第7話『見えてる地雷を踏みたくない』
ギリギリのところで尊厳を死守した。
瞳子は授業を聞き流しつつ、またしても己の腿をスカート越しに強くつねり上げる。揺らぎかけた自分を罰するために。
これまで勉強会や女子会などで友人の家に赴いたことは何度もある。しかし二人きりというシチュエーションは徹底的に避け、必ず多人数で場を囲むようにしていた。
女の子の部屋で一対一という蠱惑的なシチュエーションに置かれてしまえば、ムッツリ気質の瞳子は絶対に挙動不審となる。そのまま本性バレへと一直線だ。
これまで同様、今回も即断で拒絶すべきだった。
それが危うく血迷ってしまいそうになった。なぜか。
――こいつなら、私が挙動不審になっても気にしないのでは?
そんな淡い期待を抱いてしまったのだ。
大淀日果はおそらくサイコパスである。絶望的なほど感情の機微を読む力に欠けている。それゆえ瞳子が真っ赤になって挙動不審の恥を晒しても、気にも留めないのではないだろうか――と。
(最悪。あんなのに靡きそうになったのも情けないし、相手の欠点に付け込もうなんて考えたのはもっと屑。いくらあの子が他人の感情に鈍いからって、それをいいことに部屋着姿をあちこち眺めたり、ベッドに顔を埋めてみたり、作画作業中に背後から近づいて髪の毛を指で梳いてみたりなんて、人として絶対にしていいことじゃない)
反省の最中に邪念が混ざったので、腿をつねる力を一段と強くした。
いけない、と瞳子は思う。情緒に重大なエラーが発生している。あんなサイコは最大級に警戒しなければならない相手のはずだ。
だというのに『こちらの本性を絶対に悟ってこない』という一点で、どこか油断しそうになっている自分がいる。
見えている地雷を踏みに行くなど愚の骨頂。決して下心なんかに負けてはならない。
そんな瞳子の葛藤も露知らず、日果は堂々と一限目から居眠りをぶっこいている。休んで寝ろとは言ったが授業中にやれとは言っていない。
しかもかなり手慣れていた。前髪をわざと垂らして寝顔を隠し、肘を支え棒のようにして上体を立てた姿勢のままキープ。熟睡というよりは半寝くらいの絶妙な覚醒状態で、たまにシャーペンを虚空でスラスラと走らせている。かなり注視して見ないと、居眠り生徒とは見破れまい。
微妙にハラハラして眺めていたが、幸か不幸か誰にもバレることはなく一限目が終了した。
二限目は視聴覚室への移動教室だが、授業終了とともに熟睡モードへ移行した日果は机に突っ伏したまま動かない。
起きるどころかその眠りはどんどん深くなっているようで、少し大きな寝息まで聞こえ始めた。
(ああ、あれはもう起きないわ……)
クラスメイトたちは次々に連れ立って視聴覚室へ向かっていくが、誰も日果に声を掛ける者はいない。そういえば、あの子はよく移動教室に遅刻していた気がする。
可哀そうだが、瞳子がここで声を掛けてやることはできない。自分と日果が接点を持っていることをクラスの面子に知られたくないし、変に懐かれてしまっても面倒だ。そもそも居眠りした自業自得という側面もある。
なので瞳子は少しスマホを弄ってから、教材を揃えて席を立った。
そのまま日果の脇を素通りしようとしたとき――
『~~♪ ~~♪ ~~♪』
瞳子のスマホが大音量でメロディを鳴らした。
至近距離で大音量のメロディを浴びた日果がビクッと跳ねて身を起こす。
「あ、もしもし? ごめん今から授業だから。後でメッセージ送っておく。じゃ」
瞳子はスマホの『アラーム機能』をオフにして、そんな一人芝居の台詞を画面に向かって告げる。
(いい作品見せてもらったし。ちょっと変な妄想の出汁にしちゃった負い目もあるし)
制服のポケットにスマホをしまってから早足で逃走。教室から視聴覚室へと急ぐ。
まあ、これくらいしてやっても罰は当たるまい。
『水無月さん。ちょっとスマホの音量が大きすぎると思う。設定調整した方がいいよ』
その後、スマホに届いていたサイコパスからのメッセージを見て普通にイラついた。
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