第6話『私なんていなくても』
『次回のネームができたから読んでもらっていい?』
朝起きたら、クラスメイトのサイコパスからpdfファイルの添付されたメッセージが届いていた。
送信時刻は午前5時22分。どうやら徹夜でネームを描いていたようである。今日も平日だというのになんて無茶を。
(まあ、どうせまた変な内容なんだろうけど……)
そうして瞳子は、あくび混じりにファイルを開いた。どう穏便な言葉で没を伝えるべきか。そんな思考を巡らせながら。
――――――――――……
「よかった」
朝一番に私を非常階段に呼び出した水無月さんは、眉間をつまみながらそう言った。
「わ。本当? 昨日教えてもらったこと、目一杯詰め込んでみたんだっ!」
昨日は私なりにいろいろ改善を試みたのだ。私としては、クーナは『自分の生存に役立ってくれるから』という理由でユキホを慕っているという認識だった。
だが、水無月さんが教えてくれた。二人の関係はそんな損得勘定ではないと。
とはいえ原作者は私。
これまでクーナには無邪気な残虐性があると描いてきた(のちにバイオレンスギャグ路線にも話を振れるため)。いきなりここでユキホだけ例外で無条件に大好きなんてチョロさを見せては重篤なキャラ崩壊だと思う。
たとえば、クーナを最大限に延命できる『餓鬼』専用の合成食糧の保存庫でも見つかれば、きっとクーナは「今までありがと! バイバイ! 元気でね!」と秒の迷いもなくユキホに別れを告げる。私が想定するクーナとはそういう奔放愉快キャラだ。
なので、今回は限りなくそれに近い展開を書いてみた。
さすがに合成食糧の保存庫がたまたま見つかるというのはご都合すぎるから、量は控えめにした。散策の最中に放棄された軍施設を見つけ、そこを漁っていたらクーナが隠し部屋を発見し、一か月分ほどの合成食糧が手に入ったという展開だ。
そこでクーナは「これがあるからしばらくユキホはお休みしてていいよ!」と無邪気な笑顔で告げる。自らに依存させるという復讐過程が中断したことにユキホは焦りを覚える。
しかしその数分後。
消沈していたユキホは、なぜか焚火をしているクーナを発見する。彼女が盛大に燃やしていたのは合成食糧の詰まった段ボールだった。
以前は慣れ親しんでいた合成食糧は、今のクーナにとってあまりに不味すぎたのだった。
無邪気な少女は焚火を逆光に振り返りながら笑う。
「ごめんねユキホ。うっかり燃やしちゃったから、やっぱり今日もご飯作って!」
私の想定するクーナなら、合成食糧を普通に一か月食べたと思う。
ただ、クーナは私が思うよりもずっとユキホのことが好きということだったので、最後だけちょっと路線変更した。水無月さんの助言を取り入れた形だ。
大恩人である水無月さんは感慨深そうに腕を組んだ。
「一瞬、ちょっとだけ『クーナにとってユキホってその程度の存在なの?』ってハラハラしたけど……見開き大ゴマで合成食糧を盛大に燃やしてるシーンでつい笑っちゃった」
「えっ、笑ってくれたの!? やった嬉しい! 私ってやっぱりギャグセンスある!?」
「いや。これはギャグの笑いっていうか、安堵感の笑いも混ざってるから。あんまりはしゃいで変にギャグ増やそうとか考えないでよ」
なかなか手厳しい意見だった。一度の成功で浮かれるなということか。もっと精進しよう。
「あのさ、もうよくない?」
そこで水無月さんがぷいっと横を向いた。
「たった十分程度の打ち合わせでここまでいいネーム描けるのなら、それはもうあなたの実力よ。私の意見なんて要らないでしょ。あとは一人で頑張れば?」
「ううん! たった十分間でこれだけいいネームが描けるほど、水無月さんとの打ち合わせが濃密かつ有意義だったっていうことだよ!」
私から目を逸らそうとする水無月さんの視線の先に横ステップで回り込む。
なぜか水無月さんはまた別方向に目を逸らす。
「今日の放課後もね、いろいろ教えて欲しい! 作画に入ろうと思うんだけど、どういう表情とか表現がより百合ジャンル的にいいとか……!」
「そんなの作者の専権事項でしょ。そういう口出ししたくないの私は」
「じゃあ私が目の前で描くから、それがいいか悪いか感想だけ聞かせてくれない?」
「必要ないって。今のあなたならきっと一人でいい漫画が描けるから」
「お願いっ! 美味しいケーキと紅茶も用意するから!」
は? と水無月さんが首を傾げた。
「あそこの会議室は飲食禁止でしょ。もう忘れちゃったの?」
「ううん、作画作業だから私の部屋だよ。出先で作画できるようなタブレットとかは持ってないし」
しばしの沈黙。
なぜか水無月さんが真顔になって喉を鳴らす。
「大丈夫っ! 今日はうち、お父さんもお母さんも仕事で遅くなる予定だから。水無月さんの趣味の話を聞かれちゃう心配はないよ!」
「……」
「水無月さん?」
水無月さんは何も答えない。
ただ目を見開いて、拳を固く握りしめて、斜め上の何もない空間を見つめて震え続けて――やがて、振り絞るように呟いた。
「あなた。今日、徹夜してるでしょ?」
「え、うん。でも大丈夫っ。とっても元気が漲ってるから!」
水無月さんは私をまっすぐに見据えて、血走らせた目でこう言った。
「今日はさっさと帰って休んで寝ろ」
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