第38話『獲らぬ狸の皮算用』
残念ながら出し物のアンケートは全校6位という中途半端な結果となってしまった。最優秀クラス賞にはまったく程遠い。
楽しくないわけではなかったが、やはり振り返ってみればコスパがよくないという印象だ。とはいえ満足のいくネームの着想が得られたから、私としては十分に元が取れた形といえるが。
というわけで、本日より気を取り直して――
「クーナが小さい子に優しくしてた動機が『自分に対する独占欲』だと知ったときのユキホの顔ってどんな顔だろ?」
「そうね……ものすごく複雑な感情だから、そこの心情解釈が今回の最難関かも」
「ほうほう。水無月さん的にその『複雑な感情』の内訳は?」
「『独占欲』っていう真相を知ったときの感情は――まず意表を衝かれたことへの驚愕。そして強火な執着心に対する警戒。だけど心のどこかで満更でもないと思ってしまう困惑。そのあたりが中心ね」
頼れる相棒・水無月さんとの漫画制作を本格再開である。
お化け屋敷の片付けを終えて、早々に駆け込んだのは学校そばのファミレス。ポテトをつまみながら恒例の『キャラ心情検討会』に意見を交わし合う。
「なるほど、驚愕と警戒と困惑と。流石は水無月さん」
「あと……ユキホの場合はそこに『安堵』も加わると思う。クーナが無償の善意で小さい子に優しくする存在だったら復讐心が陰っちゃうから。独占欲なんていう歪んだ利己的な動機があってくれてよかったって、そう安堵するんじゃないかな」
「おお! 安堵! それは想定外の感情……!」
ユキホが驚愕の感情を抱くだろうとは思ったが、クーナの異常性に安堵するという発想はなかった。なるほど水無月さんの想像力にはいつも感心させられる。
「あれ、でも『ユキホの場合は』ってどういうこと? 最初からユキホの話じゃなかった?」
「い、いやっ! そうね! 最初からユキホの話だったわね! 別に変な混同してたとかそういうわけじゃないから!?」
「そう? 大丈夫水無月さん? 疲れたりしてない?」
「大丈夫大丈夫ほら続き!」
珍しいことに、いつもクールでかっこいい水無月さんが今日はちょっと挙動不審だった。もしかしたら文化祭で疲れて調子を崩しているのかもしれない。おのれ文化祭。水無月さんに負担をかけてくれるとは。私がもっと仕事を肩代わりすべきだった。
「あのね水無月さん」
「な、何っ?」
「もしも私が将来的に人気漫画家になったら、専属のマネージャーさんとかやってくれない?」
獲らぬ狸の皮算用だとは分かっている。
しかし、いつか可能なら是非ともそうしたい。たとえば水無月さんが社会人として就職して、忙しくなって私の相手などしてくれなくなったら。そんな事態は想像したくない。創作活動にどれだけ致命的なダメージがあるか計り知れない。
「もちろんお給料はたくさん払うし、仕事場に住み込みの部屋も用意――」
「ストップ、妄想はそこまで。そんな夢物語は実際に売れっ子になってから言うこと」
そこで水無月さんが掌を突き出す。
真一文字に結んだ唇に、「くわっ!」と見開いた両目。かつてなく険しい表情で、夢に浮かれた私を強く窘めてくれていた。
「ごめん、まだそんな話は調子に乗りすぎだよね」
「そ、そうよ。そんな話は最低でも単巻100万部レベルの作家になってから……いやでも昨今は出版不況だし単巻50万……ううん、単巻10万でも売り上げとしては十二分に上澄み勢で……共働きならその半分以下でも……」
共働きではなく私との漫画制作だけに専念して欲しいのだが、水無月さんの将来設計に現時点で口を挟むのは出しゃばりすぎだろう。ちゃんと売れっ子になった後、相応の年俸を提示して三顧の礼を積んで交渉しよう。
私がこっそり決意したとき、こほんと水無月さんが咳払いした。
「とにかく、今は浮かれてないで次の話に集中しましょ。正直、三か月も更新ストップしてたから注目度もインプレッションも落ちてるし相当ピンチなんだから」
「面白いものを描けば大丈夫!」
「そうあって欲しいけど、世の中そうとも限らないんだって……」
常識的にはそう上手くいかないと、私も正直分かっている。
だが――なんとなく大丈夫そうな気がするのだ。
私は最初、ユキホのこともクーナのこともよく分かっていなかった。復讐を志すユキホが「お前みたいな化物、たった一人で餓えて死ね」とクーナを罵って自殺しても、クーナは「ユキホってあんな酷いこと言う人だったんだ」と一瞬で割り切る子だと思っていた。
そして、そんな無意味な復讐に命を懸けるユキホのことも、とんだポンコツ娘だと思っていた。
ただ、今は違う。
ユキホにそんな仕打ちをされたらクーナは耐えられない。心がボロボロになって死ぬよりもずっと苦しい思いをする。ユキホが企てている復讐はポンコツな喜劇などではなく、何よりも残酷で悲しいもだったのだ。
今の私には、そういうことが分かる。
水無月さんと一緒にいれば、きっともっといい漫画が描けるようになる。
「じゃ、水無月さん。もっとキャラ掘り下げて行こ。ユキホはクーナの独占欲を浴びてこれからどんな風に行動を起こすかな?」
「まあ……しばらくは見て見ぬフリかな……うん……」
「それなら見て見ぬフリできなくなるイベントを考えればいいってことだよね?」
言葉を交わすたび創作意欲がモリモリと湧いてきて、未来はきっと明るいと思えた。
―――――――――――……
時間は少し遡り、文化祭初日の朝。
「ずいぶん大人しく文化祭行きを諦めてくれましたね」
「どうせ当日は水無月ちゃん経由で報せを受けた米原さんに妨害されると踏んでましたから。文化祭準備の空気は存分に味わわせてもらったんで満足ですよ」
三葉わんは自宅兼作業場で、くるくると椅子を回しながら嘯いてみせた。
嘘ではない。文化祭というのは準備中が一番楽しいのだ。その空気を存分に味わえたから未練はない――いや実はちょっと嘘だ。行けるものならば行きたかった。
「で、物は相談なんですけど米原さん。今日持ってきた仕事って本当は別に急ぎじゃないんですよね?」
「いいえ。大至急お願いします。一秒たりとも遅れは許しません」
そう言いながら米原女史は作業場の扉を背中に塞ぐ。
そのわざとらしい態度に三葉わんは苦笑する。急ぎのカラーポスター案件ということだが、この様子なら実はもっと余裕があるに違いない。
「腹を割って話しましょう。米原さん、あの子たちの作品が次に更新されたとき、ちゃんと人気を盛り返せると思いますか?」
「仮にSNS上での話題性を失ってもクオリティに問題がなければ必ず商業の舞台に持っていきます。それだけの価値がある作品だと判断しています」
三葉わんもその意見には同感だ。たとえネット上での一過性の人気を失ったとて、あの作品はチャンスさえあればまた再浮上できる。それだけの面白さがある。
だが、それはそうとして――
「先日、水無月ちゃんにちょっと格好をつけすぎてしまいましてね」
「はぁ」
「天才の私が認めた作品なんだから、日果ちゃんを信じてどーんと待てと」
「はぁ」
「今更になって私もちょっと先行きが不安になってきてですね」
「はぁ?」
三葉わんはタブレット用のペンをその手に握った。
「少しだけ援護射撃させてもらっていいですか?」
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