第41話『次回もその次も』
三秒でまた着信があった。
瞳子は高らかに舌打ちする。しぶとい奴だ。
『ごめんなさ~い! 電波状況が悪かったみたいで急に切れちゃいました~!』
「切ったんですよ」
『おっ。その声は水無月さん。ということは投稿後の経過を二人で一緒に見守っていたんですね。ああなんて青春……!』
こっちの声を聞いただけで状況をすぐに把握する洞察力にだけは感心する。
「三葉先生っ、ありがとうございます! おかげでまた読者さんが戻ってきました!」
『いえいえ礼には及びません。こう言っちゃなんですが、私の応援イラストなんかにそこまで大した力はありませんから。そんな簡単に応援一つでバズれたら世の中ヒット作だらけになっちゃいます』
「でも実際、一気にググッと伸びてて……」
『そりゃあベテランですからね。多少の着火剤になれる程度の力はあります。でも、その火力を維持できるかは薪の良し悪し次第ですよ。ここから順調に伸びたなら、日果ちゃんの腕が湿気っていない証明です』
思いのほかまともな言葉に、瞳子は三葉わんに対する尊敬の念を少しだけ取り戻した。
そうだ、これでも自分たちの倍は生きている年長者なのだ。美点の一つや二つないわけがない。
「三葉先生。今はその着火剤が何より必要だったんです。本当にありがとうございます」
だから瞳子は素直に礼を述べた。投稿されたイラストを見れば、どれだけ本気で描かれたかなんて一目瞭然だ。着信時のノリは正直だいぶキモかったが、一旦そこは目を瞑っておこう。
『なぁに。可愛い後輩のためならお安い御用ですとも』
「お安くないですよっ。着替え時間すら惜しむほどの多忙さの中で、こんなにすごいイラストを描いてくださるなんて……!」
日果の中ではまだその設定が生きていたらしい。着替え時間うんぬんではなく、完全に趣味でやっているだけということになぜ気付かない。
電話の向こうで三葉先生は「ふっ」とキザに笑った。
『――日果ちゃんがあんなに頑張ってた文化祭を、苦い思い出にさせたくなかったので』
きょとんとした顔で日果が首を傾げた。
厳密にいえば日果が頑張っていたのは『水無月瞳子にクラスの他面子を寄せ付けないこと』であり、真意に若干の読み違えがある。いや、傍からあの真意を見抜けというのはほぼ不可能なのだが。
『もしここで日果ちゃんの漫画が勢いを失ってしまったら、文化祭に捧げたあの夏を後悔することでしょう。なぜもっと漫画に専念しなかったか己を恨むでしょう。あんなに楽しかった青春の夏が、振り返るだけで苦々しい過ちの日々になってしまいます』
また日果が逆方向に首を傾げた。
そもそも日果はあんまり文化祭を楽しんでいない。いや、少しは楽しんでいたらしいが「労力に対して楽しさのコスパが悪い」と抜かす程度には愛着もない。
『私はただ、そんな青春の思い出を守りたかっただけですよ』
声だけで分かる。今、奴はきっとドヤ顔をしている。
だが、言っていること自体は極めてまともだ。若者の努力を無碍にさせまいという年長者らしい配慮を感じる。
服装と趣味こそアレだが、本質の部分は存外に良識的な人なのかもしれない。ちょっとだけ見直し――
『私たちが一緒に文化祭準備に励んで、笑い合い、汗を流したあの輝かしい日々を! 間違いなんてことにしたくはありませんからね!』
ん?
今、主語が『私たち』になってなかったか?
『日果ちゃんとホームセンターで買い出しをして、クラスのみんなにお菓子を差し入れて、水無月さんと中庭を眺めながらジュースを飲んだ……ああ、目を閉じれば蝉の声とともに夏の光景が蘇ります』
やはり聞き間違いではなかった。今度は完全に自分主体の話になっていた。
すげえやこいつ。
買い出しに一度協力しただけで、さもクラスの一員だったかのように記憶を改竄してやがる。
『やっぱり私たちの夏は素晴らしい思い出のままであって欲しくてぇ~……』
「はいありがとうございました三葉先生。じゃあ電話はこのあたりで」
『あ、待ってください水無月さん』
「はい? なんですか?」
『今回の応援イラストを恩に着せるつもりはまったくないんですけどね? もしよかったら、修学旅行の行き先とか細かいスケジュールとか今度教えてくれませんか? 今時の修学旅行事情を知るための資料として。そう、あくまで資料として』
瞳子は迷いなく電話を切った。
教えてしまったら奴は絶対に来る。しかも今度は間違いなく制服で来る。なんなら自由行動中に他校の生徒という体で接近してくるかもしれない。怖すぎる。
「切っちゃってよかったの水無月さん?」
「先生は着替え時間すら惜しむほど忙しいから。私たちとの話にあんまり時間とらせちゃいけないしね」
「それもそっか」
幸いなことに折り返し着信はなかった。瞳子のいるこの場で修学旅行の情報は聞き出せないと判断したのだろう。後で日果には情報を流さないよう厳重注意しておかねば。
「おおっ! 最新話の感想もたくさん付き始めた……!」
立ち上がって再びパソコンでエゴサを再開した日果が、うきうきと声色を高くする。横から覗き込んでみたところ――
『クーナこれヤンデレの素質あるよ』
『少女が少女に向ける独占欲たまんねぇ~』
『こ こ か ら が 本 当 の 百 合 だ』
『百合を受け容れろユキホ。クーナはもう受け容れたぞ』
『クーナが攻め確』
『ユキホは最終的に誘い受けとかしそうな卑しさを感じる』
「だっ! 誰が誘い受けよ!」
変な感想があったので瞳子はたまらず叫んだ。わた……ユキホはそんな子じゃない。
落ち着け。キャラへの感情移入が行き過ぎている。冷静に作品と向き合え。
「ねえ水無月さん。この『攻め確』とか『誘い受け』ってどういう意味? 百合用語?」
「え、えっと……まあ百合用語といえばそうなんだけど……」
「ほうほう」
止める間もなく日果がキーボードを叩いてそれらのフレーズを検索した。
なんとなく瞳子は羞恥で画面から目を逸らす。
「へぇ。R18的な場面での関係性を示す言葉なんだ」
「ひ、平たく言えばそういうこと……」
「でも、クーナが攻めって言われるとピンと来ないなあ」
「……違うの?」
ソワッとした感情を覚えながら瞳子は尋ねる。まさか意表をついての受け気質なのか?
「『攻め』って言われると乱暴に痛いことするみたいだから。クーナはユキホのこと大好きだから、そういう関係になったらすごく積極的にいくと思うけど――痛くはしないよ。とっても優しいはず」
そうか……。
とっても優しく攻めてくるのか……。
「まあ、私の作風的にR18展開はないかなって思うけど。SNSだと表示規制かかっちゃうかもだし」
「そ、そうねっ! この作品は全年齢向けだからそういうのナシよね!」
頭が真っ白になりかけていた瞳子だが、続く日果の言葉で正気を取り戻した。
それから手の甲でちょっと鼻先を触れてみる。よかった、鼻血は出ていない。
ひとしきり感想を読み終えた日果は、大きく伸びをしてピザを置いてあるテーブルの方に移動した。
「一時はどうなるかと思ったけど、もう大丈夫そうだね。ささ、安心してピザ食べよう」
「そうしよっか」
瞳子も座布団に腰を下ろしてピザに手を伸ばす。
さっきまではせっかくの高級ピザも味がしなかったが、最新話の伸びが好調に転じた今は実に美味しく感じる。人間というのは実に現金なものだ。
「そうだ水無月さん。実はもう次回のアイデアを考えてるんだけど、ちょっと聞いてもらっていい?」
「え、本当?」
「最近、創作意欲が湧きに湧いてて。最高の展開を思い付いちゃったんだ。これはもう百合業界に革命が起こるかもっていうほどの斬新な展開」
自信に満ち溢れた日果の表情に瞳子の期待が高まる。
そこまで豪語するほどの百合とは。キャラへの感情移入を過剰にしないよう気を付けねば。あまりのエモさにまた意識が飛びかけるかもしれない。覚悟して聞かせてもらおう――
「――ユキホに言い寄るチャラ男を登場させようかと」
あ?
「男性に免疫がなくて動揺するユキホ。嫉妬するクーナ。生まれる三角関係の葛藤。そう、敢えて百合の中に男を投入することで百合ジャンルの新たな可能性が拓け……」
「論外ボツありえない二人の聖域にチャラ男が土足で踏み込んで来るとか絶対ナシ」
「二人の関係性の発展にはいいスパイスになるかなと思うんだけど」
「ハバネロをぶちまけて料理の味を台無しにしてるだけ。百合界における禁忌中の禁忌よ」
瞳子は目を真っ赤に剥いて早口で全否定する。
「だいたいっ! 『餓鬼は糖なく生きられない』は文明が荒廃した過酷な世界観でしょ!? 略奪する野盗とかはいても、軽薄なチャラ男とか存在できる余地がないから!」
「チャラ男さんは過酷な世界に心まで負けてしまわないよう、わざと明るく軽薄に振る舞ってるっていう設定にするのはどう?」
「チャラ男にそんな悲しい設定生やすのやめて。あと、そうなったらもうチャラ男じゃなくて一端の傾奇者だから。というか最終的にどう退場させるのチャラ男? まさか旅路にずっとついてくるわけじゃないでしょ?」
「そこはやっぱり嫉妬を拗らせたクーナが始末するのが一番かなって」
「ポッと出のチャラ男を処理するためにクーナの手を汚させないで」
ただでさえ多くの罪を抱えた生物兵器なのに、無駄なチャラ男のためにカルマを積み重ねないで欲しい。
「あ、それいい」
そこでポンと日果が拳を掌に叩いた。
「『それいい』って……?」
「今、水無月さんが『クーナの手を汚させないで』って言ったよね。なんだかユキホに似合いそうなセリフだと思って。そのセリフをベースになんだか話を作れそう」
「チャラ男はナシよ?」
「了解。チャラ男はナシで」
日果がびしっと敬礼するのを見て、瞳子は呆れ気味に目を閉じた。
才能は確かだが、まだまだ手放しで描かせるのはあまりに危うい。これからもしっかり目を光らせておかねば。
「じゃあ、次回もよろしくね水無月さん」
「うん、次回もその次も。一緒に頑張ろ」
とはいえ、義務でやっているわけじゃない。楽しいからやっているのだ。もうそれを変に隠したり取り繕うことはしない。堂々と胸を張って伝えていく。
だって、この『楽しい』という感情には、一片の疚しさもないのだから――
「あれっ。なんか忘れ物で、お父さんとお母さんが一瞬だけ帰って来るって」
日果がスマホを見ながらそう言った瞬間、瞳子は背筋を伸ばしてびしりと正座した。
ここまでで第一部完となります!
読んでくださった皆様方、本当にありがとうございます!
第二部は2週間ほど構想の時間をいただきまして、10月頭に開始できればと思っています!
詳しい更新再開日が決まり次第、活動報告で報告させていただきます!
少しお待たせしてしまいますが、第二部も応援していただけると嬉しいです…!




