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第8話『文明の利器に万歳』

「ねえ水無月さんっ! 昨日はしっかり眠って休んだから、今日の放課後こそは一緒に私の家で作画作業を」

「リモートでなら手伝ってあげる」


 明くる日の非常階段。

 どうせこういう展開になると思っていたので、瞳子は予め用意していた案を述べる。

 部屋に行くのは絶対にNG。その上でアドバイスを求める日果を納得させるには、これが最適な折衷案といえよう。

 問題は果たしてこれで日果が納得してくれるかだが――


「お、おおっ! リモート作業! プロっぽい! それにしよっ!」


 日果は諸手を挙げて快諾した。

 あ、別に私を家に招くことに拘りはないのか。どういう形でもアドバイスさえもらえればいいと。

 へえ、ふうん。

 いや好都合だけど。妙に粘られなくてラッキーだけど。押し切られて結局家に行くような最悪の事態にならなくて大変よろしいけど。


「リモート環境はある?」

「やったことはないけど大丈夫。スペックは十分だしカメラも付いてるし、イヤホンマイクも持ってるよ」

「そ。じゃあ後でセットアップの手順とか詳しくメッセージで送っておくから」


 瞳子もリモート作業などやったことないが、昨日のうちにやり方は調べておいた。最近のソフトはかなり使いやすいようで、あまり難しい設定などは必要なさそうだった。

 とりあえずの方向性が決まって教室に戻ろうと、廊下へ通じる扉を開くと――


「あれっ?」


 運悪く、扉の目の前をクラスメイトの女子たちが数人横切っていた。

 見られた。クラスで浮いているノンデリ魔人と私が、錆び付いた非常階段の扉からなぜか二人で並んで出てくるところを。


「ありがと水無月さん! 制服についてた変な虫、追っ払ってくれて!」


 が、そこで意外な瞬発力を見せたのが日果だった。

 予期せぬ遭遇から一秒もしないうちに、スカートをパシパシと払って笑顔で私に礼を言ったのだ。


「じゃ、ばいばいっ!」


 手を振って一足先に教室へと駆けていく日果。

 その言動に演技臭さは一切なく、普段通りのどこかズレた天然っぽい態度だ。

 クラスメイトたちは私たち二人が並んで出てきたのを見て「あれっ?」と疑問の声を発したのだろうが――今はもう合点がいったという顔だった。

 虫を追い払うために吹きさらしの非常階段に出た。疑問を払拭するのには十分な答えだ。


「お、優しいじゃん瞳子」


 女子の中の一人が感心したようにこちらに笑いかけ、そのまま無事に通り過ぎていく。

 動揺を表に出さないよう必死だった瞳子は、ここでようやく密かに溜息をつく。


(そういえば、サイコパスは嘘とか演技が上手いって聞いたことがあるような……)


 しかし、そんなことをふと思い出して空恐ろしくなってきた。

 実はこれまで瞳子に見せている態度もすべて計算で、こちらを掌の上で転がそうとしているのではないだろうか。

 唇を噛んで固く決意する。あの子には決して気を許すまいと。



――――――――――――……


 リモート作業のセッティングは完了。おそらく不備はなし。

 水無月さんとの通話予定の21時を目前に、私はワクワクしながらデスク前に待機していた。

 昨今、プロの漫画家もリモート環境でアシスタントたちと作業をシェアするという。水無月さんはアシスタントでなくアドバイザーだが、それでも創作体制のグレードが上がった気分で嬉しい。


「――来たっ!」


 スマホが震え、水無月さんからWEB会議の招待IDが届いた。

 さっそく通信ソフトを起動させてIDを入力。ホストから入室を承認されると、画面に水無月さんの顔が表示された。


「繋がってる?」

「うん大丈夫。見えてるし聞こえてるよっ」


 カメラに向かってピースすると、水無月さんは渋い顔になった。


「その服装、何?」

「え。中学のときの体操服。着てて楽だから作業するときはこれが定番なんだ」


 半袖ハーフパンツの夏用体操着である。

 中学のときからそこまで背丈や体型があまり変わっていないので、今も着るのに支障はない。生地が少しすり減って薄くなってはいるが。


「……とりあえず、作業画面に集中するためお互いにカメラは切らない?」

「別にカメラがあっても気にしないけど」

「こっちはノートパソコンで画面が小さいから。カメラ映像の枠があると肝心の作業画面が割を食いそうなの」


 そういう事情だったかと頷き、私はカメラをオフにした。


「よぉし水無月さん。それじゃ作業画面を共有するよ」


 操作マニュアルはもう読んである。共有アイコンを押して、共有したい起動中のソフトを選択。もちろん選ぶは漫画用の描画ソフトだ。


「どう水無月さん? 見えた?」

「ん、大丈夫。漫画描く用のソフトってこんな風なんだ」


 画面共有に成功したところでマウスをオフにして脇に置く。

 代わりに握るはペンと左手デバイス。液タブのスタンドも適性角度に調整し、マイクに向かってこう告げる。


「それじゃ、さっそく『下描き』やっていくよ!」


読んでくださってありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
家に行くのに未練たらたらの時点で水無月さんはもうダメかもわからんね...
珍しく気を遣えたのに警戒されるのは流石に可哀想。
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