第39話『エゴサパーティー』
「さあさあ、上がって水無月さん」
「う、うん……」
とうとうこの日がやって来てしまった。
週末は土曜日の朝。できるだけ平静を装いつつ瞳子が訪れたのは――日果の自宅である。何をやるのかといえば、
「やってみたかったんだよね……投稿後の感想をリアルタイムでエゴサしながら水無月さんとワイワイやるの……ふふ……」
日果が発案したエゴサパーティーなる謎の催しである。
日果に対して一歩引いた姿勢を貫いていた持ち込み以前は自宅訪問を断固拒否していたが、だいぶ親しい立場になった今となってはそうそう拒めるものではない。ゆえにこれは仕方ない訪問なのだ。やむを得ない選択であって、断じて下心を燻らせたりなんかはしていない。
「お、お邪魔しますっ!」
玄関に上がった瞳子はリビングの方に向けて直角にお辞儀して挨拶する。
すると日果は軽く手を振った。
「別に気を遣わなくていいよ水無月さん。友達が遊びに来るって言ったら、お父さんもお母さんも気を利かせて外出してくれたから」
「えっ」
そんな情報は初耳だ。週末だから親もいると思っていた。二人きりなの?
「そしてなんとっ! 好きなだけピザとか頼んでいいって五千円も置いて行ってくれたの! 水無月さんはピザ好き? それとも他にリクエストある?」
なんだろう。
あまりの好待遇に日果のご両親の熱意が垣間見えた。たぶん、日果が友達を家に連れてくるのなんて初めてなのだろう。リピーターにしようという熱意をひしひしと感じる。
「えーっと……宅配ピザは高いし、コンビニでお菓子買ってくるのとかどう?」
「遠慮しなくていいよ。私もすっかりピザの気分だし。ほらこれ、海老&蟹たっぷりの海鮮ミックスピザとかどう?」
日果はポケットからピザ屋のチラシを取り出し、Mサイズ3500円のかなり強気なチョイスを提案してみせた。
「これを頼んでも1500円はまだ余裕あるから、サイドメニューとか追加トッピングも全然いけるよ!」
完全に与えられた予算を使い尽くすつもりだ。
どうしよう。業突く張りの友人だなんて思われたくない。ご両親に誤解されたくない。今後のためにも第一印象はもっと慎ましく――いや待て。なんでそんなことを考える必要がある。両親受けとか考え始めたらもう末期だぞ。
「じゃあその海老&蟹たっぷりのピザに、旬のトマトサラダ追加で」
「OK! そのサラダ二人前を足したらほぼ予算ピッタリ! 後で注文しとくね!」
血迷った自分を振り切るように、敢えて遠慮なく注文する。
いいのだ。日果のご両親にどう思われようと。決して将来ご挨拶をさせていただくような事態になることはないのだから。
「――じゃ、そろそろ投稿しましょうか」
咳払いをして平常心を取り戻した瞳子は厳かにそう切り出す。
既に『クーナがユキホへの独占欲を拗らせる回』の原稿は完成している。正確には昨晩、金曜日の深夜二時ごろに完成した。
瞳子は朝一番に確認して尊さに震えた。制作の背景事情は一旦忘れた。
なお担当編集の米原さんにも完成データを深夜の二時ごろ送信したそうだが、その三十分後に「とてもよい原稿でした。これで問題ありません」と返信があったという。プロの漫画編集者というのはいつ寝ているのか少し怖くなった。
「うん、もうクリックすればすぐ投稿できる状態にしてあるよ。来て来て、私の部屋こっちだよ」
日果は手招きをして、玄関脇の階段をドタドタと上がっていく。どうやらリビングではなく日果の部屋でこれからのパーティーは展開されるらしい。大丈夫か私。最後まで冷静でいられるか。
「どうぞっ!」
「おお……」
が、案内された部屋には下心の余地などなかった。
壁一面の本棚。そして三面モニターのデスク。液晶タブレットに見たこともない周辺機器。漫画好きとして純粋な好奇心の湧き立つ、尊敬すべきクリエイターの部屋だった。
「やっぱりすごいな……」
どう見ても趣味レベルではない。将来、漫画の道に進もうと思っている子の部屋だ。
瞳子は自嘲気味に微笑む。こんなストイックな部屋でいかがわしい雰囲気になどなりはしない。ただ創作への純粋なモチベーションが高まるばかりで、
「あ、ごめん。外行き用の服は窮屈だったからやっぱり部屋着に着替えていい?」
そのとき。
可愛らしい少女趣味な私服を着ていた日果が、上着の裾を掴んでぐいっと捲りかけたので――
「ちょっと待ぁッァヴァァッァァッァァァ―――――――!!!!」
瞳子は顔を手で覆って絶叫した。
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