第4話『どうか炎上だけは』
「嘘でしょっ!? それ、たまたま拾ったスマホとかじゃないの!? あなたの感性からあんな美しい物語が出力されるとは到底思えないんだけど!」
「ええっ、私ってそんなに空気読めなくてデリカシーないかな……?」
私が首を傾げると、水無月さんは愕然とした表情になった。
「……まず今回の件。あれだけ露骨にフード被ってマスクとサングラスまで着けてたんだから、私が人目を避けてたって普通分かるでしょ? それが分からず平然と指摘してくるあたり完全に空気が読めてないし、正体を見抜いた理由が『匂い』っていうのも滅茶苦茶デリカシーに欠けてる。なんか私が特有のキツい体臭を放ってるみたいじゃん」
「いやそんなまったく。シャンプー的なとってもいい匂いで」
「同じシャンプー使ってる人間なんて世の中に山ほどいるでしょ。人違いだったら気まずいとか一瞬でも思わないの?」
私はううんと唸って、どう説明したものかと二秒ほど悩む。
「――本場のインドカレーってあるよね」
「は?」
「あれって、家庭ごとにスパイスの配合が違うから一つとして同じ味はないんだって。使ってるスパイスの種類は同じでも、ブレンド次第でまったく違う風味になるとか。いわゆるお袋の味だね」
「待って、いきなり何の話?」
「そんな感じで。シャンプー以外にもボディーソープとか、服の洗剤とか、クローゼットの防臭剤とか芳香剤とか。人の匂いってそういうのがいろいろブレンドされてるから、人違いっていうことはまずないかなって」
私の説明を聞き終えた水無月さんは、頬をヒクヒクと震わせた。
「あのさ、今の話ってわざわざインドカレーのくだりを挟む必要あった?」
「喩え話から入った方が分かりやすくない?」
「逆。何の前置きもなく急に話がインド方面に吹っ飛んだから、理解よりも先に困惑が来た」
「じゃあもう一回最初から説明するね。インドカレーって家庭ごとに」
「いやもういいっ! あなたの鼻がいいのは分かったから!」
両手を前に突き出して水無月さんがこちらを制止してくる。鼻のよさを主張したかったわけではないのだが、上手く伝えられなかった。
これはもしかすると、本当に私は話下手なのかもしれない。反省せねば。
「ありがとう水無月さん。今後はもっといろいろ気を付けてみるね!」
「あっそ頑張って。それで結局、百合好きの子を探して自信作を自慢したかったわけ?」
「あ、違うの違うの。そうじゃなくって、作品の方向性について相談したかったというか」
「悪いけど私は読み専なの。それだけいい作品が描けるんだから、素人に相談なんかせず自力でバリバリ描けばいいでしょ。じゃあね」
そう言って踵を返そうとした水無月さんだったが、
「私これ、ギャグ漫画のつもりで描いたんだ」
私の一言を聞いてぴたりと動きを止めた。
「……ギャグ?」
「うん。クスクス笑って読める楽しい漫画が描けたと思ったんだけど」
「ど……どのあたりが……?」
キリキリと首だけ回して水無月さんが振り向く。どのあたりというか、基本設定からしてもうコメディだと私は思うのだが。
「ええっと、落語の『饅頭怖い』って知ってる? あれで喩えたいんだけど」
「無駄に情報量が増えるだけの喩え話はもういいから。具体的にどのシーンをギャグとして描いたわけ? 一つでいいから挙げてみて」
コメディとしてのコンセプトとか狙いを解説したかったのだが、水無月さんはだいぶせっかちに迫ってきた。ならば仕方ない。一番自信のあったシーンをチョイスしよう。
「献立を夜遅くまで考えてたユキホがついに寝落ちしちゃって、そこにクーナが毛布をかけてあげるシーンとか」
水無月さんがゆっくりと天井を仰いだ。なぜか全身をわなわなと震わせて。
「あのシーンが……ギャグ……?」
「うん」
「んなわけあるかっ! こっちはあそこでわりと本気で泣きそうになったんだけど!?」
いきなり大声を出されてびっくりした。その場で何センチか小さく跳ねてしまう。
「待って待って。ギャグってことは最終的にどうなるの? どう足掻いても明るい結末にはならなくないあれ?」
「そこはご都合主義的に医療機関が生きてたことにして」
「ごめんやっぱりそれ以上聞きたくないやめて! 楽しみにしてたのに! 楽しみにしてたのに! 今朝だって更新チェックしたのに!」
ついに水無月さんはその場で四つん這いに崩れ落ちてしまった。いつもクールな美人さんだと思っていたがこんなに取り乱すこともあるのかと私は驚嘆する。誰にも意外な一面があるものだ。
「あのね水無月さん。私もネットのみんなの感想を読んで、たぶんその展開じゃダメだと思ったんだ。だからね、百合に詳しい子にいろいろアドバイスを貰いたかったの。どうかな、手伝ってくれないかな?」
姿勢を低くしてお願いしてみるが、水無月さんは崩れ落ちた姿勢のまま動かない。
やっぱり、そこまで仲良くないのに図々しいお願いだったろうか。
やがて朝礼五分前の予鈴が鳴り、教室に戻らなければならない刻限が迫る。
「み、水無月さん。とりあえず立って教室戻ろ。今の話は気が向いたらでいいから」
「気なんて向かない。私は原作尊重派だから。他人の創作に口出しなんてしたくない」
そこで水無月さんがゆっくりと顔を上げた。その目にはうっすらと涙が滲んでいた。
「けど、あの子たちがネットの玩具の炎上コンテンツになるのはもっとヤダ。だから手伝ってあげる。あなたじゃなくて、ユキホとクーナのために」
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