第47話『唐突に始まる謎のプレイ』
「病む? え? 私が……?」
「あ、もちろん本格的に病んで欲しいわけじゃないよ? 水無月さんにそこまで苦しい思いはして欲しくないから。あくまでエンタメとしての病みで」
「エンタメとしての病みって何?」
初耳も初耳な言葉だ。病むというのはマイナスな精神状態なのだから、どう転んでもエンタメになるはずがない。
「フィクション中の鬱展開は楽しめるよね? お化け屋敷も『恐怖』っていう本来なら忌避すべき感情を楽しめるよね? それと同じで、水無月さんにも楽しめる程度の適度な病みを体験してみて欲しいんだ」
「ごめんどういう意味かよく分からない。具体的に何するつもり?」
瞳子は身を引いて僅かに警戒する。このサイコパスは今、こちらを病ませようとしている。エンタメとはいうが日果の感性はあまり信用できない。場合によっては瞳子の精神に致命傷を負わされる可能性も、
「水無月さんにはね。今日一日、私に意地悪してもらいたいんだ。いじめっ子になった気分で」
「……へ?」
意地悪?
瞳子が日果に?
「それって、役割が逆じゃないの……? 普通、意地悪される方が病むでしょ」
「ううん。これでいいんだよ。だって作中のユキホはクーナに対する良心の呵責で病んじゃってるんだから。水無月さんにも同じように良心の呵責を感じてもらいたいんだ。その姿を間近で観察できたらよりよい病み描写ができると思う」
日果は「我ながら妙案」といった顔でふふんと胸を張っている。
瞳子はどこから突っ込めばいいか迷う。友人同士のいじめっ子シミュレーションなんて茶番のごっこ遊びで終わるに決まっている。そもそも罪悪感など抱きようがない。
「日果に悪口とか言えばいいの?」
「馬鹿とか間抜けとか適当な言葉はダメだよ。ちゃんと相手の心を抉るつもりで悪意を込めたワードチョイスをしてね。もちろん、悪口以外のイジメもありだよ。カツアゲとか教科書に落書きとか」
「いや、友達にそんなことしたくないんだけど……」
「大丈夫。私と水無月さんの友情はこんなことで壊れたりしないから」
瞳子は眉間をつねって溜息をついた。
こうなったら日果は引くまい。ならば「無視」という意地悪でこの茶番をとことんスルーしてやろう。密かにそう決意したとき――
「遠慮は無用だよ。どんな酷いことされても許しちゃうから」
日果の放ったその一言に、瞳子の心がグラっと揺れた。
どんな酷いことされても許しちゃう?
待て。それはつまり合意の上という理解でいいのか。いや待て。いいわけがない。さすがの日果もたぶんそんなベクトルの『酷いこと』は想定していない。下手をしなくとも確実に友情が壊れる。早まるな目を閉じて瞑想しろ下心を封じろ、
「た、たとえば……。体育倉庫に呼び出して、マットの上で全身くすぐりイジメとかは?」
が、ダメだった。
瞳子の心に巣食うムッツリ妖怪が勝手に自我を出してきた。理性というものは本能の前でなんて無力なのか。今すぐ自分の舌を引っこ抜いてやりたい。
「あ、くすぐったいのは嫌だからそれはNGで」
チッ。なんだよ期待させやがって。
そう吐き捨てるムッツリ妖怪を、瞳子は己が脇腹への左フックで黙らせる。
「じゃあ今日一日、水無月さんはいじめっ子ということでどうぞヨロシク」
こうして、謎のプレイじみた一日が始まった。
――――――……
とはいえ授業中には何もアクションを起こしようがないし、クラスメイトたちの目もある。実際にいじめっ子らしいムーブをできる機会は昼休みと放課後くらいなものだろう。
(――するつもりないけど)
そして瞳子の方針はさきほど決めた「無視」一択である。
今日一日、徹底してスルーを決め込もう。それだってイジメの一種に当たるはずだ。文句は言わせない。
そして迎えた昼休み。日果が弁当を片手にワクワクした顔でこちらに歩み寄ってくる。
こちらがどんないじめっ子らしい振る舞いをするか期待しているのだろうが、期待には応えてやらない。
「水無月さん。お昼一緒に食べようよ」
瞳子はこの誘いに聞こえないフリで応じた。小道具として耳にイヤホンを嵌めておいたから、クラスメイトたちからも無視したようには見えまい。そのまま席を立ち、あくまで日果に気づいていないという体で教室から去ろうとして――
背後から腕を掴まれた。
さらに、伸びてきた手がこちらのイヤホンをするりと外した。
「ねえ水無月さん。お昼、一緒に食べようよ。中庭のベンチでいいよね?」
「…………うん」
このいじめられっ子、強い。
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