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第48話『こういう子でした』

「あれ、水無月さん。今日はお弁当ないの?」

「うん。購買で何か買ってくる」


 なにしろ昨日の瞳子は熱をこじらせてぶっ倒れていた。親としては念のため今日も休ませる方針だったらしく、そのため弁当は用意されていなかったのだ。

 今朝、家を出る時も親は「体調悪くなったらすぐ早退していいからね」と心配していた。本当はただのムッツリオーバーヒートだから何の心配も必要ないのだが、そんな恥ずかしい真相を語るわけにはいかない。本当に申し訳ない。


「おっ? 購買でお買い物ということは……?」


 中庭を横切って購買に向かおうとすると、日果がこちらの袖をくいくいと引いてきた。


「な、何よ日果」

「チャンスだよ水無月さん。お買い物するんだよね? ということはお金が必要だよね? となるとここでいじめっ子が取るべき行動は?」


 日果はスカートのポケットから財布を取り出し、チラチラとこちらに見せる。明らかにカツアゲ待ちの姿勢である。カツアゲを求めてくる奴なんて初めて見た。


「……日果が奢ってくれるってこと?」

「違うよカツアゲだよ。さ、場所移動しよう。そこの掃除用具入れの陰なら目立たないから恐喝の舞台にぴったりだよ」


 惚けようとしたがダイレクトにカツアゲと言及されてしまった。そして日果はこちらの手を取ってぐいぐいと薄暗い物陰に引き込んでいく。


「さあカモン水無月さん!」


 日果は両手を広げてカツアゲを求める。もちろん瞳子はまるでやる気がない。


「えーっと……じゃあ日果、五百円貸して」

「うんいいよ」

「ありがとう。今度返すね」

「カット」


 まるで映画監督がダメ出しをするように日果が手を×印にクロスした。


「こんなんじゃヌルすぎるよ水無月さん。ただのお金の貸し借りだよね。きっと五百円も明日になったら返すつもりでしょ?」

「まあ、そうだけど……」

「もっと罪悪感を抱くくらいに容赦なく私に加害してくれなきゃ。怪我するレベルの暴力はNGだけど、軽く小突くぐらいはガシガシやっちゃって」

「ええ……やだよ友達に暴力とか……」

「じゃあ、せめて形だけでも。壁ドンして脅すように凄むとか」


 瞳子はぴたりと硬直した。

 壁ドン。うん、それならまあ。別に傷つけるわけではないし。もし誰かに目撃されても少女漫画の壁ドンの真似をしていたと言い訳できるし。

 決して自発的にやりたいわけではないが、日果がどうしてもと言うので仕方ない。


「それならいいけど……」


 応じた瞳子は日果を壁際に立たせ、おほんと咳払いして――右手を壁について壁ドンの姿勢となる。

 顔が近い。互いの息が触れるくらいの距離感。大丈夫か、顔とか赤くなってないか。この姿勢から何を言えばいいんだ。「俺のものになれ」とかが定番か?


「さあ水無月さん。そこで渾身の怖い顔を一丁」


 そんな余裕はない。下心の暴発を避けるために奥歯を噛みしめて己を強く保つのに精いっぱいだ。


「いい顔だよその調子! じゃあ、そのまま胸倉を掴み上げていざ恐喝!」


 え、ちょっと待って。

 胸倉を掴む?

 瞳子は視線を下方に落とす。胸倉を掴むということは、つまり胸元に触れるということである。

 いや、胸倉を掴みなれている者なら衣服の部分だけをしっかり手に掴めるのだろう。しかし瞳子は他人の胸倉を掴んだ経験などない。うっかり衣服の下の部分まで揉み触ってしまうかもしれない。


 右手を壁についたまま、瞳子は左手をゆっくりと持ち上げる。合意の上だから構わないはずだ。これはあくまで模擬カツアゲであって、物陰で壁ドンしながら淫靡なボディタッチに及ぶわけではない。


 震える指先が日果の制服の布に触れんかとした瞬間――瞳子は操り人形の糸が切れたようにがくりと膝をついた。


「ごめん。日果、ごめん……」


 すんでのところで耐えた。

 四つん這いになって地面に手を突き、瞳子は自己嫌悪に呻く。一時の快楽と引き換えに、人として大事なものを失ってしまうところだった。


「わっ。ごめん水無月さん。まさかいじめっ子役がそんなに辛かったなんて……」

「ねえ日果。もうやめにしない、これ……?」


 もう一度同じシチュエーションになったら、今度はどうなってしまうか分からない。縋るように終了を提案してみるが、


「うん、そうしよっか。今ので得るものはあったから」

「――え? 得るものあった? 今ので?」


 瞳子は耳を疑った。いやまあ、今の瞳子は確かに罪悪感というか良心の呵責を覚えていたが、『糖なく』世界の罪悪感とは完全に方向性が違う。さきほどの瞳子の心情を正確に酌まれてユキホのキャラ描写に落とし込まれたら、ユキホがとんだドスケベになってしまう。


「えっとね。やっぱり作中でのユキホの病み具合に比べたら、今の水無月さんは辛そうではあったけど『病み』というほどではなくて。正直あんまり参考にはならなかったの」

「そりゃそうでしょうね」

「でも、『大好きな人が辛そうにしてる』ところを見るクーナの気持ちにはググっと理解が深まったんだ」


 どうやら日果が解釈を深めたのはユキホではなくクーナの方らしかった。

 しかし、それにしても『大好きな人』とは。今、サラっと言ったが聞き逃さないぞ。忘れないからな? 言質取ったぞ撤回なんて許さないぞ?

 そんな風にニヤニヤしながら日果の話を聞いていたら――……


「さっき水無月さんが崩れ落ちて謝ってきたとき、私すっごく嬉しかったんだ。私に意地悪するのがこんなに辛かったんだなって。とっても温かい友情を感じたよ。だからね、きっとクーナはユキホが病めば病むほど喜ぶはず」


 クーナがとんだド畜生にされてしまった。

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― 新着の感想 ―
相変わらず人の心がない……。
日果の方がヤンデレの素質ありそう
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