったが、泣きながらだと話にならなそうなので必死に堪えていた。すべてを話し終ると、忍は優しく頭を撫でてくれていた。


「そっか……そんな事が書いてあったんだ。」


「うん……おそらく兄様は知っていると思う、ここは兄様が管理している倉庫だからね。はぁ……黒龍の事を調べに来たはずなのにな。」


目的はいつの間にか久遠の彼方へと消え去り、何故かすり替わって兄様を何とか助け出す方法を探し出そうとしていた。だけど今の自分の力では救う事は出来なく、どうしようもなかった。


途方に暮れ……とりあえず目的を戻し、夢依達を黒龍から守る事にした。涙を拭い頭を撫でてくれていた忍にお礼を言い、本を元の所へと戻してから2人で倉庫を後にした。


「これからどうするの?」


倉庫の鍵を閉めている最中、隣から忍が聞いてきた。


「取り敢えずの所は問題ないと思う……母様が亡くなったのは確か28だったと思う、兄様は今21だから時間は少しだけ残っている。つまりまだ助かる方法はいくらでも探す事が出来る」


本当に見つかるのかは半信半疑だった……倉庫の中の書類は一通り目を通しては見たがそんな方法は残ってはいない、一時的に雅と契約させようにも魔力が足りず不出来なものとなる。つまり今の所は情報が無さ過ぎて手詰まりな状況になっていた。


「……早く見つけ出さないと、手遅れになる前に」


心の中で固く決心し、それがボソッと声に出ていたようで忍が首を傾げていた。何でも無いよと笑いかけ、鍵を元の所へと戻した。


「……そういえば、忍はこの後どうするの?」


「そうねぇ……」


しばらく悩んでいたが、結論が出たようだ。


「冬風とユスティアに戻るわ」


そう言って笑っていた、その表情は前にも見た……子供の頃と全く同じものだった。


「そっか、じゃあ早く荷物まとめて。日も落ちかけているし急がないと」


言葉を発しながら空を見上げてみると、綺麗に真っ赤な夕焼けの色へと染まっていた。鴉が鳴きながら空を羽ばたき、周りの人たちは夕食の準備とかで次々と家の中へと入っていった。


「はーい」


無邪気に笑った後子供は急ぎ足で家に帰っていった。その様子を見つめながら昔の事を思い返していた……そう、惨劇が起こる前の忍と遊んだ日々を。


(子供の頃と変わっていないな……僕も忍も)


そんな事を考えながら、自分の家の縁側に腰を下ろして眼を瞑っていた。何故そんなことをしているか……理由は単純だ。コキュートスに引きずり込まれた際に雅の魔力が体内から消えていくのを感じ、氷漬けにされている間ずっと何かの違和感が気がかりで仕方なかった。しかしこっちの世界に戻ってきて、その違和感の正体がはっきり分かった。


「やっぱりな……」


違和感の正体、それは雅との契約の楔が消滅していたことだった。契約自体に問題は無い……とまでは行かなかったが、楔が無くなった事で雅の正確な位置が分からなくなってしまった。楔のメリットは契約精霊が何をしているかは勿論、位置情報や誰と居るか等を知る事が出来る。


逆もまた然り、雅からも当然僕の事はすべて伝わるようになっていた。だがその楔が無くなってしまえば殆ど分からなくなってしまう……はっきりと言えば面倒くさいのだ。


更に面倒くさい事に、僕が契約している者達との契約が途切れかけている。契約が途切れてしまった場合……接点が無くなってしまう為殺しにかかってくる可能性も無きにしろ非ずだ。それだけはなんとしても死守したい為、早速契約の修復に取り掛かった。修復と言っても簡単なことで、自分の魔力を契約している者に流せばその分の魔力が向こうから帰ってくる。ただそれだけで修復作業は終わり、途切れかけていた契約はしっかりと元に戻った。


「……ふぅ、これで一安心だな」


冷や汗を流しつつ縁側に寝転がった。ひぐらしの鳴き声が夏の終わりを告げ、真っ赤な夕焼けを眺めながら呆けていた。


暫く時間が経ち、忍が荷物を持ちながら僕の元へと戻ってきた。しかし僕は縁側で寝そべっているうちに、いつの間にか眠ってしまっていた。


「もう……」


呆れつつも昔の事を思い出してクスッと笑い、大きな毛布をかけてあげた後隣に寝そべった。


(そういえば……冬風と一緒に寝るのも久しぶりね)


小さな寝息を立てている僕を横目に、忍も瞳を閉じて眠りに入った。


……。


「あ~、待ち遠しいわ」


夜も更けたユスティアの女子寮の一室、私は雅と談笑を楽しんでいた。夕刻に雅が驚いた表情を一瞬だけ浮かべたのが気になったのだけど、何でもないと言って結局は何も教えてはくれなかった。だけど……驚いた後の表情はまるでとても安心したような表情だった。


「待ち遠しいって……早く寝ないと体調崩すわよ?」


「そ、それもそうね……」


図星を付かれて思わず苦笑した。渋々と布団に入り電気を消し……雅は私のベッドの端に腰を下ろし、優しく頭を撫でた。


「明日の祭り……頑張りなさいよ」


「うん……!」


こうして長いと感じた夜は更けていくのであった。


朝方、ユスティアの女子寮の前に2人の人影が現れた。そう……忍と僕だった。エーテルにある僕の家の縁側で2人とも眠ってしまい、起きたらもう朝方だという事で急いで魔力転移で来たのだ。


「ありがとね、冬風」


まだみんな寝ているであろう時間帯なので、声の音量を最大限小さくして話していた。忍は僕にお礼を言った後、女子寮に小走りで入っていった。それを横目に自分も部屋に転移した瞬間……背後に誰かの気配を感じた。息を飲みつつ思い切り振り返ると、そこには雅が立っていた。


「なんだ……雅か、びっくりした」


安堵のため息をつきながら苦笑した、しかし雅はそうではなかった。近くに歩み寄ってきたかと思えば、思い切り僕の頬を叩いた。


「馬鹿……どれだけ心配したと思ってるのよ!」


「……」


呆気を取られる……と言うよりも、予想していたという表情だった。


「グレイアスという子から話を聞いて、私達がどれだけ心配したと思ってるのよ……!コキュートスに落ちたって聞いた時や楔が消えた時……本当に気が気じゃなかったのよ!」


「……ごめんなさい」


ずっと俯いて、表情を陰らせていた。何も言う事が出来ずにいたからだ……。


暫く黙り込んでいると、不意に雅が苦しいほどに抱きしめてきた。


「貴方が居なくなったら私達は本当に心配するし、寂しいの……だから黙って居なくならないで……」


「……うん」


気が付くと雅は涙を流していた、それ程までに僕の事を心配していた。


「ごめん……今度からは黙って居なくならないから」


「……約束よ」


涙を拭いつつ指切りをした……次こそは絶対に破れる事のない約束を。すると一瞬僕の胸元から眩いばかりの光が溢れ出した。視線をそこへ向けてみると、失われたはずだった契約の楔がそこにはあったのだ。しかも消えたやつとは色がかなり違っていた。


「これは……」


無意識に手に取ってみると、握った感触やその楔から溢れる気配が今までより強く感じた。全体的に赤色っぽかったのがいつの間にか幻想的な蒼へと変わって……。


「雅……これは?」


「これは神格契約……神同士の契約の際に使われる宝具の一つよ」


神格契約とは、神と神の契約の儀式の際に宝具が使用される。神同士が契約する理由は主に信仰である。信仰が少ない神は力を殆ど使えず封じられた状態みたいになり、神としての威厳どころか神格すらも危うくなって存在自体が消え失せてしまう可能性がある。そこで信仰の多い神と契約することで、その恩恵のお零れに与ろうという何とも意地汚……いやこれは言うまい。


宝具には様々な種類がある、小刀は勿論の事杯やら何やら……それは神によって違うものである。効力は神の性質によって異なるが雅の場合(水の性質)を司る水神である為、契約を破った者には水系統の報いが来るわけである。仮に相手が契約違反及びそれに背く行為をした場合、契約者の体内から全ての水分が失われた後遺体はそのまま干からび朽ち果て塵となる事になる。裏切者にはそれ相応の報いを……神の信仰に関わる以上これでも生温いと思われるぐらいだ。


雅は神になった時からその宝具の事を知らされており、その事を軽く僕に説明した後彼にどうするか選択権を授けた。しかし僕が発した言葉はとても予想通りで迷いが無かった。


「……頼む」


その言葉に少しだけ安心した雅、そのまま僕の服を脱がして上半身を裸にした。ちょっと恥ずかしがり抵抗していたが、さほど強く拒んでいるわけではなくすぐに脱がせる事が出来た。白く綺麗な胸元に唾と息を飲みながらも切っ先を突き立て、そのまま胸に沈ませていく。林檎のような紅い雫を滴らせながらも、心臓に突き刺さるまでどんどん刃を沈み込ませてゆく。


「くっ……」


当然の如く激痛もある……が、それは元より覚悟していたことだ。力を求めるのに痛みは付き物……そう思い込んでいたからこそ耐える事が出来る。


少し時間がたつとその刃は突然姿を消した。これは儀式終了のお知らせみたいなもので、これで晴れて儀式成功と言える。それを伝えると、安堵のため息とともに全身の力が抜け落ち雅にもたれかかる。横目で時計を見てみると既に7時半を超えている、祭りが始まるまであと1時間半しかなかった。仕方ないからそのまま服を着替えた。


「祭りには参加するんでしょ?」


「……そうだな」


着替えながら雅が質問してきた、しかしその問いには曖昧な答えしか返す事が出来なかった。何故なら僕の中ではどうするか決めあぐねているからだ……夢依と共に祭りに出てしまえば黒竜がもしも来てしまった際にとっさに対処できず、かと言って一緒に出てあげないのも何か可哀想に思えてくる。すると雅が、僕居ない間の夢依の事を話してくれた。


「……そうか、時雨と」


時雨ならばいざという時に夢依の事を守ってくれる、それに彼の実力は戦った事がある自分が保証できる。心の底から信用に値するし、彼に限って万が一のこと等あり得るはずもない……それが例え紅映さんの為の行為のついでとしてもこちらとしてはとても有難い話だ。


「時雨が出てくれるんだったら、僕は出ない。万が一の時の為に備えをしておかなきゃだから……もう行った方がいいかな」


身支度をサクッと済ませ、鞄の中に細長い紙きれを何十枚にも束ねて入れながら玄関の方に速足で歩いていた。


「そう……分かったわ、また会場で会いましょう!」


「うん!」


そういって勢いよく玄関の戸を開けた……その先には淳が立っていた。


「お、おはよ……」


「何処へ行く気だ、夢依と出場するのではなかったのか?」


その質問をしている時の淳は何故かとても難しい表情をしていた。


「そうだったんだけど……色々あって今は時雨に任せてある、僕は僕でやらなきゃいけない事があるから」


苦笑気味で淳の脇を通り抜けた。その後背後からため息が聞こえた。


「はぁ、事情は後で聞かせてもらうからな……気を付けて行って来いよ!」


「……あぁ!」


淳に背中を押してもらった気がして少しだけ勇気が出てきた。魔力転移を使い祭りの会場である聖竜館(せいりゅうかん:通称スタジアム)へとやって来た。周りに人気はまだ少なく、ざっと見た所150~200人程度だ。会場の入り口に警備員が立っている……こんな早い時間な為、多分出場学生と言っても不正防止のため中には入れてくれないだろう。


「どうするか……」


途方に暮れていると、脳裏に一つだけ方法を思いついた。


(そうだ……魔力探知は出来ないはず、ならば”見えなければ”いいのか)


早速目を閉じて魔力を手に集中した。


「エーテルオブジェクト生成、材質は水……形を形成しそのままの形状で物質を変換」


こうして出来たものは一つの帽子らしきものだった。しかしただの帽子ではなく僕がそれを被った瞬間……姿が見えなくなった。その帽子を被ったまま警備員の真横を素通り、そしてスタジアム内に入り込むことに成功した。


(よし……何とか出来たぞ、ハデスの兜)


こうして姿形が見えないまま観客席の椅子の真下……お尻がつく板の裏に出る前に鞄の中に詰めた細長い紙切れを1枚ずつ貼り付けていった。そこだけでなく人目に触れない場所全てに貼り付けて行って、やがてギャラリーが場内に入ってくる頃にはほとんどの作業は完了していた。


「よし……これで」


ハデスの兜を脱ぎ分解、男子用トイレの奥の個室に入り変装をした。


(そういえば適当に持ってきちゃったけど……何の服持ってきたのかな)


そう思いながら鞄の中を探り、絶句した……何と鞄の中に入っていた服は全て女性物しか無かったのだ。苦笑も出来ずかと言って今から取り換えに帰る事も出来ず、とても複雑な心境状態だった。それでもやるしかないと思い、髪を解き女性服を着こなした。首まであるだろう黒のタートルネックのセーターに、薄ら暗めの青いジーンズを身に着け上から黒いブレザーを着込んでいた。なんでこの程度で絶句していたか、その理由は……これを購入した時の店はレディース物しか扱ってない店で、自分が女体化していた時にあまり恥ずかしくない服をと思って買ったものだった。


なのでご丁寧に袖口の所は手の甲辺りまでの長さだ……傍から見れば普通の人にしか見えないかもしれない、でも髪を解いてある以 上姿は完全に女性と認知される。しかも間の悪い事に……男性用トイレを出た瞬間他校の生徒に出くわしてしまった。


「お、おい……あの女性今男子トイレから」


「気のせいだろ、あんな可憐な女性がそんなところに入るはずないだろ。きっとそのすぐ隣にある女子トイレから出てきたのをそう思い込んだだけだろ」


「そ、そうなのかな」


涼しい顔で平静を装っていたが、内心はとてもヒヤヒヤものだった。よもやこんな所で出くわすとは……しかもさっきの制服はベルグルムにある若霧魔法学園の制服だ。他にもホルギスやクリスティアヌス……そしてエーテルにある魔法学園の生徒がこの一つのスタジアムに集結している。特にこの格好をエーテルの皆に見られた日には……そう考えると思わず苦笑してしまう。少し周りを歩いていると、偶然にも雅が背後から出てくる。


「冬風~ってあれ……まさかその格好でいるの?」


「そうだよ、悪いか?」


雅も思わず苦笑した、そしてその後女体化を施されてしまった。雅曰く


(冬風、その格好をするなら女の子の状態じゃないと)


だそうだ……絶対遊んでいる。それはともかく、これでバレる危険性は低くなった……夢依以外には。


その頃夢依は、受付場所で時雨と受付を済ませていた。時雨に冬風の制服を着させ、一生徒として出場してもらう事にしたのだ。


「何で俺がこんな格好を……」


「仕方ないでしょう、他人の契約精霊がパートナーだって知られたら……」


そんな話をしていると、クリスティアヌスの生徒が話しかけてきた。


「おやおやー、皇女様じゃないですか」


「貴方も出場を?」


どことなく雰囲気が良くない……前の淳よりも馬鹿丸出しの奴らだった。


「そうよ」


素っ気なく答え控室の方に足を運ぼうとした瞬間、生徒の一人がそれを妨害してきた……いや、行く手を阻んだといった方が良いかも知れない。


「おっと……どこ行くんです、俺たちの話は住んでませんよ」


「……」


夢依は聞こえない程度に舌打ちをした、しかしその時の表情が気にくわなかったらしい……生徒は表情を歪めながら顔を近づけた。


「んだよその態度……所詮は温室育ちのお姫様か、大層なこって……だがな、お前程度なんかすぐに捻り潰してやんよ」


「どうせ権力で選ばれただけだろ?そこのそいつも実力が無さそうだしな」


一人は表情を歪め、もう一人はニヤニヤと笑い……大変気分が悪かった。言い返そうとした瞬間、それを時雨が制止した。


「やめとけ、こんな屑を相手にしていてもお前の品位が下がるだけだ」


その言葉にカチンと来たのか、2人は時雨の胸倉を掴んだ。しかしそんな屑が勝てるはずもなく……あっけなく投げ飛ばされた。そしてそれを蔑むかのような表情で見た後夢依を連れて控室に行った。


「さぁ、今から開会式が始まります!!選手の入場です!」


その言葉が終わり、選手が入ってくる時から入り終わるまでずっときゃーきゃーと会場がうるさかった。そして現国王である彦道がマイクを手にした瞬間皆が静まり返った。


「皆の者……よくぞここまで勝ち上ってきた。だがこれで終わりではない、さらなる強者同士の戦いが始まるのだ!!」


開会の宣言を終え、前半ブロック戦が開始された。1回戦はユスティアとベルグルムが激突した……春香と悠和が出て向こうは筒地という奴と筝島という奴だ。


暫く睨み合い開始のホイッスルが鳴り響いた。それはもう見事な戦いぶりで、到底学生とは思えないレベルの戦いが繰り広げられた。その後も2人は勝ち進み……そして前半ブロックを制したのだ。


「いや~、大した事なかったわね」


「余裕でした」


夢依の応援がてら控室に立ち寄った2人、戦果を報告していたみたいだ。その後2人は自分たちの控室に戻っていった。


「……そろそろだな」


「えぇ」


時雨と夢依は会場の方へ歩を進めるのであった。


次話は、明日あたりに上げようかと……。

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