第46話『モデル確定』
「お、おお……」
日果がプリントしてきたプロットを読み、瞳子は思わず唸った。見事な鬱展開だ。ユキホがとうとう愛の告白を果たしたというのに、爽快感は少しもない。クーナの落ち着けるためだけの『方便』として告白が消費されてしまった虚しさばかりが胸を襲う。
「どう? 水無月さん?」
「胸がグッと苦しくなるものがあるわね……」
「ええっ。そんなに面白くなかった?」
「いや違う、褒めてるの。いい鬱展開っていうこと」
「そうなんだ? 鬱展開って描くの初めてだから、どのくらい落とせばいいか匙加減が難しかったんだけど、水無月さんがそう言ってくれるなら安心」
そう言って日果はスマホを取り出す。
「じゃあ、この内容で米原さんにプロット送信っと。無事にOK出るといいなあ」
「たぶん大丈夫だと思う。今回は贔屓目なく、読者として率直に面白いと感じたから。それに――今回はキャラの心情を自分でしっかり描けてるじゃん。違和感も全然ないし。コツが掴めてきたんじゃない?」
「うんうん。実はそうなんだ。今回から新しい手法を試してみたらすっごくキャラの――特にユキホの心情がクリアになってスラスラ描けたんだ」
「そっか……どんな手法?」
日果もいよいよキャラの心が分かるようになってきたらしい。これはもう瞳子の助力を必要としなくなる日も近いか――
「『ユキホ=水無月さん』と仮定してキャラを動かしたらサクサク筆が進んで」
瞳子はプロットの印刷された紙を手から滑り落とした。
「もともと今回の展開の『クーナにこれ以上の罪を背負わせないで!』っていう台詞も水無月さんが言った言葉だしね。だから『水無月さんならこういうシチュエーションでどうするか?』って想像しつつストーリー練ってみたらこういう感じに仕上がったの」
いや、察してはいた。
最近のユキホとクーナの関係には、露骨に瞳子と日果の関係が反映されていると。
しかしまさか、とうとう意図してそれをやり始めるとは。
「で、学パロイラスト第一弾がこれ。制服姿でポッキーゲームしてるユキホとクーナ」
「ぶっ!」
そして、いきなり目の前に差し出されたスマホの画面を見て瞳子は噴き出した。
そこには『前のめりで美味しそうにポッキーを食べるクーナ』と『顔を赤らめて一ミリも食べ進んでいないユキホ』の姿が描かれている。
分かっているのか? 今、お前は『ユキホ=水無月瞳子』と言ったんだぞ。それがポッキーゲームなどという淫靡な遊戯に興じている姿を臆面もなく見せるとはどういう神経だ。『クーナ=日果』だとか一瞬でも考えないのか。
「な……なんでポッキーゲーム? 二人乗りで違反切符切られてるところ描くとか言ってなかった?」
「三葉先生が『安直だけどエ〇いのは伸びるよ~!』ってアドバイスしてくれたから試しに描いてみようかと」
「あの人、なんて入れ知恵を……」
「ちなみにキャラ解釈のための確認なんだけど、水無月さんってこういうゲームするとしたらユキホみたいに硬直して食べ進めない派だよね?」
おいコラ。面と向かってなんて質問をしてきやがる。ノンデリにも程があるだろ。
「さ、さあ……? こんな遊びやったことないし、今後やる予定も一切ないから全然分かんない」
「そっかあ。答えが気になるから昼休みに私とやってみない? コンビニでポッキー買ってくるから」
「しない」
瞳子はただ仏頂面でそう短く答えることしかできなかった。
本当はすごくやりたい。こちらも日果のプレースタイルを確認してみたい。たぶんクーナ同様にガツガツくると思う。唇がカサついてたら恥ずかしいから事前にリップを塗って手入れしておかなきゃ――
ふいに邪念が湧いたので、スカート越しに腿をつねって己に喝を入れる。
「そっか。水無月さんは真面目だからこういう遊びはそもそもしないかぁ……じゃあこのイラストはボツにしよ。ユキホだってこんな遊びはしないだろうから、キャラ解釈は大事にしないと」
「待って日果。ボツにするならその画像ちょうだい」
瞳子はすかさずスマホを取り出して、画像データを送信してもらった。
確かに解釈違いである。ユキホは断じてこんなことをする卑しい子ではない。それはそうと、ちょっとクるものがあるイラストなので保存はしておきたい。ボツ画像を横流ししてもらえるのは友人ならではの特権だ。
「ありがとう日果。安直にエ〇いイラスト描くのは反対だけど、もし気まぐれで描いたらとりあえず私に逐一送って。チェックのために」
「了解。で、実はちょっと相談があるんだけど」
「何?」
「今回ユキホを病ませたよね。で、ここからさらに鬱展開を深掘るためにはさらなるユキホの感情解釈が必須になると思うんだ」
ポッキーゲームの衝撃で吹き飛んでいたが、友人をモデルにしたキャラを作中で病ませるのもわりかし大概だと思う。
「まあ――分かったわ。いつも通り、ユキホの感情解釈を一緒にやればいいのね?」
「もちろんそれもあるけど、もっとリアルな参考資料も欲しくて」
「リアルな参考資料?」
日果は屈託のない笑顔で、ぱちんと拝むように両手を合わせた。
「こんなお願いするのは申し訳ないんだけどね。水無月さん、ちょっとだけ病んでみてくれない?」
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